第3話「何か間違えちゃったかな……?」
俺とリルは街に向かって街道を歩いている。
「ウインドディアー、美味しかったね!」
「クルニャン(美味しかった!)」
あの鹿は、ホント美味しかった。
あんなに美味しいと乱獲されたりしないのかな。
俺はまた絶対食べたいよ。
ウインドディアーはEランクの魔物で、そんなに珍しい魔物じゃないはず。
それとも、街のみんなはもっと美味しいもの食べてるのかね。
美味しいと感じるものが違うっていう可能性もあるのかな。
今まで山での生活だったから、都会生活は夢がふくらむね~。
そんなことを考えながら歩いていると、街道脇に木が一本生えている。
木を見て、ふと思いついたことがある。
「ニャン!(リル、ちょっと待ってて)」
「どうしたの? シュン?」
一鳴きして、俺は木に近づく。
あることを試したかったのだ。
「ウー、ニャンッ!(うりゃー!)」
あることを念じて、木に向かって腕を振る。
木まではまだ腕が届かない距離だ。
俺と木の間の空気が揺らぎ、ザンッと音を立て木に斜めの亀裂が入る。
直後、亀裂から木がずり落ち、バサッとその場に倒れる。
残ったのは、鋭い刃物で切られたかのように年輪をのぞかせる切り株だ。
「シュン! 何それすごい。ウインドディアーの風魔法じゃん」
近づいてきたリルに声をかけられる。
そう、俺は食べたものの力を得ることがあるのだ。
食べたからといって、絶対手に入るわけではないけれど。
力が手に入る時の感覚は、体の中がヒュンとするんだ。
鹿肉を食べてる途中で、ヒュンとしたものを感じたから、自己鑑定して“風刃”というスキルを手に入れたことを確認していた。
俺は自己鑑定で自身の状態や獲得スキルとかを、視覚的に見ることができるんだ。
他の人のは鑑定できないけど、結構便利なスキルだ。
「クルニャーン(すごい? もっと褒めて~)」
俺は褒められて伸びるタイプだから。
便利なスキルも手に入ったし、今日は良い日だ。
ただ、“風魔法”が手に入ったかなと思っていたら“風刃”だったけど。
ウインドディアーが使えるのは風魔法のはずなのに……。
なんでだろうね?
◇◇◇
街に到着。
この街は、周囲一帯を治める領主の領都で、かなりでかい。
ベルモンド伯爵領、伯都ベルーナ。
それがここの名前だ。
城塞都市になっていて、高い塀で街ごとぐるっと囲まれていたりする。
街に入るための門で少し並び、入る時にリルが冒険者カードを門番に見せる。
「リルです。依頼が終わって戻りました」
今朝手に入れたばかりの冒険者カードを得意げに見せている。
銅製のカードで赤茶色をしている。
冒険者になれたの嬉しいんだろうな~。
前からなりたかったもんね。
俺たちはすんなりと門を通された。
「ねぇねぇシュン、冒険者カードって凄いね! 見て見て!」
冒険者カードを自慢げにに見せてくる。
リルの狼耳がピコピコ動いている。
ドヤ顔のリル可愛い。
その耳をモフりたい。
「クルニャーン!(リルの冒険者ランクが上がるように頑張るよ!)」
ランクが上がると冒険者カードの素材も変わっていくらしい。
たしか、E→D→C→B→Aの順に、銅→鉄→銀→金→ミスリルだったかな。
リルが冒険者登録する時に、冒険者ギルドの犬耳受付嬢が説明してくれた。
俺が魔物との戦闘を頑張って、リルの評価を上げていくんだ。
◇◇◇
冒険者ギルドの建物は門から近いところにある。
二階建ての大きな建物で、ギルドが力を持っていることがうかがえる。
建物に入ると俺たちに視線が集まる。
基本戦闘職が多いだけあって、ゴツイ奴らが多い。
そんな中、まだ幼いと言ってもいいほど若くて可愛いリルは目立つのだ。
冒険者に年齢制限がないといっても十二歳の少女冒険者なんて他にいなそうだし。
リルにいやらしい視線を向けている奴もいやがる。
ちっ! 風刃使っちゃうぞ、ふうじん。
あ、でもあいつらがCランク冒険者だったりしたら、かなり強い可能性もあるのか。
Eランク魔物のスキルでは効かないか。
やはり早く最強になる必要があるな。
あの日、俺はリルに降りかかる理不尽、不条理をすべて払い除けると誓った。
理不尽に、噛みつき、爪を立て、砂をかける。
そう誓ったんだ。
「シュン、カウンターに行くよ」
ガルルと冒険者に睨みをきかせていた俺にリルが声をかけてくる。
返事することクルニャ。
俺はリルの後ろをついていく。
カウンターについたところでリルに声がかけられた。
「おつかれさまです。 あ! 今朝の新人さん!」
今日の朝、登録を担当してくれた犬耳受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
垂れた犬耳と、優しそうな垂れ目が特徴的な彼女。
その見た目に反して、テキパキと仕事をするキャリアウーマンの印象だ。
歳は十代後半くらいだろうか、美人な彼女は冒険者たちにも人気に違いない。
たしか名前は……。
「ミーナさんもお仕事おつかれさまです。討伐してきました。え~と……」
初めての依頼だし、リルはどうしたらいいか少し戸惑っているようだ。
やっぱり、討伐証明を提出したりする感じかな。
「初依頼なのに、受けた当日に達成っていうのは将来が楽しみですね! どうぞ、お掛けください」
リルは、カウンターの前の椅子に座る。
荷物は脇に置いて、俺はリルの膝に乗る。
というかリルに持ち上げられて、その膝に乗せられた。
「仲良いんですね」
ミーナが微笑ましいものを見るような表情をする。
「はい、仲いいんです!」
俺を撫でながらリルが言う。
こういう言葉一つで俺は嬉しくなる。
「では、討伐証明をカウンターの上に出してください」
ミーナが、討伐証明を提出するように教えてくれる。
「はい、ウィンドディアーの角を持ってきました」
リルがショルダーバッグから角を取り出し、カウンターに置く。
あの鹿の、剣みたいに研ぎ澄まされた黒い角だ。
「えっ? あれ?? これは何でしょうか?」
受付嬢のミーナが、いぶかしげな様子だ。
落ち着いた雰囲気の彼女が、少し取り乱しているようにも見える。
「え~と、ウインドディアーの角?」
リルも首をかしげて、頭にクエスチョンだ。
あれ? これじゃあ証明にならないの?
もしかして証明部位まちがえてたとか?
尻尾とかが証明部位だった?
尻尾捨てちゃったよ……。
俺の頭にもクエスチョンだ。
今、このカウンターの周囲にはクエスチョンがいっぱいだ。
「どんな魔物から、これを……?」
「え~と、角が二本こういう風に生えてて、体はここから……そこくらいの大きさの四本足の魔物で……」
身ぶり手ぶりでリルが伝える。
「少し大きい気もするけど、特徴はウインドディアーのようね……」
ミーナが考え込むが、リルの言葉はまだ続く。
「それで目が赤くて、なんかこう黒い翼が生えてて、それとね……」
「えっ? えっ……??」
ミーナが慌て始める。
普段クールな女性が、あたふたする様子はなんだか可愛いよね。
これがギャップ萌えってやつか。
「そうだ、風魔法使ってきたの。木をこうズバッと真っ二つにするやつ」
リルが可愛いジェスチャーで伝える。
俺のハートがズバッとされそうだ。
そうそう、あれは結構威力がやばかった。
「風魔法? 確かにウインドディアーは低位の風魔法を使うけど……そんなに威力は無いはず……」
ミーナがなにやらブツブツ言っている。
最後の方は小さくて、よく聞こえなかった。
俺、猫だから耳良いのに。
「リル、何か間違えちゃったかな……?」
リルが困ったような、悲しそうな表情をする。
「あ、違うのよ。ちょっと上の人に聞いてくるわね。これ持って行ってもいい?」
「持っていって大丈夫です。お願いします!」
俺たちは、ミーナが戻ってくるのを待つことになった。
その直後、後ろから声がかかる。
「おい! お前ら!」
何だろうと、俺とリルは振り向く。
そこには、ガラの悪い二人組と、それに従えられたガラの悪い大きな犬がいたのだった。