第21話「食べ物の恨みはおそろしい」
今、オークの集落らしきものを包囲している。
時間は夕方といったところだろうか。
兵士と冒険者とで、集落をぐるっと囲んでいるのだが……。
「クルニャン(リル……、オークの気配無いよね?)」
「うーん……」
リルが顎に手をあてて小さくうなっている。
そのポーズ、リルがやっても可愛いらしいだけだよっ。
一瞬、内心でニマニマしてしまったけど、ここは戦場だったと思いなおす。
騎士たちの指示で集落を包囲したのはいいんだけど、オークの気配は感じない。
せいぜい家畜とかの気配がするくらいだ。
オークの姿が見えないのは、家の中に立てこもっていると考えれば不思議ではないけど……。
家の中にも気配が無い。
指示を出してた騎士たちの中に、気配を察することができる人はいなかったのだろうか。
俺が猫だから気配に敏感なだけ?
でもリルも気づいてる感じだしなあ。
そういえば、騎士といえば……。
進軍の列に戻った時、リル向かってネチネチと言ってきたやつがいたな。
たしかヴァレミーという騎士だっけ?
出発するときに騎士団長は言ってたはずだ。
冒険者はその特性を生かして欲しいと。
あの時のオークを放置してたら、おそらく奇襲されてたのに……。
多少の被害が出る可能性もあった……、と思う。
そこでふと気が付く。
そういえば、兵士や冒険者が戦ってる姿ってみたことなかった。
実はみんな、俺が思っているよりはるかに強いとか?
あの時のオークから奇襲を受けても、なんてことなかったってこと?
でも、登録初日にからんできた兄弟二人組は弱かったしな……。
いまいち冒険者と兵士たちの強さが分からなくなっているうちに、ヴァレミーの小言は終わっていた。
冒険者たちの話によると、あのヴァレミーはAランク冒険者なみの強さを持っているらしい。
イライラしたけど、きっと戦いでは活躍してくれるのだろう。
その強さで冒険者たちの被害を減らしてくれるなら、と考えたらイライラも少し収まった。
しかし、空の集落を囲んでどうするのさ……。
騎士たちはオークを舐めすぎている気がする。
冒険者たちが文句を言わないところをみると、オークってそういう魔族なのか?
知性が低い魔族って認識なのだろうか。
さっき倒したオークの集団は統率されていた気がする。
隊長オークの元、集団として動いていた。
そう考えると、今の状況はちょっと不味い気がする。
罠の可能性があるのに、誰もその可能性を考えていない。
罠があろうと食い破れるとたかをくくっているのだろうか。
ヴァレミーの態度を見る限り、リルが進言しても聞いてくれるとは思えない。
一緒の戦場に立つ以上、それぞれの特性を生かさなきゃいけないと思うんだけどね。
ん??
後方から何かが近づいてくる気配を感じる。
しかも複数の気配だ。
わずかに獣型の魔物が走る足音も聞こえる。
ふと森でご馳走だったイノシシが頭に浮かんだ。
「クルルゥ(リルが作ってくれたイノシシのハムは絶品だったなあ)」
ふとリルを見上げると、リルは真剣な表情で俺を見つめていた。
あ……、ごめんなさい……、今は戦場でした。
真面目にやりますから、ご飯ぬきにはしないでください……。
「シュン」
リルが俺の名を呼び、後方をうかがっている。
やっぱりそっちだよね。
また勝手に動いたら、後で怒られるかもしれないけど。
俺たちがそっと後方に駆け出すのと、討伐軍が集落に踏み込むのが、ほぼ同時だった。
すぐにオークの小さな集団を発見した。
結構近くまで近づかれていたようだ。
隊長っぽいオークが指示を出し、指示を受けたオークが各方向に走っていく。
なんとなくイメージしたのは司令部だった。
ここから各部隊に指示を出しているのだろうか。
もしそうなら、オークたちは皆が思っている以上に統率されていることになる。
集団をまとめているのが隊長オークなのは日中と同じだ。
赤黒い皮の鎧をつけている。
隊長オークっていっぱいいるのかな?
あいつ結構強くて厄介なんだよね……。
というわけでサクッと奇襲した。
俺が片手を上げて攻撃の合図をする。
はたから見ると、まねき猫にしか見えなかったかもしれない。
そんな心配をしたけど、リルには問題なく伝わった。
リルが矢を隊長オークに向けて二本射る。
一本は首筋に刺さり、もう一本は皮鎧に突き刺さった。
ワイバーンの矢じりのおかげか、深く突き刺さっている。
「グガァァア!」
隊長オークがひるんでいる間に背後に近づき、風刃で倒す。
こういうのは指揮官を倒すのが一番だよね。
残りのオークは簡単に倒し終えた。
一息ついていると、集落の方向から怒声が聞こえてきた。
戦闘の気配を感じる。
「シュン! 戻ろ!」
「クルニャ!(ああ、何か始まってるね)」
集落の近くまで戻ってきたところ……。
「クルルゥ(何だこれ?)」
数体の巨大なイノシシが暴れまわっている。
その後ろにはオークが結構な数いる。
オークが言葉ではない何かを叫んでいる。
それはイノシシに命令を出しているように見える。
集落に冒険者や兵士たちが集まったところで、外側から急襲したのだろう。
さっきの隊長オークの指示だろうか。
なんとか連携を取って戦えている冒険者や騎士もいるけど、どうにもバタついている。
予期せぬ急襲だったからか、全体的に混乱しているのだろうか。
森で狩っていたイノシシより大きいけど、強さは大したことないように思う。
動きも単調だしね。
「クルニャ?(リル、いいよね?)」
実はイノシシを見たときから、あふれ出る感情がある……。
「シュン……、よだれが出てるよ」
あふれ出ていたのは感情だけではなかったようだ……。
リルのジト目が突き刺さる。
すぐ近くにはオークもいなそうだし、しばらくはここも安全だろう。
というわけで、ちょっと行ってくることにした。
「クルニャン!(戦いは真剣にやるから、あとでご飯つくってね!)」
リルの返事を待たずに、俺は巨大イノシシに向かって走っていた。
一番近くのイノシシは、冒険者に突っ込もうとしているところだった。
よく見たら、チャラい冒険者のハンズだった。
その背後にはモニカがいる。
弱らせてから狩るのは狩りの基本だけど、みんな時間かけすぎている気がする。
ハンズの前のイノシシ、時間かけて弱らせてるのかな?
普通の狩りと違ってオークもいるのに……。
冒険者は、他の冒険者の獲物を横取りしてはいけないという暗黙のルールがある。
けど、今はいいよね。
いつもの依頼じゃなくて、集団での討伐戦だもんね。
ああ……でもオークの横取りはいいけど、イノシシは駄目だったり……。
駄目だったら、リルの作ったイノシシ料理少し上げるから許してね!
リルのぼたん肉料理は凄く美味しくて、争うのが馬鹿らしくなるよ。
イノシシの素材もいらないからさ。
だけど……、イノシシの肉少しは俺とリルの取り分だよ。
少しじゃなくて、半分くらいもらえると、もっと嬉しいな。
ああ……、それにしても。
「クルニャーーン!!!(デカくて美味しそ~だね!!)」
俺はほとばしる感情のまま特攻した。
巨大イノシシに飛びかかり、風刃で輪切りにした。
イノシシの巨体がその場でくずれる。
俺はイノシシとハンズの間に着地した。
「クルニャー!(ああ、しまった! 輪切りにしちゃうと内臓の血が肉に混ざって、臭みが出ちゃう……)」
ムシャムシャしたくてやった。
ちょっと後悔している……。
「……英雄。……小さいフェンリル……」
背後でハンズが何かをつぶやいた。
肉が不味くなるかもとショックを受けてて、よく聞き取れなかった。
きっとハンズも、肉になんてことをしてくれたんだ……、とショックを受けたのかもしれない。
キラキラした目でこっちを見てるような気がするけど、俺への怒りでギラギラが実際のところだろう。
食べ物の恨みはおそろしい……。
すまん……、ハンズ。
リル、次はもっと上手くやるよ……。
それから他の巨大イノシシは首だけスパッとやることにした。
俺はイノシシを倒して回った。
数人で囲んで、イノシシを倒してる冒険者や騎士もいた。
嫌味なヴァレミーもイノシシを倒し終えていた。
肩で息をしていたけど、おおげさだなあ……。
イノシシを倒し終えたところで、動ける者たちでオークの撃退にうつった。
数体のオークには逃げられたけど、概ね勝利と言ってもいい結果だろう。
日が沈む前に戦闘は終わり、この場で夜営をすることになった。
暗い中動くのは危ないもんね。
俺みたいに“暗視”とかないと特にさ。
「シュン、ボアのお肉久しぶりだね」
リルもグレートボアを食べられるとあって嬉しそうだ。
森で一緒に食べてたワイルドボアと同じ感じの味なのだろうか。
「クルニャン!(ぼたん肉! ぼたん肉! ぼったんにくっ!)」
リルの料理を待つときの俺の心情は、大体いつも同じなのであった。




