第36話「蠱毒よ、俺は再びやってきた」
ライミーが地面に膝をついて顔をしかめている。
俺とリルはライミーに駆け寄り、猫たちも心配そうにしている。
「ライミー、どうしたの!?」
「クルニャー(ライミー、大丈夫?)」
ライミーは苦しそうで、顔色も悪いようにみえる
「…………大丈夫。
…………少し疲れただけ」
ライミーは大きく深呼吸をして呼吸を整える。
すぐに立ち上がり、少し休めば大丈夫と言う。
一見、少し落ち着いたように見える。
旅をしてきたみたいだし、その疲れってこと?
その時、門の方からミーナの声が聞こえてくる。
「ただいま~!」
ミーナが仕事から帰ってきたようだ。
猫が数匹ミーナの方へ向かった。
お出迎えのつもりだろうか。
「ミーナ、おかえり!」
「ただいま。あ……、お客さまかな?」
ミーナがライミーに気づいた。
「ポヨ族のライミーだよ。森で会ったんだけど、今日からうちで一緒に過ごすことになるんだ」
リルがライミーを紹介する。
「…………ライミーです」
ライミーがちょっと緊張している。
「私はミーナよ。私もリルにお世話になってる立場だし、気を使わないでね。ミーナって気軽に欲しいな」
「…………ミーナ。
…………よろしく」
「うん、ライミー。よろしくね! でもポヨ族って珍しいわね。会ったのは初めてよ」
やっぱり珍しい種族なんだ。
ただ、言い方からすると聞いたことはあったようだ。
ミーナはギルドで働いてるからか、いろんな事を知ってるよね。
ライミーは緊張がとけたのか、表情もいくぶんやわらいだ気がする。
良かったポヨ。
なんとなくライミーの口癖を頭の中でつぶやいてみた。
特に意味はないポヨ。
その後、他愛もない会話を少ししてから、ライミーにはゆっくり休んでもらうことにした。
さっき倒れたのも気になるしね。
ライミーには一部屋使ってもらうことにして、俺はいつもどおりリルとミーナと一緒の部屋で寝る。
部屋はいっぱいあまってるけど、寝る時は一緒が良いというのがリルとミーナの共通の意見だ。
もちろん俺が大賛成なのは言うまでもないことだ。
ライミーが倒れたこと、ポヨ族のこと、調べられる立場にあるミーナに詳しく調べてもらうべきだったかもしれない。
俺がミーナに直接言葉で伝えることはできないけど、ライミーを通して頑張れば伝えられたのではないだろうか。
そうすれば、後にあんな思いをすることはなかったかもしれない……。
もっとライミーのことを知っていれば……。
◇◇◇
次の日、俺は一人で行きたい場所があった。
朝起きてすぐに、リル、ミーナ、ライミーに俺は一人で出かけたいことを訴えた。
もしかしたら、帰りが明日になってしまうかもしれないことも伝えようとクルニャーした。
ライミーが言葉の一部を拾ってくれて、なんとか伝えることができた。
ミーナがライミーに感心してて、リルと同じく猫語を教えて欲しいとお願いしていた。
これって教えて覚えられるものなのかな……?
そんなわけで、俺は今、森の中を疾走している。
ある場所を目指して単独で全力疾走しているところだ。
目的地は“蠱毒の洞穴”。
以前、リルを助ける強さを手に入れるために挑んで踏破した森の中にあるダンジョンだ。
最下層にいた赤竜は本当に強敵だった。
今思えば、オークキングより遥かに強い敵だった。
毒攻撃が上手くハマって勝てたけど、正面からぶつかったら今でも勝てるかあやしいと思う。
今回の目的は、そのドラゴンの素材だ。
皮や肉はもうその場に残ってないかもしれないけど、牙や骨とかは残ってるんじゃないかなと思う。
魔物の素材は、その魔物が強ければ強いほど、強力な武器や防具に加工できる。
リルや猫たちの武器への加工を期待して、素材回収に向かっているというわけだ。
あの洞窟は強力な魔物が多かったので、念のため俺一人で行くことにした。
猛毒持ちの魔物がうじゃうじゃいて、危ないことこの上ないからね。
「クルニャー……(着いた……)」
蠱毒の洞穴の入口に到着した。
相変わらずいい雰囲気をかもし出している。
闇に潜む魔の気配を数倍濃く煮詰めたかのような重くどんよりとした空気。
洞窟自体が獲物を飲み込もうと口を開けているようにすら感じられる。
「クルルゥ……(また魔物が湧いてるかもなあ……)」
時間も結構経っているし、また毒系魔物の巣になってるような気もする。
まあ、一度は踏破したんだし、気にせず行くんだけどね。
俺はあまり気負わずダンジョンに足を踏み入れた。
◇
案の定、毒虫の巣になっていた。
前回、洞窟内の魔物を全滅させたわけじゃないからしょうがない。
大型犬サイズの毒蜘蛛や毒サソリどもをザクザクと倒しながら進む。
調子に乗って進んでいた時のことだ。
いきなり地面が勢いよく盛り上がり、俺はそれに突き飛ばされた。
「ルニャッ!?(痛っ!?)」
罠なんてあったっけ?
俺は空中で受け身を取り、着地しようと……。
着地しようとした地面が陥没した。
俺は落とし穴にハマった。
深さは二メートルくらいで大したことはない。
と思ってると、上から大きな岩が降ってきた。
落とし穴に蓋をするイメージだ。
「クルナ~!(ふざけんな~!)」
降ってきた岩を右腕で粉々にしつつ、落とし穴の外に飛び上がる。
なんだこの悪意のある罠は……と思っていると、視界に大きなイモムシが見えた。
大型犬サイズのイモムシで、毒々しい色をしている。
カブトムシの幼虫のでかいやつだ。
「ギューギュー!」
イモムシが憤慨とばかりに鳴き声を上げる。
こいつが今の罠……いやもしかしたら土魔法か?
俺はイモムシに向かって風刃を放つ。
イモムシに当たると思った瞬間、イモムシの前面に土の壁が出現した。
風刃は土の壁にあたり、壁を少し削っただけにとどまる。
「クルニャー(こいつ!? 発動が早い上に、強度もかなりだ)」
こうなったら、ちょっと本気だしちゃうよ。
“火魔法”と“風魔法”を合成してイモムシに向かって放つ。
――炎熱嵐――
渦巻く炎がイモムシに向かう。
炎の竜巻といった感じだ。
イモムシは土壁を出して防ごうとしたけど、炎は通路を埋め尽くす。
回り込んだ炎がイモムシを丸焼きにした。
「クルニャン……(なにこの威力……)」
ぶっつけ本番で魔法スキルを合成してみた。
思ってた以上の威力にちょっとびっくりした。
森で使ったら大火事になりかねない威力だった。
オークキングのときもそうだったけど、スキルの合成ってとんでもないものの気がする。
二つを合わせて二倍どころか、数倍の威力になることがザラにある予感。
人族にも合成魔法のエキスパートとか、凄い魔法使いがいるかもしれないね。
機会があったら、いろいろ教えてもらいたいものだね。
さて……。
イモムシの丸焼きに近づく。
表面は黒く焦げてプスプスと煙を上げている。
あまり気が進まないけど……。
土魔法の可能性を見せられちゃうとね。
結果だけ言おう――。
体の中がヒュンとして、俺は“土魔法”を覚えた。
そして、リルの美味しいご飯が恋しくなったのだった――。




