第52話「狐っ娘は『拒絶』する」
村に入ろうというところで、見張りの兵士を発見。
二人組で雑談をしていて、こちらにはまったく気づいていない。
「……猫ちゃん、行こうなの」
レンカが小声でつげてくる。
猫六匹はうなずく。
俺たちは建物の死角からそっと近づいていく。
レンカは怖がる様子もなく真剣な表情で進む。
この辺りの思い切りの良さは子供ゆえだろうか。
下手に大きな魔法を使うと、音で騒ぎになる可能性もある。
気をつけないとな……。
あと少しで兵士の背後だけど、こちらに気づく気配はない。
この先の動きの確認の意味もこめて、俺は片手を上げて猫たちに指示を出す。
兵士の一人は、俺が打撃をくわえてサクッと気絶させる。
ほぼ同時のタイミングで、五匹の猫がもう一人の兵士にニャシっと飛びかかる。
「うっ……」
猫たちの装備してる竜爪が当たったのだろう。
兵士がうめき声を上げて倒れ込む。
兵士たちは何が起こったか分からなかったことだろう
今回は久しぶりに“毒”を使わせてもらった。
俺が“毒弾”のスキルで麻痺毒を生成して、それを竜爪に付加してある。
竜爪を使って本気で突き刺したら、簡単に致命傷になるだろう。
余裕があるうちは、ちょっとかすらせる程度にするように指示してある。
「猫ちゃんたち、すごいの……」
レンカが目を輝かせながらつぶやいている。
俺たちは兵士をズルズルと引きずり建物の陰にかくす。
兵士が持ってたカンテラみたいな照明も一緒にだ。
「ルニャ……(さあ次だ……)」
夕方に隠れて兵士の話を聞いてた感じだと、レンカの親たち獣人は村の中央付近に集められているらしい。
レンカを先頭に村の中心に向けて歩みを進める。
周囲はかなり暗いけど、レンカもあまり暗さを気にしていない様子だ。
俺には“暗視”のスキルがあるし、猫たちは夜に訓練してることもあって暗さに慣れてる。
進んだところに兵士二人と騎士一人がいた。
遮蔽物が無いから、とりあえず静かに近づいていく。
レンカも先程の襲撃で大丈夫だと自身を持ってくれたのか、怖がる様子もなく、こちらとしてもありがたい。
暗がりから近づいていく。
「……ん? 何だ?」
兵士の一人がこちらを向いた。
気づかれるだろうけど、問題ない。
「……返して。あたちのパパとママをかえしてなのっ!」
レンカが思いを口にする。
その声は幼いながらも凛とした響きをともなっている。
「うん? 獣人の子供か?? まだどこかに隠れていやがったのか? ほれ、こっちに来いよ。怖くないでちゅよ~」
兵士の一人がニヤニヤしながら、レンカをからかうように告げてくる。
「クックック、お前の顔は子供には怖えって」
「違いねえな」
騎士と兵士は何が面白いのか、下品な笑いをうかべる。
騎士も領地によってずいぶんと違うな……。
今思うと、ベルモンド伯爵領の騎士たちはまともだったのだろう。
生意気だったヴァレミーだって、騎士だという自負を持っていた。
兵士がレンカを捕まえようと、手を伸ばしてくる。
「――ヤッ!」
兵士の手を払いのけるように、レンカが手を振るう。
――その手の動きに合わせて、俺は兵士の顎に一撃をくわえた。
兵士はその場で崩れ落ちる。
「何しやがった!?」
他の二人からは、兵士がいきなり倒れたように見えただろう。
騎士が剣を抜く。
可愛いレンカに剣を向けるなんて……。
「ヤ、ヤなのー!!」
レンカが嫌だと叫ぶ。
それに合わせて、俺は風魔法で周囲に風を発生させる。
風に攻撃力は無いけど、雰囲気作りとそれに紛れて攻撃するためだ。
レンカから強風が発生したかのように、吹き荒れる。
力の覚醒っていったら、やっぱり体内から魔力があふれ出すイメージだよね。
レンカの覚醒を俺がプロデュースする。
「な、なんだこれは!?」
「こいつ、魔法を使えるのか?」
レンカみたいな小さな子供が魔法を使って反撃してくるとは、思っていなかったのだろう。
騎士と兵士の二人は、目に見えてうろたえ始める。
俺は猫たちに合図を送る。
周囲の暗さと風に紛れて、一斉に飛びかかる。
俺が騎士を、猫たちが兵士を瞬時に昏倒させる。
「猫ちゃん……」
レンカが嬉しそうにする。
親を助けられるイメージも出てきただろう。
「クルニャ……(レンカ、もうちょっと頑張って)」
レンカの目を見て、意思を伝えるように俺はうなずく。
さて……。
人の気配の動きからすると、獣人たちは村の中央に集められている。
兵士もその辺りに固まっている
ここからが本番だね。
◇
建物の陰から様子をうかがう俺たち。
「あそこにいるの?」
レンカが少し先に見える建物を指差して聞いてくる。
俺はそれにうなずく。
獣人たちが捕らわれてるであろう建物があった。
おそらく逃げられないように拘束されて建物の中に閉じ込められているのだろう。
近くで見張りをしている兵士は十人ほどだ。
油断しているのか、ワイワイと雑談している。
閉じ込められている建物の中にも、何人かは見張りがいるだろう。
あとは他の建物で寝てるといった感じだろう。
獣人たちの救出が目的であって、兵士を全滅させることが目的じゃない。
「行くねっ!」
レンカが前に出る。
俺と猫はぴったりと後ろに続く。
少し進んだところで、兵士たちの近くにある灯りに向けて風刃を放つ。
灯りが消えて、一気に周囲が暗くなる。
「おい! 真っ暗になったぞ」
「襲撃か!」
「村のやつらか? 俺たちを恐れていたくせに取り戻そうってか」
「焦るな! こっちから見えないってことは、あっちからも見えないはずだ」
急に周囲があわただしくなる。
俺たちはそれに合わせて動き出す。
「――うぐっ」
「――なっ?」
暗闇の中、うめき声と人がバタバタと倒れる音が続く。
もれ聞こえるのは、兵士たちの声だけだ。
「くそっ、やっと灯りがついた!」
兵士の一人が新しい灯りをつけたようだ。
レンカが兵士の前に立つ。
「ヤなの~!」
「えっ? 何が起こった!?」
その兵士には、狐耳の少女と、倒れて動かない兵士たちが目にうつったことだろう。
まあ、それも一瞬のことだっただろうけど……。
ミケの一撃を食らい、兵士はその場で倒れる。
俺は全員を倒し切れているかを確認して回っていた。
「クルニャン……(外は片付いたな、あとは建物の中だ……)」
外の見張りは全員倒した。
いや……、騒ぎに気づいて建物の中の兵士もすでに外に出てきていたようだ。
動く気配は残り一人だ。
その一人も扉から姿を現す。
少し強そうな中年の騎士だ。
「じ、獣人め……」
出てきた騎士が忌々しそうにレンカをにらむ。
「パパとママを返してっ!」
レンカはひるまずに騎士に向かって叫ぶ。
騎士が人質を取ろうとする前に倒そう。
「こうなったら、閣下から借りてきたこいつを使うまでだ……。連れていける奴隷が一人減ることになるが、よかろう……。グチャグチャにしてやる。グールよ、奴を食らうがいい!」
騎士が杖のようなものを掲げる。
小さな杖ながら、大きな力を感じる。
魔道具といったところだろうか。
騎士の言葉を受けて、杖が暗くよどんだ光を発する。
以前、洞窟の中で見たドラゴンゾンビの気配を思い起こす。
わずかな間をおいて、建物の裏から醜悪な魔物が姿を見せる。
三メートルはあろう巨体を揺らして、グールと呼ばれた魔物が現れた。
皮膚がただれていて、生気が感じられない目前の魔物。
アンデッドだろうか……。
動き始めるまで、全く気配を感じなかった。
「……クルニャ(教会関係者がアンデッドを使役するって、酷い皮肉だな……)」
ズシンズシンと大きな足音を立てて、レンカに近づいてくる。
俺を含んだ猫たちはレンカの背後にいる。
「こいつは、閣下が研究の末に完成させた人工のアンデッドだ。Aランクの魔物に近い強さを持っているぞ。ほらほら、お前が見た目よりも多少強かろうと、数秒でこいつの餌だ」
騎士が嫌な笑みをうかべる。
反射的に全力の魔法をぶつけたくなったけど、後ろには獣人たちが捕まっていることを思い出して抑えた。
相手がレンカという子供だと甘くみてるからだろうか。
かなりヤバい秘密を、騎士は自慢げに語る。
人工のアンデッドって……。
ちょっと教会、何やっちゃってるのさ?
それとも領主の侯爵だけ?
レンカの足が震えている。
無理もない。
大の大人だって腰を抜かすほどの邪悪な魔物だ。
「……ヤなの」
レンカが一歩後ずさって俺に軽くぶつかった。
ここまでかな……。
ちょっとこれは予想外の事態だし、俺が引き継ごう。
俺が正体を隠すことよりも、レンカのほうが大事だ。
それに正体がただちにバレるというわけでもないしね。
目の前の騎士ごと消してしまえば、しばらくは大丈夫だろう。
俺はレンカの前に出ようとした。
その時、俺の頭に手が置かれた。
小さいけど、温かなレンカの手だ。
レンカの瞳はグールに向けられている。
俺はその瞳に恐れを乗り越えようとする意思を見た。
助けたい者のため、理不尽に立ち向かうという意思を。
「クルニャン(レンカ、大丈夫だよ)」
ここには理不尽に噛みつき、爪を立て、砂をかける、そんな猫がいる。
レンカが理不尽に立ち向かうことには、全力で力を貸す心づもりだ。
ミケたちも同じ気持ちだったのだろうか、レンカを励ますようにグリグリと頭をこすりつける。
正面からみたらモコモコが動いてる感じだろうか。
さて、いこう。
「ルニャッ!(ファイアボール、展開!)」
火魔法を使い、九つのファイアボールをレンカの周囲に浮かべる。
ゆらゆらと浮かぶ様子は尻尾が揺れているのをイメージして。
合成魔法は珍しいらしいから、やたら使っちゃうと出所がバレかねないからね。
火魔法の単発を九つ同時使用で、レア度を抑える作戦だ。
火魔法の単発なら、使える人も多いからね。
「なっ!? 魔法の同時使用だとっ!? し、しかも一つ一つの威力が……」
騎士が驚愕している。
火が苦手なのか、グールがわずかにひるんだ。
…………。
どうやら早速レア度抑える作戦が失敗したらしい……。
合わせて駄目、同時でも駄目、俺にどうしろと!!
まあいい……、ここまで来たらなるようになるだろう。
ふいに頭をなでられた。
見上げると、レンカがグールを強い意思でにらみつけていた。
いつの間にか震えも止まっている。
今考えていることは俺と同じだろう。
行く手を遮るものは、『払い除けろ』だ。
浮かんでいるファイアボールはいつでも動かせる。
「気持ち悪いのは……」
レンカが、前に進むという意思をもって一歩踏み出す。
そして、狐っ娘の叫びが闇夜を切り裂く。
「――九尾炎舞」
レンカの拒絶の叫びに合わせて、九つの尻尾がグールを包む。
熱の逃げ場のないファイアボールの檻。
「ゴガアァァアアアッ!!!」
グールが断末魔の悲鳴を上げる。
炎が収まった後には、炭化してプスプスと煙を上げるグールだったもの。
「んなっ!? お前はいった――――」
叫んでる途中で、騎士が前のめりに倒れ込む。
「ニャン(ボス、ついやっちゃったっす)」
騎士が倒れた後ろには、ミケとカルビの姿があった。
ミケたちにも許せない奴だったようで、竜爪をさっきまでより深くザックリやってしまったらしい。
まあいいだろう。
今は獣人たちの救出が先だ。
建物内で寝てた兵士たちが、外の様子に気づいてパラパラと起きてやってくるだろう。
兵士がやってきたら、倒して回るように猫たちに指示する。
一応無理そうになったら、俺を呼びに来るように言っておく。
「猫ちゃん、ありがとうなのっ!」
「クルニャン!(どういたしまして!)」
レンカと俺は、捕まってる獣人たちを助け出すために建物に入っていく。
なぜか俺はレンカに抱えられて、だけど……。




