第72話「幻獣の里」
なんとかルニの誤解が解け、少し落ち着いたところだ。
ルニは人の姿に戻っている。
変化した時、ちゃんと服も現れるのだが、魔法的な何かだろうか。
便利で羨ましい。
「暴食のえじきになるかとおもった……」
人の姿に戻ったルニは、どこか疲れた様子だ。
「えー、食べちゃいたいくらい可愛いけど、ルニちゃんのこと食べたりなんてしないよー」
リルに悪気は無い。
そもそも二つ名も、いつの間にか勝手に呼ばれてたものだしね。
「…………馬肉」
「ばにくいうな~」
ライミーのつぶやきに、ルニが返す。
ルニも冷静になった今なら、俺たちに害意が無いことが分かるはずだ。
その後、ルニに里の状況を聞かせてもらった。
それはこんな感じだった――。
里には、およそ100人の幻獣たちが住んでいて、普段は人の姿で生活している。
幻獣というだけあって、みんな別の姿に変化することができるらしい。
里の周囲には、“結界”が張られていて、外部の者が里を発見したり、立ち入ったりするのは至難とのことだ。
結界が阻む外部の者とは、人や魔物などだ。
そんな幻獣たちだが、その中の10人の幻獣たちが、現在の幻獣の在り方に疑問を持ち、他の幻獣たちと争いを始めてしまったらしい。
永い間、隠れるように人の目を避け、平穏に暮らしていた幻獣たち。
そんな隠れるということに我慢できなくなった一部の幻獣たちが、「優秀な自分たちこそ、世界に認められるべきだ」「なぜコソコソと隠れていなければならないのか」と、反発し立ち上がったそうだ。
それが、ただ里を出て行くだけならまだ良かったのだが、彼らは里に封印されているある存在を解き放とうとしているらしい。
里の者たちですら、何を封印してあるか、はっきりとは分からないほどに太古の存在。
ただそれが危険な存在だということは、言い伝えられているもの。
その封印が解かれるという事態は、幻獣たちの内輪もめでは済まなくなるほどのものらしい。
現在、幻獣の里周辺では、封印を巡り激しい争いが繰り広げられているとのことだ。
単純な幻獣の数では10対90だが、世界にその力を知らしめようと、幻獣の中でも特に自身の力に自信をもっている者たちは、少数といえど簡単に数でどうにかなるものではないらしい。
さらにどうも、ユニが里の大人たちに聞いた話だと、10人の幻獣たちに外部の者が力を貸している形跡があるそうだ。
それもあって、ユニも外部から力を借りようと、ニスロクおじさんとやらの言葉を思い出して、リルを頼るために里を出てきたというわけだ。
「でもさ、ルニちゃんはよく危険な樹海を通って街まで行こうと思ったね」
状況が切迫しているとはいえ、樹海は危険なところだ。
さっきみたいに魔物に追われる危険なんて当たり前だ。
「じつは、たいまーの首かざりっていうのを持ってたの。魔物がよりつかなくなるアイテムよ」
退魔の首飾り、だろうか。
そんな便利な効果があるなら、さぞかし高価なアイテムだろう。
それがあれば、結界の外でも大丈夫というわけか。
「その首飾りは?」
リルの疑問ももっともだ。
ルニは魔物に追われていたし、見たところ首飾りなんてしていない。
「それがね……。おケガして困っている子どもがいたから……、あげちゃった」
「ルニも、子どもじゃん」
全くだ。
他人にあげて、自分が困っていたら世話が無い。
相手の感情に敏感なルニがあげるくらいだから、本当に困っていて良い奴だったのだろうけど。
だからといって、高価なものをポンとあげるあたり、箱入りユニ娘感ただよう。
今までほとんど里から出たこと無いらしいから、箱入り娘もあながち間違いなさそうだし。
「そうなんだけど、足には自信があったの。魔物におわれても逃げられるかなあって……」
バツが悪いのか、ルニは目を反らしながらつぶやく。
まあ、ルニが逃げ回っていたからこそ俺たちと出会えたということもある。
街に向かっていたら、すれ違っていたかもしれないしね。
「とりあえず、その幻獣の里に向かってみようか」
リルの提案だ。
俺たちの目的は樹海の調査で、間違いなく樹海の異常の原因は、その里の争いにあるだろう。
一旦報告のために街に戻るのが正しいかもしれないが、事は一刻を争いそうだし、今戻っても状況を目で見たわけではないので、具体的な報告はできない。
そんなわけで、幻獣の里に行ってみるのも調査の一環といえるだろう。
調査だけで終わらない予感からは、目を反らそう。
「クルニャー!(行ってみようか!)」
「ガルルゥ!(はい、シュン様!)」
皆も賛同する。
「…………幻獣の里」
ライミーもコクコクと頷いている。
「オッケーだね! じゃあ、ルニちゃん、案内よろしく」
リルが、ルニに声をかける。
「うんっ! あ…………」
ルニは嬉しそうな顔をした後、ヤバいしまった、みたいな顔をして目を反らした。
そうだよね。
街の方角が分からなくなったって言ってたもんね。
迷子なユニコーンだった。
里の方角も、当然分からないよね……。
里に向かうだけでも、前途多難なのであった――。
■■■
(樹海の某所)
長身の若い男が、少年に声をかける。
少年は急いでこの場に駆けつけたのか、息が上がっている。
「ラムセス、魔物に襲われて怪我を負った挙句にはぐれるとは、どうやらあなたには期待しすぎていたかな?」
男は待たされたことに苛立つかのように、冷たい口調で少年に告げる。
樹海において凶悪な魔物に対処すること等、およそ普通の少年に期待することではない。
「ごめん、キマリスさん。次は気をつける」
ラムセスと呼ばれた少年が返す。
見た目は十歳くらいの少年だが、その肌は浅黒く、その瞳は赤みを帯びている。
「あなたの父君の頼みで同行を許したが、この作戦の権限は私にある。あなたが帰れないような状況になっても、次は置いていくぞ」
キマリスと呼ばれた男は、そう言い放ち、ラムセスに背を向けて歩き出す。
「はい!」
ラムセスは少年らしい元気な返事をして、キマリスの背を追う。
怪我をしたであろうラムセスの足の傷は、既に塞がり血の跡が残るばかりだ。
ラムセスの胸元では、首飾りが木漏れ日を受けて、虹色に輝いていた――。




