第2話「鹿肉のステーキと赤ワイン煮込み。モニュ美味い!」
ちょうど近くに川が流れていたので、そこまで鹿を引きずって運んだ。
「……クルルゥ(重かった……)」
リルが運ぶには重すぎたから、俺がくわえて引きずってきた。
素材として売れそうな皮が傷ついたかもしれないけど、しょうがない。
そういえば、食事だと喜んだけど、肉を焼いたりする調理道具あったっけ?
リルをチラリ見ると、何か伝わったのか、
「こんなこともあろうかと~。ほら、持ってきたよ」
料理に使う小型の鉄板と鍋はリルが持ってきていた。
討伐は何日かかかることもあるから、念のために持ってきたそうだ。
たまに思うけど、リルって準備がいいよね。
さて、河原まで来たところで、まず鹿の解体だ。
「あれ~? シュン、全然切れないよ。ナイフ研がないとかな?」
ところが鹿の解体をしようと思ったら、リルのナイフが鹿の皮に通らなかった。
何を言っているか分からないかもしれないが、いくら刃を立てても切れないのだ。
まるでドラゴンとか強い魔物の皮みたいだな、と一瞬思ったけどE級の魔物だしなあ……。
ナイフの切れ味が落ちているか、死ぬと硬くなる性質があるとか、そんなところだろう。
しょうがないから、俺が爪で皮を裂く。
猫の爪は収納式なのだ。必要な時だけ爪を出す。
こう言うと、なんか「能ある~は」みたいで格好いいよね。
普段は日向でダラダラしているけど、やる時はやるみたいなね。
あ~、リルと一緒に日向ぼっこしたくなってきた。
中の肉は問題なくナイフが通ったから、解体の続きは手慣れたリルに任せる。
独りで山暮らししていたリルにとっては、お手のものだからね。
俺は薪の代わりに枯れ枝を集める。
枯れ木もあったから適当な大きさにしてそれもついでに運ぶ。
ある程度集まったところで、火魔法を使って火をつけた。
元素魔法、または属性魔法と呼ばれる魔法には四種類あるらしい。
火、水、風、土の四種類らしい。
俺が使えるのは火魔法だけだが、便利だからそのうち他の属性も使えるようになるといいなと思っている。
小一時間が経ったところで、食事の下準備ができた。
ここからは……、悔しいが獲物を前にして俺にできることは少ない。
リルが料理しているところを、“待て”の状態で待つだけだ。
「ほらぁ~、シュン、よだれ出てるよ」
「クルニャ(はっ!?)」
リルが俺の口元を指差して微笑む。
どうやら肉を焼く匂いにやられていたようだ。
やるな……、鹿め……。
俺に体液を流させるとは……。
脱水症状に陥らせる作戦か……。
などと馬鹿なことを考えている内に、料理が完成した。
今回の鹿料理は二品。
鹿肉のステーキと、鹿肉の赤ワイン煮込みだ。
ステーキは香草と合わせて焼いてあり、とても良い匂い……。
駄目だっ!? 猫は鼻が良すぎて、匂いに対して紙防御だ。
ステーキの匂いだけで、すでにフラフラな俺。
そんな俺を見て、リルがニヤニヤしている。
赤ワイン煮込みの方も美味しそうだ。
ワインは、森に来る前に街で買ってきたものだ。
といっても、リルが果汁水と間違えて買ったのだ。
売店のおばちゃんの、「飲んでも、料理に入れても美味しいよ」という言葉に勘違いしたらしい。
リルは森にくる道中口をつけて、「ゥエッ!? 何これ??」と渋い顔をしていた。
ショルダーバッグの底で眠ることになったワインのことを料理中に思い出したらしい。
恐る恐る鍋にワインを入れて煮込んでいたが、途中で味見をした時には、成功だったのか嬉しそうな顔をしていた。
まあ、鹿肉はいっぱいあるから、失敗しても大丈夫というのはあったかもね。
そんな鹿肉の赤ワイン煮込み。
ここに来る途中で見つけたトマトっぽいものや芋っぽいものが一緒に煮込まれていて、本当に美味しそうだ。
「お待たせ、シュン。食べよっか」
「クルニャン!(いただきます!)」
まずはステーキ! 待ってましたとばかりに、かぶりつく。
!?
うまっ! 超美味い!!
噛んだ瞬間に肉汁があふれてきた。
程よい歯ごたえに、肉汁の旨み。
それに口の中で広がる香草の香りがたまらない!
牛肉の味に近いけど、それよりも脂身が少なく繊維が細かい感じ。
猫として産まれてから一番美味しい肉かも!
肉の繊維が細かいからか、モニュモニュした噛みごたえがまたイイ!
モニュッモニュッ……。う~ん、モミュモミュ……。
うまい! うますぎる!
「クルゥニャ~ン(至福にゃ~)」
気づいたときには、目の前のステーキは消失していた。
はっとしてリルを見ると、リルはナイフを使って上品にステーキを食べている。
「も~、シュンは食いしん坊なんだから。そんな悲しい顔しないでも、まだいっぱいあるんだから」
リルが俺を見ながら優しく微笑む。
何? 俺ってば悲しい顔してるの?
でもさ、でもさ!
「クルニャ~ン!(俺が悪いんじゃないよ、リルの料理が美味しすぎるんだよ!)」
俺は抗議の声をあげる。
「次の焼くから、こっちも食べてみて。元はあんなに渋い飲み物なのに、これは美味しいんだからっ」
リルがワイン煮込みの器を、俺の目の前に置いてくれる。
鹿肉のワイン煮込み。
作る際、ワインをドバドバ入れてたから、もっとスープっぽいものを想像してた。
ところが実際は、煮詰まったからか意外にも水分は少ない。
これ、完全に美味しいヤツじゃん!
見ただけで分かる戦闘力。
強い奴ほど、さらに強い奴のことが分かるのさ!
まさにそんな心持ちだ。
一見しただけで、俺はこれが美味しいことを確信した。
「クルルゥ……(相手が強いと分かっていても、俺は立ち向かう)」
肉に魅了された俺は、自分が猫舌かもしれないことなど忘れ、肉を口に入れた。
!?!?
美味しすぎて一瞬思考が止まった。
一緒に煮込んだトマトとかの旨みが、ワインの程よい酸味と一緒に鹿肉の中に凝縮されてる!
水分が少なかったのは、旨みが全部肉の中に吸い込まれたから?
モニュうま! モニュうま!
こんなに美味しいものを、リルと一緒に食べられる。
なんと至福なことか!
料理は一緒に食べる相手によって、美味しさの感じ方が変わると言う。
俺にとっては、美味しいものをリルと一緒に食べることほど至福の時間はない。
その後も、俺たちは鹿料理を心ゆくまで楽しんだ。
「クルルルゥ……(お腹いっぱい……もう食べられない)」
「もう、シュンは食べすぎだよ~。戻るのはちょっと休憩してからにしようね」
俺たちは木陰で食後の昼寝をすることにした。
ああ、お腹いっぱいでリルの尻尾を枕に昼寝。
リルの尻尾って、いい匂いするんだよね。
日向の匂いって言うのかな。
さらに、リルのナデナデつき。
俺の喉はグルグル鳴り、尻尾は勢いよく振られている。
どっちも俺には止められないのだ。
俺ってば、世界一幸せなんじゃないだろうか。