第14話「美味しい依頼だったよ」
「クルゥゥ……(ワイバーン、重い……)」
俺はワイバーンを街までズルズルと引きずってきた。
自分より遥かに重いものを運ぶ。
蟻の気持ちがよく分かったよ……。
ワイバーンは全長が五メートルくらいある。
しかも空を飛ぶくせに、鳥と違ってずっしりしている。
だけど、素材とか価値あるものだろうし、捨ててくるわけにはいかなかった。
もうすぐ街の門というところまで来た。
まだ日が沈む前だ。
午後三時くらいだろうか。
ワイバーンが出没していたからか、街道では誰ともすれ違わなかった。
猫がワイバーンを引きずる姿は、はたから見たら異様な光景だったに違いない。
さて、もうすぐ街の入口だ。
いきなりワイバーンを引きずって現れたら、驚かせてしまうにちがいない。
あ、すでに門番に発見されてるっぽい……。
こっちを見て何か言ってるよ。
「クルニャ(リル、先に行って)」
リルを見てから、門に視線を向けたところで、リルが分かってくれた。
「先に話してくるね! シュンはゆっくりでいいよ!」
リルが門まで走っていった。
相変わらず走るとフリフリする尻尾が可愛いいな。
俺はあと少しとばかりに、ズルズルと引きずっていく。
リルと門番の人が話しているのが聞こえてくる。
「依頼から戻ってきました。はい、カードです」
「あ、昨日の子だね。あれは何? そ、それにそのカードの色は??」
どうやら昨日の門番と同じ人のようだ。
二十歳くらいの若い門番だ。
門番はリルを覚えていたようだ。
リルは印象に残るからね。
冒険者にしては幼いからか、それとも凄く可愛いからか、はたまたその両方か……。
こっちとリルを見比べている。
向こうからもワイバーンだと分かる距離だろう。
そして、リルの出したCランク冒険者の銀製のカードに戸惑っている。
「Cランクになりました。あれは依頼の魔物ですよ。こっちに持ってきますね」
そういってリルがこっちに戻ってくる。
「ち、ちょっと待って! 昨日はEランクだったはずだよね? ええ!?」
リルの後ろで騒ぎながら、ワイバーンのところまでついて来た。
「こ、これってワイバーンだよね? どうしたのこれ??」
「討伐してシュンが引きずってきました」
「シュン? 分かった! シュンって名前のベテラン冒険者の付き添いだったんだね。それでその人はどこに?」
門番の声を受けて、リルが俺を指さす。
「シュンです。シュンがワイバーンにとどめを刺して、引きずってきました。」
「いやいやいや! ワイルドキャットじゃん? 大人をからかっちゃ駄目だよ!」
「本当なんですよ。そうだ! ギルドマスターを呼びに行ってもいいですか?」
それが一番早いとリルは気づいたようだ。
このままワイバーンを街の中まで引きずっていくよりも良さそうだしね。
「まあ、君は冒険者カード持ってるし街の中に入るのは大丈夫だけどさ」
「じゃあ、ちょっと行ってきますね! シュン! 行くよ!!」
ワイバーンの見張りは門番の人に任せて、俺たちは冒険者ギルドに向かう。
カウンターで、ギルドマスターを呼んでもらう。
ミーナは二つとなりのカウンターで忙しそうにしてる。
すぐに、ギルマスのおっちゃんがやってきた。
「どうした? 討伐に何か必要なものを思いついたか?」
おっちゃんは、用意できるものならすぐに用意するぞ、と言ってくれる。
まだ、討伐の準備段階だと思われてるようだ。
「クゥルニャー(もう終わって、帰ってきたところだよ)」
「レイモンドさん、ワイバーンの討伐終わったよ!」
俺とリルの声がかぶる。
依頼成功の報告ってなんだか嬉しいね。
聞いて聞いて~って感じだ。
冒険者たちが受付嬢に嬉しそうに報告してるのも、今なら納得だ。
ワイバーンという言葉に周囲の視線が集まる。
となりのカウンターでも、冒険者と受付嬢が手を止めてこちらを見ている。
「は? さすがに早すぎるだろ!? 別の飛行系の魔物とかじゃ……」
今回は誤討伐じゃないはずだよ。
門番の人もワイバーンって言ってたし。
「門のところに置いてあるから、来てください!」
というわけで、おっちゃんがワイバーンの確認のため、門までついて来てくれた。
「これは……、本当にワイバーンだな……」
「良かった! 今度は合ってたね、シュン!」
ホント良かった。
魔物図鑑とかあると、間違えなくていいんだけどね。
そういうの無いのかな?
作ったら売れそうな気もするんだよね。
今度何か考えてみよ。
「ワイバーンはAランクの冒険者だって、しっかり備えてチャンスを待ってから仕掛けるものだぞ……」
こんなに気軽に狩ってこられるものじゃなかったようだ。
「それにしても激戦だったようだな……」
おっちゃんは、うんうんとうなずきながら何やら納得している。
「ルニャ?(なんで?)」
リルが弓矢でサクッとして、俺が風刃でスパッとしただけだから、Aランクの鹿よりだいぶ楽だったよ。
どちらかというと大変だったのは、ここまで引っ張ってくることで……。
「ワイバーンがところどころ抉れたり、泥だらけになったりしてるくらいだ。大変だったな、ありがとう」
おっちゃんに神妙な顔でお礼を言われる。
なんとなく、ワイバーン肉をつまみ食いしていたとは言いにくい雰囲気だ。
抉れてるのなんて、カルビやロースや……、だしね。
泥だらけなのは引きずってきたからで……。
きっとこれから検分されたら分かることだとは思うけど。
隠すことでもないからいいんだけどね。
「どういたしまして。お肉は自分たちが食べる分は取っていっていいかな?」
皮とかの素材は売却でいいけど、食べる分の肉は確保したい。
「ああ、もちろんだ。依頼の報奨金の他に、素材や肉もしっかり買い取らせてもらう」
「やったね、シュン。今夜はミーナと一緒にまたお肉食べようね」
リルのすばらしい提案。
「クルニャーン(食べる食べる!)」
ワイバーンの処理はおっちゃんに任せて、俺たちは家に帰るのだった。
ミーナの家だけどね。
◇◇◇
ミーナの帰宅を待って、俺たちはワイバーンの肉ですき焼きをすることにした。
美味しい牛肉と同じ感覚のワイバーン肉。
リルはロースの部位を選んだ。
「ワイバーンのお肉、前に一度だけ食べたことあるけど、こっちの方が断然美味しい気がする!」
ミーナが絶賛している。
「クルルニャーン♪(美味しくて幸せ~)」
もちろん、俺も大絶賛だ。
街の人にもらった野菜も美味しかった!
今日はミーナが手伝おうとしたところを、リルが押しとどめていた。
ミーナはどうして?と昨日の事件に自覚が無いようだった。
リルは「料理が作りたいの」「リルが好きでやりたいの」と上手いことミーナを思いとどまらことに成功していた。
リルはマジ女神。
今日は俺の耐性が増えることはなさそうだ。
ワイバーンのロース肉を鍋から取って、器に溶いた卵にひたして食べる。
俺には昼間と同じく、リルがあ~んして食べさせてくれる。
「ねえ、リル。私もシュンに食べさせたい」
ミーナがなにやら楽しいことだと思ったらしい。
動物園でのエサやりみたいなものかもね。
「いいよ~。熱くないように、ふ~ふ~するんだよ」
リルの優しさが嬉しい。
耐性があるから熱くない、なんて野暮なことは言わないよ。
それから俺たちは、ワイバーン肉のすき焼きを堪能した。
リルとミーナが競い合うように食べさせてくれ、お腹も気持ちもとても満たされたのだった。