第56話「プヨプヨしてますが何か……?」
街に戻って来たけど、リルとグーリが出かけていた。
まあ、また留守番を任せて出かけるつもりだったから、良いんだけどさ。
さて、出かけようと思ったところで意外なところから声がかかった。
「…………シュン、わたしも行く」
ライミーが一緒に行きたいと告げてくる。
退屈だったのかな……?
でも、ライミーは近くで見たらスライム娘って分かるし、小柄とはいえ猫ほど小さくはないから、潜入には向かない気がするんだよなあ……。
少し離れたところから見ても、可愛い女の子だから目立つしさ。
「クルニャ(俺たちはまた潜入しに行くんだよ)」
俺の言葉を何となく理解してくれるのは助かるけど、今回は人目を避けての行動だからね。
「…………大丈夫。
…………見てて」
そう言って、ライミーは体をプルプルと揺する。
ライミーのプルプル揺れる姿は、なぜか癒されるものがあるなあ。
俺がそんなことを思ってると。
「クルニャッ!?(ライミー!?)」
ライミーが急に縮んだ……。
身長がレンカくらいの大きさになってしまった。
顔つきも何となく幼くなったように見える。
着ていたローブが、ダボッとしている。
あれー? そんなことできたんだ?
「…………ぽよ?」
ちょっと得意げな様子だ。
これならいいでしょ?といった感じだろうか。
ライミーが、幼くなったからライミーリリ……じゃなくて、何となくライミンといった感じだ。
けど、小さくなっても、まだ猫よりは全然大きい。
「クルニャー(ライミー、凄いけどさ。それでもまだ目立つよ……)」
「…………ぽよ。
…………ちょっと待ってて」
ライミーは、一瞬落ち込んだものの、すぐにまた体を揺すりだす。
また別のものに変化するのだろうか。
直後、ライミーの姿が消えた。
ライミーが着ていたローブだけが、バサリとその場に落ちる。
そして、ローブから猫が顔をちょこんと出してきた。
いや、よく見ると猫の形状をしたプニプニの何かだ。
このプニプニ感はライミーなんだろうけど……。
猫とは言えないかもしれないけど、プニプニしてて可愛い。
ローブからこちらを伺う姿はとても愛らしい。
「クルルゥ……(猫の姿にもなれるんだ……)」
「…………ぽよ。
…………問題ない?」
猫スライム? スライム猫?
この姿でもちゃんと喋ることができるみたいだ。
ちょっと羨ましい。
とりあえず、ライミーのついて来ると言う本気度は分かった。
まあ、猫として機敏に動けるなら良いけどさ。
ライミーは水魔法を使えるから、実際助かるんだよね。
川が無くても水浴びできたりとかさ。
「クルニャッ(ツンツン……)」
ライミーを鼻でツンツンしてみる。
猫同士だから問題ないよね?
「…………ポヨ」
「クルゥ(ツンツン……)」
さらにツンツンしてみる。
何これ? 楽しくて癖になるぞ。
ちょっと悪いことしてる気分にもなってきた。
「…………ポ、ポヨ~」
ライミー(猫型)が、抗議の視線を向けてくる。
どこか照れているようにも見える。
そんなわけで一通りツンツンした後、俺は猫五匹とライミー(猫型)を連れて、街を出発することになった。
あとでライミーから聞いた話だと、何にでも形状を変えられるわけではなく、慣れない姿には結構な訓練が必要とのことだった。
ちなみに猫の姿は密かに訓練していたらしい。
そんなちょっとした驚きもありながら、俺たちは再び侯爵領に向かったのだった。
◆◆◆
ベルーナ領主の執務室でのこと――。
この部屋の主、アルフレッド・ベルモンド伯爵は書類仕事に追われていた。
「終わらねえ……全然先が見えないぞ。フレディ、俺はいつまでこれをやってればいいのだ」
アルフレッドは、減らない書類の山を前に嘆く。
「ベルモンド様。いつまでということでしたら、終わるまででございます」
執事服姿のフレディがこたえる。
二人に身分の差はあれど、どこか気安さを感じさせるのは長年の付き合いだからだろうか。
アルフレッドの方も、ただ愚痴を言いたかっただけのようだ。
隣の領地に新領主が赴任して、交易や人の流れに変化が出ているため、仕事が増えているのだ。
「あー、俺も冒険者に戻りてえなあ……。リルとシュンは大人しくしてくれてるかな……」
アルフレッドは仕事の手を止めて、リルたちことを思い浮かべる。
「ベルモンド様でなければできない仕事もあります。あと、あの方々は街の外に出かけていると報告を受けております……」
「えっ? 聞いてないぞ! 何処に行ったんだ?」
アルフレッドは初耳だったようで、驚いている。
「それは、今初めてお伝えしましたから……。何処に行かれたかまでは存じません」
「まあ、いっか。あいつらには自由に楽しんでいて欲しいからな」
「左様ですね。オークキング討伐の際は、かなり助けられましたからね」
伯爵領の騎士と兵士たちだけだったら、大きな損害を出していただろうことは、ここにいる二人も認めるところだ。
「この前も言ったが、街に戻ってくるところを攻撃するなんてことがないように、しっかり手配をしておいてくれよ」
「はい、伯爵領の英雄に向かって恩を仇で返すわけにはいきませんからね。先日、あとでその話を聞いたときは背筋が凍りついたものです。あの方々が、優しい方で助かりました」
「優しいのもあるけど、シュンにとってはあの程度の攻撃では、ちょっとじゃれつかれた程度のものだったのかもな……」
アルフレッドは、目つきの悪いあの猫のことを思い浮かべながら苦笑する。
「大魔導士様の魔法が、じゃれる程度だとは、いやはや」
フレディは自分の理解が及ばないと言った様子をみせる。
「当面の大きな問題は、隣の侯爵領だよなあ……。どうも新領主には黒い噂があるみたいだからな」
自分の所の諜報部に調べさせたところ、新領主の侯爵にはいくつかの黒い噂がついて回っていたのだ。
ただ証拠となるものは一切無いため、噂の域を出ない。
教会関係の人間であることもあり、市民からの印象は清廉潔白で誠実な人物とされていることも調査の結果分かったことだ。
「すぐに何かをしてくるということは無いと思いますが、油断はできませんね……」
「だな。それにしても教会のやつらにはホント困ったものだな。うちの領地のことは放っておいて欲しいんだけどな……」
アルフレッドは、教会の主義を思い出してため息をつく。
人族至上主義で獣人を迫害するような教会の教義を思い出し、何も起こらないはずはないだろうなあと改めて頭が痛くなる思いをしたのだった。




