第13話「焼肉って、ついつい食べすぎちゃうよね」
ワイバーンの肉はシンプルに“焼肉”として食べることになった。
この後、街に帰らなきゃいけないしね。
焼肉は短い時間で準備できて美味しいからね
「今回はよく切れるよっ」
リルが切れ味が良いことを喜んでいる。
前回、フルフルにナイフが通らなかったからね。
今回はギルドで業物ナイフを借りてきたのだ。
使いやすかったら、買い取らせてもらうのもいいかもね。
あっという間に、俺たちがここで食べる分の切り出しが完了した。
清潔な板の上に並べられるている、薄切りのワイバーン肉。
ナイフでこんなに薄切りにできるなんて凄いな……。
見た目は牛肉に近い。
その間に鉄板を熱していたので、準備も完了だ。
「さあ、やっくよ~!」
ワイバーンのカルビ肉を、リルがひょいひょいと鉄板に乗せていく。
細い鉄の棒を二本、箸のように使っている。
弓矢の扱いもそうだけで、リルってすごく器用だよね。
ジュッと音を立てるカルビ肉。
すぐに食欲をさそう匂いが広がった。
「クルニャ~~(においだけで、ごはん三杯いけそうだ~)」
「シュン、いいにおいだからって、鼻を突きだしすぎだよ。ほら、よだれも~」
俺の鼻がカルビを求めている。
「クルニャン!(まだ~)」
俺がスキルの“火無効”にものを言わせて、鉄板に顔から突っ込もうとしたときだ。
「ほら、シュン。あ~んして……」
リルが、鉄の棒でつかんだ肉を一枚、用意してきた塩を軽く振りかけ、俺の鼻先に持ってきた。
肉汁のはじける匂いが感じ取れる距離。
気づいた時には、目の前の肉がなくなっていた。
一瞬、ほんの一瞬だけ、肉がどこかに消えたと思った。
俺の動体視力を超えるだと……、とか思った。
次の瞬間、口の中にうまみが広がった。
舌にひろがるトロッとしたうまみ。
鼻の裏側からの心地よい香ばしさ。
消えたと思った肉は俺の口に収まっていた……。
「ンンニャー!(美味い~!)」
肉が口に入っていて、変な鳴き声が出た。
すごく美味しい牛肉の味に近い!
ギルドマスターのおっちゃんは「臭みがなく美味しいぞ」とか言ってたけどさ。
それどころじゃなく美味しい!
新鮮だから?
リルとの食事だから?
リルが作ってくれたから?
全部かもしれないと思った。
「あはっ、シュンがお肉とったの見えなかったよ」
シュンが可笑しそうに笑っている。
俺の肉への想いが音速を超えた……。
「はい次だよ、熱くない? そうだっ!」
リルが気づいたように、肉をふ~ふ~と吹いて冷ましてくれる。
俺はスキルがあるから熱くないけど、その気遣いが嬉しかった。
心がポカポカしてきたよ。
どうやら俺の火への耐性は、リルの温かさには効果がないようだ。
まあ、実際のスキルの効果は、ある一定の熱さを超えると、それ以上は熱く感じないだけなんだけどね。
「クルニャ~ン♪(ウマウマ~♪)」
さらっと焼いたミディアムレアの肉は、一番好みの焼き具合かもしれない。
リルも美味しそうにワイバーンカルビを食べている。
「うん、おいしいねっ! あとでミーナにもお土産に持っていこうね」
賛成だ。
楽しみながら、さらなる楽しみが増えた。
「さあ次はこっちのお肉焼いてみよ」
リルがロースの部分を焼き始める。
カルビを食べた後だからか、今度はちゃんと待てたよ。
「はい、あ~ん……」
ワイバーンのロース肉を食べさせてくれる。
その時、リルの様子を見てふき出しそうになった。
あ~んって言いながら、自分も口を大きくあけているんだもん。
その様子が可愛すぎてふき出しそうになったよ。
俺はごまかすように、んふっ……んふっと咳ばらいをする。
少し落ち着いたところで、ロースを味わってみる。
「クルルゥ(これも美味しい!)」
カルビよりもサッパリしていて、いくらでも食べられそうな感じだ。
「天気のいい日に、外で食べるお肉はおいしいね!」
ワイバーンの肉は、俺はもちろん、リルの口にも合ったようだ。
バーベキューってなんで美味しさ数割増しなんだろうね。
その他にも数種類の肉の部位を、俺たちは堪能したのだった。
あれ……? つまみ食いのはずが、本格的に食べてしまったような……。
◇
さて、食事中に体内でヒュンして“飛行”のスキルを手に入れたぞ。
「クルニャーン!(空飛ぶ猫、ここに爆誕!)」
テンションが上がって、俺が二足立ちしているところを見てリルが笑っている。
俺のテンションが上がってるのが、なにやらおかしいのだろう。
これから空を飛ぶことにチャレンジするところだ!
リルは笑ってるけど、空を飛んで驚かせちゃうぞ。
この“飛行”というスキル、発動方法はなんとなく本能的にわかるようになった。
いくぞ!
「クルニャーーン!(飛行ーー!)」
え??
ぐはっ!? 痛っ!?
俺はその場から二メートルほど高く飛び上がって、直後地面に顔から突っ込んだ。
その間は一秒もなかった。
ほんの一瞬の出来事だ。
受け身を取る間もなく、気づいたらほっぺが地面にくっついていた。
「クルゥ……(痛い……)」
「シュン? 何やってるの? 大丈夫??」
リルに心配された。
心配かけるのもあれなので、シュタっと起き上がる。
肉体的ダメージは大したことなかった。
これはあれだ……。
スケートを初めてやった人が、イメージ通りに滑れず、ツルッと転ぶやつだ……。
氷のリンクにお尻をぶつけて痛いやつだ。
飛行しようとしたら、空でツルッと滑ったよ。
ワイバーンと違って翼がないことも、上手くいかなかった理由かもしれない。
まあ、空を飛べる可能性が手に入っただけで、今は満足すべきだろう。
「ク、クルニャ(いつか空を飛んでやる)」
そんな決意をした昼下がりのことだった。