第57話「猫の可愛さは万国共通?」
侯爵領の都というべき街にやってきた。
この前の村の状況からしてどんな状況になっているかと思ってたけど、街は伯都ベルーナにも劣らない盛況ぶりだ。
今のところ、変なところは見受けられない。
以前一度来たときは、ゆっくり見て回る余裕がなかったから、初めて来た街のように新鮮に感じる。
「クルニャー(栄えてるな~)」
「ニャー(そうっすね。あそこの串焼き美味そうっす)」
俺とライミーは人通りの多さ、活況な様子に感心し、猫たちは美味しそうな屋台の食べ物に関心を奪われている。
路地裏に猫を結構見かけたので、堂々と街中を歩くことにした。
道の隅を歩いてる分には、誰も俺たちのことを気にしないのは伯都と同じだ。
獣人が迫害されることと、猫が忌避されることは別なのだろう。
「クルニャー(それにしてもお腹空いたな~……)」
街の様子を見てから、侯爵宅に侵入しようと思ってたけど、それが失敗だった。
美味しそうなものが多すぎるのだ。
香ばしい串焼き、甘そうな果物……、あの干物も美味しそうだ……。
やつらが、目と鼻を殺しにきてる……。
そんなことを思ってたのは、俺だけじゃなかったようだ。
ミケたちの視線が食べ物に固定されている。
ライミーも、食べ物と俺の顔を交互に見比べている。
みんな完全に目的を忘れてる顔だ。
こんなところに罠があるとは……。
いつもはリルがすぐに買ってくれていたから気づかなかった。
すぐに美味しい料理を作ってくれるから考えてもみなかった。
俺って、リルに凄く甘やかされてるんだなと気づく瞬間だ。
俺がリルを甘やかす側になりたいのにさ。
「おっ、なんだ? うちの串焼きが食いてえのか??」
我ら猫一行が串焼きに見とれていることに気づいたのか、屋台の主人が笑いながら声をかけてきた。
「ニャー!(食べたいっす!)」
「ニャン!(お腹空いたわ!)」
「…………ぽよ。…………食べる」
「クルニャン!(ちょうだい!)」
みんなの気持ちが一致した瞬間だ。
隙あらばそこをついていくのが、俺たちの信条だ。
今は可愛さを前面に出していく心づもりだ。
猫の可愛さは万国共通のはずだ。
俺だったら、頬を緩ませながら、寄って来た猫を撫でて餌をあげる。
ここは伯爵領と同じ国だけどね。
それに……、これは調査の一環だ。
街の様子、人々の様子、食べ物から得る情報は大きい。
ということにしておこう……。
建前大事……。
「お、おお……。そんなに腹減ってるのか。こっちの切れ端の方で良ければお前らにやるよ。なんか、食べたいって言う心の声まで聞こえた気がしたしな」
屋台の主人は、そう言って肉の切れ端を手際よく串に刺して焼いてくれる。
おお……、かなり駄目元だったけど、良い人じゃないか……。
切れ端でもくれるだけでありがたい。
ちょうど昼時を過ぎたこともあって、お客さんがいなかったことも良かったかもしれない。
「クルニャ(焼いてくれるってよ)」
猫たちに伝える。
「ニャー(まじっすか! 駄目だったら自分たちのコンビネーションで獲物をさらうところだったっす)」
「ニャーン(ええ、取られたことすら気づかせないわ)」
「ニャン(ですねえ。それに逃走ルートは確保済みです)」
「…………魔法で足止め」
猫たちがニャーニャー鳴いている。
ライミーも完全に溶け込んでるね……。
一緒に居るとパッと見は、ちょっと変わった猫に見えるくらいだしね。
それにしても、お前ら発想がひどいな。
食べ物の為だと全力を尽くすのな……。
ライミーは、騒ぎになるから簡単に魔法は使わないでね……。
そんなわけで食い逃げ猫になることは回避された。
でも思ったけど、やっぱり街の人は伯都の人たちと全然変わらないな。
獣人が迫害されてるということで構えていたけど、一般の人たちは同じなんだろうな。
案外、市民は支配者である貴族のことなんて、大して気にしてないのかもしれない。
少し待ったところで、屋台の主人が串焼きを板に乗せて置いてくれた。
「「ニャー!!(いただきます!!)」」
俺たちは串焼きを美味しくいただいた。
嬉しそうに食べる猫たちを見て、屋台の主人は「どうせ売り物にできない部分でそんなに喜ばれるなんてな」と楽しそうな苦笑いを浮かべていた。
ちょっと脂身の多い部分だったけど、そのまろやかさが、なんだか人の優しさに感じられた。
旅先で触れる人の優しさって、本当に有難いものだ。
街の雰囲気も知ることができて、出だしは順調といったところだった。
◇◇◇
食事の後で、俺たちは路地裏にきた。
今は少し休憩しているところだ。
「クルニャー!(もう少し日が暮れたら、行動を開始するぞ!)」
「「ニャー!(はい!)」」
暗くなってからが俺たちの時間だ。
これから侯爵邸に侵入する予定だ。
場合によってはそこで侯爵を倒すことも考えている。
この前、村で人造アンデッドを見てから嫌な予感がしているのだ……。
周囲が暗くなってきたのを見計らって、俺たちは侯爵邸に向かう。
路地裏を進んでいることもあって、人は全く見かけない。
あとちょっとで侯爵邸という時のことだ。
「クルニャッ?(何だこれは?)」
侯爵邸の方から、異様な気配を感じた。
何かよく分からないけど、何かが異様だ……。
「ニャー?(ボス、どうしたっすか?)」
ミケが怪訝な様子で聞いてくる。
「…………魔力に違和感?」
ライミーがつぶやいた。
そうだ、侯爵邸の方から何やら言いえぬ違和感を感じるのだ。
凶悪な魔物を鎖でがんじがらめに抑えつけたら、こんな感じだろうか?
ふとそんなことが頭をよぎった。
これは、なんとなくだけど俺一人で見に行った方が良い気がする……。
侯爵邸は敷地が広いこともあって、中心の館まではまだ結構な距離がある。
「クルニャン(ちょっと行ってくるから、この辺りで待っててくれ)」
ここはまだ路地裏だし、人が通っても隠れるのに向いている。
猫たちは付いて来たがったけど、待機しているのも立派な作戦行動だと言い聞かせた。
さて、侯爵邸には何があるのだろうか……。
俺は周囲への警戒をしながら、館に向かって歩みを進めたのだった。




