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第60話「殲滅戦は人知れず」

「ガルゥウウ……(数が……思ったよりキツイ……)」


 グーリはうなりを上げる。

 その体からは、青白い火花が散っている。


 グーリを取り囲むアンデッド兵たちは、声にならない(うめ)きをもらしている。

 気の弱い者が聞いたら発狂しかねない不協和の呻きだ。


 途中まではなかなか順調だったが、アンデッド三百体を倒すということは予想以上に大変なことのようだ。

 五十体くらいまでは勢いに任せて倒すことができたが、その辺りから息が上がり体が重くなってきた。

 対集団戦というのを甘くみていたかもしれないとグーリは思った。

 一体一体は危なげなく倒せる相手でも、同時連続で相手にするのがこれほど大変だったのかと。


 人の世界において剣の達人と呼ばれる者ですら、十人を同時に相手してそれを無傷で倒しきることは至難だと言われている。


 また、アンデッドという魔物の性質も厄介なものとして、グーリの前に立ちはだかっている。

 アンデッドは腕を失ったからといって、その場でうずくまったりしない。

 動きを止めるためには頭部を完全に破壊しなければいけないのだ。


 攻撃を加えても(ひる)まず、ただひたすらに攻撃をしかけてくる姿からは、生あるものへの渇望みたいなものを感じる。

 グーリとしては致命的な攻撃を一度すらも受けるわけにはいかないのに、敵は命――アンデッドなので命ではないのかもしれないが――を大量投入してくることに理不尽を感じざるをえない。


 自身の防御をかえりみず、ただひたすら特攻できたら楽なのにとの考えが一瞬浮かんだが、それはすぐに振り払った。

 徐々に重くなる体に気をつけ、丁寧にされど容赦なく敵を粉砕していく。

 アンデッドの砕ける音、ひしゃげる音が一定の間隔で繰り返される。


 この辺りで撤退しようかという考えも浮かんだ。

 アンデッド集団の戦力を削るという意味では、まずまずの働きをしたのではないだろうか。

 シュンが褒めてくれるかもしれない、胸の羽毛に埋まってモフモフしてくれるかもしれないと、戦場に似合わないことを考えたりもした。


 けれども、この戦いを通じて敬愛する主人に少し近づいた感覚を持ってしまったのだ。

 この戦いの延長線上にシュンが立っていると、グーリはなぜかそう感じた。

 戦場において感傷を持つことは良くないことだと頭では分かっているけど、今逃げ出したくはないとグーリは思った。

 

「ガルガルッ!!(まだまだ私は戦える! 全て土に還してくれる!!)」


 自身に言い聞かせるように()える。

 雷神の槌(トールハンマー)でアンデッドを二体同時に葬る。


 その時、グーリを呼ぶ声がした。


「グーリ! リルも手伝うからね!」


 リルの声が近くから聞こえたことに、グーリは一瞬動揺する。

 守らなければならない存在が、敵の近くにいるということだからだ。


 グーリは声のした方に振り向く。

 その視界には数本の光の筋が走ったように見えた。


 直後、アンデッドが三体その場に崩れ落ちた。

 頭部が粉砕されているわけでもないのに、そのアンデッドは起き上がってくる様子もない。


「ガルゥ……(リル様……)」


 そこにはナイフを構えているリルの姿があった。

 今の光の筋は、リルの攻撃だろうことがうかがえる。


 グーリは、そういえば……と、ドラゴン素材から作ったあのナイフは光属性を持っていたことを思い出す。

 シュンが光属性を付与したことを知り、「さすがシュン様!」と庭にならぶオブジェを見るたびに思っていたのだった。


「グーリの邪魔にならないように気をつけるね! それにしてもこのナイフ、凄い切れ味だね!」


 そう言いながら振るったナイフが、一体のスケルトンを真っ二つにする。


「ガルガルッ!(……はっ!? もしや光属性ゆえの切れ味ですね!)」


 光属性がアンデッドに対して高い効果を持つことを思い出した。

 そして、リルの危なげない身のこなしを見て感心する。


(シュン様が過保護なだけで、リル様も一流の戦士ではないですか……)


 リルの動きは、まるで背中に目がついているかのように敵の攻撃をかわしてみせる。

 気配察知能力に関しては、グーリよりも高いのかもしれない。


「ウナギは、リルたちのものなんだからねっ!」


 言葉が通じる相手ではないが、リルが自身の主張を高らかに宣言する。


「ガルゥウウ……(多分、それ違いますよ……)」


 グーリは冷静につぶやくが、今は主人の間違いを訂正してる場合ではない。

 戦場での油断は突然死につながりかねない。


 グーリとリルは言葉をかわしたわけではないが、いつの間にか連携を取り始める。

 多くの敵の攻撃をかいくぐりながら戦おうとすると、自然足運びが円を描くようになる。


 お互いを背にしてそれぞれが円の動きをする。

 背後からの攻撃が減ったことで、グーリはさっきまでに比べてかなり楽になったと感じた。

 それに、信頼できる人と共に戦えるということは戦士として幸せなことだと思った。

 兵士が信頼に値する将軍の元、命をかけて戦うということを誇りに思うのも、今なら分かるかもしれないと思った。


 リルとグーリを結ぶ線を直径とした円、アンデッドを殲滅する浄化の円(サークル)が敵を飲み込んでいく。

 彼女らの無双は、観衆のいないままに続く。



 アンデッド兵の三分の一ほどは倒しただろうか。

 リルがグーリにもたれかかり、肩で息をしている。

 少し休むために、少し距離を取ったところだ。

 残っているアンデッド兵が、グーリたちの方に向かってくる。


「これはキリがないね……。まだ半分以上残ってるよ」


 リルの顔にも疲れが見える。

 人族の兵だったら三分の一も倒されたら、退却してくれるだろう。

 獣に近い魔物でも、恐れをなして逃げ出してくれるかもしれない。

 これもアンデッドが厄介と言われるゆえんだろう。


 リルとグーリは、百体以上のアンデッドを倒したのだ。

 これが国同士の戦争だったら、第一等の勲功ものだろう。

 皆がこの働きをしたら、百人で五千人を倒せてしまう。

 しかもこのアンデッドは一体一体が、一般の兵士よりもはるかに強い。


「ガルゥ……(リル様、お疲れ様です。やっと来てくれましたよ。もう大丈夫ですよ)」


 グーリが、クイっと空に顔を向ける。

 つられてリルが視線を上げると、空には九つの点が見える。


「あれって、もしかしてグリフ・ワルキューレのみんな?」


「ガルガルッ(はい、ここからは殲滅(せんめつ)の時間です)」


 リルの問いかけに、グーリはうなずきで答える。

 巨大ウナギを運ぶために呼んだことが、ここで幸いする。

 言葉が伝わらないため、リルはグリフォンたちが向かって来ていることを知らなかったのだ。

 

 少しずつ下がりながら、アンデッド兵との距離を保っている間に、グリフォンたちがそばに降り立った。

 まだ、巨大ウナギまでは距離があることに、グーリはひとまずほっとする。


「ガルガルゥ……?(姫様。全く状況がつかめないのですが……?)」


 グリフ・ワルキューレの面々は、リルたち、アンデッド兵、巨大ウナギと順に視線を送り困惑している。


「ガルルゥ!(今は話してる時間はない。これからあのアンデッドどもを殲滅するから、戦いの補助をしてくれ!)」


 それだけ伝えてグーリはアンデッドの集団に、再度攻撃をしかけに向かう。

 リルも察するものがあったのだろうか、グーリと共にアンデッドに向かう。

 この戦力ならアンデッドを倒せると確信した足取りだ。


「ガルッ?(え、ちょっと姫様?)」


 空から多少の状況は見えたとはいえ、いきなり戦線に放り込まれた形だ。

 グリフォンたちの戸惑いも当然だろう。


「ガルルゥウ!!(やるべきことは、奴らを倒すことのみだ! これは、我らが主人たちの為の戦いでもある!!)」


 グーリの咆哮(ほうこう)に、グリフォンたちの表情が引き締まる。

 この一瞬で皆の意識を統一させることができるあたり、グーリはリーダーとしての素質を持っているのだろう。


「ウナギを守る戦いも、ここからが本番だね!!」

 

 あいつらはウナギを狙ってるんだよと、リルが言う。

 リルの言葉にグリフォンたちは、視線を巨大ウナギにうつす。

 そして、怨敵をにらみつけるような視線をアンデッドに向ける。


「「「ガルガルゥ!!(シュン様とリル様の為に!! そして、ウナギの為に!!)」」」


 ここにきてグリフォンたちの意識の統一は高まる。

 ガルガル肉食系女子たちの、食べ物への想いは恐ろしいのだ。


「ガ……ルゥ……(ええぇ……)」 


 グーリは、一人力が抜けていくのを感じた。

 このリラックスが戦いに良い影響を与えたとかどうとか。





「グーリたち、凄いね~」


 リルは丁寧に敵を倒しながら、グーリが豪快に敵を倒していくのを見守っている。


 グリフォンたちの魔法の補助のおかげで、グーリの戦闘の効率が大きく上がっているのだ。

 敵の動きを土魔法で阻み、火魔法で敵を削り、グーリが止めを刺して回る。

 優秀な弓兵部隊の補助を受けると前衛がより活躍できるように、グーリの殲滅力が先程よりも大きく増している。

 敵に囲まれにくくなったおかげで、攻撃に集中できているようだ。

 また、グリフォンたちの魔法だけで倒れてくれるアンデッドも少なくない。


 順調にアンデッドの数を減らし、残り三十体くらいとなった時のことだ。


 一体の赤茶色のフルプレートアーマーが前に出てきた。

 その手には大剣を持っている。

 ガチャリガチャリと音を立て歩み出てくる。 


 言うまでもなく、この(よろい)もアンデッドである。

 中身は空で、鎧自体が本体だ。

 魔導鎧またはアンデッドアーマーといったところだろうか。

 鎧だけで、生者を求めて彷徨(さまよ)うと言われている。


 他のアンデッドに比べて大きな存在感と威圧感をもっている。

 鎧が赤茶色であることが、大量の返り血を想像させる。

 もし伯爵領の騎士団長がこの鎧と対峙したら、オークキングと同等の存在だと評したかもしれない。

 

「ガルルゥ……(出て来たか……)」


 グーリは、このアンデッドの存在を感じていた。

 一体だけ抜けた存在がいることに気づいていた。

 このアンデッドアーマーの相手をしながらだと、他のアンデッドの相手がきつそうだったため、後回しにしていた。

 幸いなことに、今までは奥から出てこなかったということもある。


 グーリとアンデッドアーマーが対峙する。


「グーリ……勝てそう?」 


 グーリの後方から、リルが少し不安げに問いかける。

 グリフ・ワルキューレの皆の視線も集まっている。


 グーリは振り返らず、コクリとうなずく。

 

 目の前の敵に意識を集中する。

 こいつを倒せば終わりが見えると、余力の全てをつぎ込むつもりだ。


 グーリの周囲の火花が激しさを増す。


(この一撃に全てを()ける)


 それはグーリの決意だった――。



 その一撃は雷速だったと、後にリルは語る。

 グリフォンたちは、目前に雷が落ちたかと思ったと語る。


 凄まじい轟音と衝撃波が辺りを包んだ


 リルたちは余波を受けて数歩後ずさった。

 皆の視線の先、爆心地には両の手を地面についたグーリの姿があった。


 その両手の下は地面がクレーター状にえぐれ、土の状態は溶けたガラスのようになっている。

 アンデッドアーマーだったもの……金属製の鎧は、アルミ缶を縦に潰したような状態で地面と一体化している。


 グーリは全身の力を雷魔法で補助し、両手同時に全力で敵に叩きつけた。

 後のことを考えず、全力で魔法を行使した。

 最大出力の雷神の槌(トールハンマー)は、凄まじい高熱と打撃を生み出した。

 それは、金属さえ蒸発しかねない火力だった。


 その代償は決して小さくなかったが……。


「ガルゥ……(やりましたよ……)」


 グーリは強敵を倒した達成感で嬉しそうにするも、一方で苦痛に顔をゆがめる。

 その両手両腕は黒く焦げ煙を出している。


「グーリ! 帰ったらライミーに水魔法で治してもらうから、今は休んでて!」


 リルはグーリの前に出る。

 残りの敵はすぐに片づけると、その背中は語っている。


「ガルルゥ(全く無茶しちゃって~。今のカッコいい戦いをシュン様に見せられないのが残念ね)」

「ガルルッ!(姫様、後は任せてくださいね!)」

「ガルゥ(姫様の勇姿は必ずシュン様に伝えますからねっ)」


 満身創痍のグーリを守るように、グリフ・ワルキューレの皆が位置取る。


「ガルルゥ……(みんな……)」


 グーリは皆の頼もしさに、戦場ながら安心感を得た。



 ここからはすぐだった。

 アンデッドの数が減り、戦いの終わりが見えたこと。

 グーリの頑張りを皆が目にして、誰もがやる気になったこと。


 数分後にはアンデッド軍団の殲滅がここに成った。


 三百のアンデッド兵、それらは再び地に還ったのだった――。


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