第67話「銀色の暴食狼」
あの激闘の日からしばらく経った日のこと。
今日も冒険者ギルドの依頼を受けて、リルたちと一緒に街の近くの森に来ている。
少し離れたところで、若い冒険者三人組が大きいヘビの魔物と戦っている。
頭から尻尾の先までの大きさは人を優に超え、大蛇と言っても差し支えないだろう。
まあ、最近戦ってた魔物とかに比べれば、可愛いものだろうか。
「ねえ、シュン。あそこの人たち、助けた方がいいかな?」
リルが声をかけてきた。
若い冒険者は見た感じ、ちょっと……いやかなり苦戦しているように見える。
装備が真新しいところを見ると、駆け出しの冒険者が油断して、予定より森の深くまで入ってしまったといったところだろうか。
伯都ベルーナから南西に行ったところには深い森が広がっていて、樹海を形成している。
森の浅い場所は、冒険者たちによって開拓調査されていて、食物や魔物の素材の良い産出場所となっている。
ちなみに樹海の奥は、未踏エリアとして謎に包まれているそうだ……。
調査済みのエリアでも、奥に行くにつれて強い魔物と遭遇しやすくなるのだ。
「クルニャーン!(助けに入ろう!)」
リルがすぐに助けに入らずに聞いてきたのは、魔物の横取りにならないように気をつかったのだろう。
冒険者の間には暗黙のルールとして、先に戦いに入ったパーティーにその魔物と優先的に戦う権利、素材を回収する権利があるのだ。
だが、今回みたいにピンチの場合には、そんなことも言ってられない。
リルは俺を肩に乗せたまま、三人組の方に近づいていく。
二人の少年と、一人の少女のパーティーのようだ。
歳は三人とも、リルよりも少し上といった感じだ。
ちょうどその時、大蛇と剣を交えている少年が叫んだ。
「このブラックサーペントは俺が抑えているから、逃げろ!」
少年は視線を大蛇に向けたまま、背後にいる仲間に指示を出した。
大蛇はブラックサーペントというBランクの魔物で、駆け出しの冒険者には荷が重い相手だ。
「テッド、獲物を深追いしたのは僕のせいだ! お前だけに任せるわけにはいかない!」
「そうよ、力を合わせれば倒せなくても、撃退するくらいはできるはずよ!」
二人の冒険者は、声に焦りを含みながらも、なんとか状況を覆そうと必死に動こうとしている。
仲間想いのパーティじゃないか。
俺は、大蛇が動いたらすぐに対応できるように注意しておく。
リルは俺を肩に乗せたまま、後衛の二人の傍にスッと近づく。
「あのブラックサーペント、倒してもいいよね?」
一応のマナーとして、リルが二人に声をかける。
「「えっ??」」
突然現れた狼っ娘に、二人は驚きの声を上げる。
大蛇と対峙しているテッドという少年からも、戸惑っている雰囲気が感じられるが、後ろを振り向く余裕がなさそうだ。
リルが大蛇を指差して、アレだよと笑顔で可愛らしく伝える。
大蛇が急に動き出すことに備えて、俺は注意したままだ。
「ち、ちょっと!? あの魔物は猛毒を持っていて、君のような女の子には危険すぎるよ!」
少年冒険者が、ワタワタと慌てた様子だ。
見た目はリルの方が年下とはいえ、この状況でこっちの心配をしてくれるあたり、だいぶ良い奴だ。
「あ~!! あなたは、銀色の暴食狼さん!」
少女冒険者がリルを見て嬉しそうな表情で叫んだ。
銀色の暴食狼? 何それ??
「え? ええ? こんな小さな子があの有名な暴食狼……、二つ名持ちのAランク冒険者??」
少年冒険者は、驚きすぎて混乱しているようにも見える。
テッドの耳にも届いているようで、背中越しにこちらが気になっているのが伝わってくる。
知らない間に、リルに二つ名が付けられていたってことだろうか。
リルはAランク冒険者だし、当然と言えば当然か……。
「そうよ、わたし前に一度見たことあるの! 肩に非常食の猫を乗せてるのが、その証拠よ!」
少女冒険者がビシッと俺を指差し、ドヤ顔だ。
「クルニャー!(なんだよ非常食って!)」
言葉は伝わらなくても断固抗議させていただく。
ほら、リルも苦笑いしてるじゃないか。
街の中で俺たちのイメージがどうなっているかは、調査の必要がありそうだ。
その時、バサッと音を立てて、一体のグリフォンがそばに降り立った。
「ガルルゥ……(失礼な人間ですね……。先に始末しましょうか?)」
グーリが、少女冒険者に威嚇の目を向ける。
ところが、少女冒険者はグーリに羨望の眼差しを向け返す。
隣の少年冒険者は「ヒッ」と言って青くなっている。
「これが噂の暴食狼さんの従魔ですね。強そうですね」
少女冒険者は、無邪気というか怖い者知らずというか、今が戦闘中ということも忘れてる様子だ。
大蛇と対峙しているテッドは、大蛇との距離が近いせいで、こちらを振り向く余裕がなさそうだ。
「クルニャー!(グーリ、あの蛇を倒してくれ! あ……張り切り過ぎて消滅させないようにっ!)」
グーリに指示を出す。
この前、俺からの指示に張り切りすぎて、獲物をオーバーキルして文字通り消滅させてしまったのだ。
肉も素材ももったいないからね。
「ガルルッ!(お任せください!)」
グーリは唸ると同時に、大蛇へ近づき、爪の一撃で大蛇の首をはねた。
「――っ!?」
テッドが息をのむのが伝わってくる。
自身が動けないほどの相手が瞬殺されたのだから当然かもしれない。
俺たちの声は聞こえてただろうから、助けに入ったことはなんとなく分かっているだろう。
それにしたって、大きなグリフォンがいきなり現れたら怖いだろうからね。
まあ、グーリはモフモフしてるし可愛いんだけどね。
「ケガは無かった?」
リルがテッドたちに声をかける。
「ああ、大丈夫だ……。ありがとう……」
「ありがとうございます!」
「私たちだけじゃ危なかったです」
リルが三人にお礼を言われる。
「それじゃあ、ブラックサーペントの牙と毒袋はあげるから、肉はこっちでもらっても良い??」
リルがテッドたちに提案する。
「えっ? 倒したのはそっちだし、俺たちはいらないよ!? ていうか、肉? まさか、あれを食べるの??」
テッドが、いろいろと驚いている。
そういえばそうだった。
ブラックサーペントは猛毒持ちの魔物のためか、食べようなんて発想にならないというのが一般的だ。
素材を取って、残りは捨てるというのが冒険者間でも常識になっている。
他の二人の冒険者も同じ意見のようだ。
「うん、美味しいんだよ。そうだ、結構大きいし、一緒に食べていく?」
リルが三人を食事にさそう。
テッドたちは、大蛇を食べるの?と困惑しているが、助けられながら断るわけにもいかないという複雑な顔をしている。
“暴食狼”の二つ名は伊達じゃない、と恐れおののいている表情にも見える。
少女冒険者は、リルと話ができると憧れの眼差しを向けているようにも感じた。
◇
「はい、でき上がったよー!!」
リルの蛇料理が完成したようだ。
今回は野外で急遽なので簡単に一品だけ、蛇の唐揚げだ。
食欲を誘う、美味しそうな匂いがあたりに漂っている。
「見た目は……、普通ですね」
少女冒険者がつぶやいた。
名前はメアリーというらしい。
もう一人の少年冒険者ロイも同意するかのようにうなずいている。
見た目はタコの唐揚げと白身魚の唐揚げに似ている感じだろうか。
衣をつけて揚げてあるから、見た目からは蛇だということが全く分からない。
俺は、前にもリルに作ってもらったことがあるから、これの美味しさは確信しているのだ。
「クルニャー♪(いただきます!)」
俺が先に食べて安心させてあげよう……、という建前の元、我慢できなくなった俺は蛇の唐揚げにかぶりつく。
サクッとした歯ごたえから少し遅れて凝縮された旨みが口の中にあふれてくる。
食感はアッサリしていて白身魚の唐揚げに近く、後味は鶏の唐揚げのようにたっぷりの旨みを感じさせるものだ。
「クルルニャーン!(美味しい~!)」
唐揚げにすることによって、美味しさがしっかり閉じ込められている。
ホカホカした熱さは、胸の内から温かくなるような美味しさだ。
もちろんこれは、リルの揚げ加減、下味の付け方が絶妙だということがあってこそだ。
「たくさんあるからね~」
リルが追加で運んできたお皿から、グーリも美味しそうに食べている。
その様子を見て、テッドが唐揚げに手をのばす。
「いただきます……」
まだ少し躊躇しているが、これも最初だけだろう。
口にさえ入れてしまえば……。
唐揚げを口に入れたテッドが驚きの表情を浮かべる。
「あちっ、ほふっ。うまっ!」
テッドにはまだ熱かったらしいけど、唐揚げの美味しさに驚いてるようだ。
その様子を見て、メアリーとロイも唐揚げを口にする。
「美味しいっ! 何これ!?」
「ああ、こんなうまいもの食べたことないかも」
あの蛇がこんな美味しいものになるとは信じられなかったのだろう。
持ち帰り用の蛇の切り身と、手元の唐揚げの間を、何度も交互に見ている。
そうなんだよね、野外で食べる唐揚げは一層美味しく感じるんだよね。
動いたりしてエネルギーを消費している分、体が求めてるんだったかな……。
まあ、そんな理由とは無関係に、リルの料理はどれも絶品なのだ。
山盛りあった唐揚げはあっという間に皆のお腹に収まってしまった。
食事の間、リルはメアリーにいろいろ質問されていた。
同じ女の子の冒険者として、メアリーはリルに興味があるのだろう。
唐揚げを食べてからは、一層憧れの色が強くなっていた気がする。
その後は食後の昼寝だ。
美味しいものを食べた後の昼寝は至福のひと時なのだ。
すでに目蓋が重い……。
リルは俺を抱き枕にして、寝そべっているグーリに寄りかかる。
テッドたちは、魔物に襲われる心配とかをしていたけど、近づいてきたら分かるから大丈夫。
「クルルゥゥ……(では、一時間だけおやすみなさい……)」
リルに撫でられるのを、心地良く感じながら微睡みに落ちていったのだった。




