第15話「絶対領域……それは夢が重なり合う処」
昨夜はみんなですき焼きを食べ、寝るときは猫まくらにされてリルとミーナに挟まれて眠りについた。
今朝はすこし早く目覚めたのだが、二人はまだ夢の中だ。
二人より先に起きた俺を褒めてあげたい。
しかもだ!
リルとミーナが背中合わせに寝ていて、その背中と背中の間には好都合にも、俺が収まることができるほどのスペースが空いている。
さらにだ!
そのスペースを埋めるように二人の尻尾が重なり合っている。
フワフワでモフモフなリルの狼尻尾。
シットリしててフサフサなミーナの犬尻尾。
その二つが折り重なっている絶対領域。
モフモフという夢が重なり合う処。
モフモフが二つで、2モフモフか?
否、断じて否である。
少なくとも、二乗の4モフモフだ。
少なくともだ!
この神聖な聖地を護るためならば、俺は神にすら挑んでみせよう!
「クルルゥゥ……(体が言うこときかないよお……)」
棒読み気味に小さな鳴き声を発し、俺は絶対領域に吸い込まれていく。
今自分のステータスを見たら、“魅了”の状態異常がついてるかもしれない。
俺は、ポフッと領域に倒れ込む。
「……ん、ぅん」
リルが可愛らしい声を出すが、すぐに規則正しい寝息に戻った。
それにしても……。
このモフモフ感はやばい!
フワフワしていて気持ち良いことはもちろんだけど、尻尾だからなのか二人の呼吸に合わせて、わずかに揺れたりするのがたまらない。
モフモフフサフサが動くんだよ。
俺はモフモフに包み込まれてる気分になった。
もしかしたら寝てる間にも、この状況があったかと思うと、気づいていなかった自分をしかりつけたい。
これはあれだ、人は(猫だけど)自身が幸せだったとしても、その時には気づかないことがままある、というあれだ。
失ってから気づく幸せ……。
俺は今幸せだよ。
それにしても気持ちいい……。
人を(猫だけど)堕落させる程のモフモフの魅力。
この世界には、いがみ合ってる国とかあるらしいけど、みんなモフモフすればいがみ合うのが馬鹿らしくなるのにね。
モフモフは世界を救うと、本気でそんな考えが浮かんだ。
「ゥゥゥニャッ……(ずっとこのままで……)」
なんだかいい匂いもするし、癒されるわ~。
このモフモフに比べたら、高級じゅうたんなんて雑巾だよ、雑巾。
高級じゅうたんなんて見たことないからイメージだけど。
モフモフ尻尾を全身で満喫していると、つい鼻先がミーナの尻尾のつけ根近くに当たってしまった。
「ん……ぅん、シュン……、そ……そこはだめよ……」
ミーナが艶っぽい声を出す……。
「ニャッ?(なんだ?)」
俺の心臓がバクバクしている。
ね、寝てるよな?
今は寝息を立ててるから、寝言だったんだと思う。
なんだかちょっと罪悪感が……。
その時、ガバっと後ろから包まれた。
ちょうどドキドキしてた時だったから、ニャッと声を上げそうになった。
すぐにそれが、リルが後ろから抱きついてきたからだと分かった。
「……シュン、……ずっとモフモフだよ」
リルが小さく呟いた。
寝言だからか、意味がちょっと分からない。
ずっと一緒だよ、ってことかな。
任せて! 俺はずっとリルと一緒だし、ずっとモフモフするつもりだよ!
心地良い拘束の中、俺は至福の二度寝に落ちていった。
「クルルゥ……(にどねさいこ~)」
◇◇◇
二時間くらい二度寝したあとに、起きてみんなで朝食をとっていた時のことだ。
訪ね人だろうか、ドアがコンコンとノックされた。
「はーい、どちらさまですか~」
家主のミーナがドアを開けると、そこには黒のタキシードを身に付けた壮年の男性の姿があった。
浮かんだのは、執事という言葉。
爺がそこにいた。
「領主ベルモンド伯爵の命により参りました。リル様はいらっしゃいますか」
爺はどうやら領主からの使者だったようだ。
ミーナがゴクリと唾を飲み込む音が、俺にも聞こえてきたようだった。
何が起こっているのかと、ミーナが緊張しているのが分かる。
この街のトップからの呼び出しであった。