第11話「新食感は危険がいっぱい!」
チョコレート焼きそば……、あれはヤバい……。
昼食はリルが肉入り野菜炒めを作ることになった。
「ミーナ、キッチン借りるよ!」
リルがリビングのそばにあるキッチンに向かう。
街の人に野菜とかいろいろもらったから、しばらく食材には困らなそうだ。
「私も何かしたいわ!」
ミーナがリルを追いかける。
「ミーナ、料理得意そうだもんね!」
ミーナはギルドの受付嬢として仕事できる感じだし、料理の手際も良さそうだよね。
「じ、実は料理って全然したことないのよ。できるようにならなきゃって思ってるんだけど……」
お嫁に行くときにできないと困るでしょ……、とミーナがモジモジしている。
いつもは一人なこともあって、外で食べているとのこと。
「うーん、リルは生きていくために必要だったからつくってたけど……。きっと経験が大事だと思うよ」
料理に関しては、リルの方が上手のようだ。
「じゃあ、私は食後のデザートをつくってみたいわ」
ミーナがデザート作りに立候補する。
デザートとかって、おかず作り以上にハードルが高いんじゃ……。
「クルルゥ(大丈夫かよ?)」
俺はイスの上で待機中だ。
「そうだね。挑戦することが大事だし、ミーナお願い!」
本当に大丈夫かな……。
そんな俺の不安は的中することになった。
リルの美味しい野菜炒めを食べた後のことだ。
ミーナの手によって、大皿が一つ運ばれてくる。
「……クルニャ?(……何これ?)」
皿の中には、黄金色のテカリを出しているスパゲッティのようなもの。
ところどころにカットされたフルーツが添えられている。
そんな目の前のスパゲッティ?は甘ったるい匂いを発している。
「ミーナ? これはな~に?」
リルもこれが何か分からないようだ。
「え、え~と、ハチミツスパゲッティ?」
あれ? 今のミーナの言葉、疑問形じゃなかった?
「ミーナ、これってこの街で流行ってるの?」
「ううん、少なくても私は見たことがないわ」
「ニャ!?(見たことないだって!?)」
何つくってくれちゃってんの?
どうして未知のものをクリエートした!?
「味見はしたの?」
「味見って何?」
どうやらミーナは本当に料理をしたことがないようだ。
「じゃあ、どうして……」
リルも多少なり戸惑っているようだ。
「パンにハチミツをかけることは多いよね」
「……うん。でも、これスパゲッティだよ?」
リルの疑問は、俺も思ったことだ。
「パンもスパゲッティも、元々の材料は同じ小麦粉って聞いたことがあるわ」
なるほど……、いやいやいや!
一瞬うなずきそうになってしまったよ。
そんなこと言ってもさ……。
おかずを甘くしているようにしか見えないんだよ。
……まあ、とりあえず食べてみるか。
案外、美味しいかもしれないしね。
いつの間にか俺が味見役に任命されていたようで、目の前の小皿にそれが盛られている。
リルもミーナも、自分たちが食べる前に、俺が食べるのを見ることにしたようだ。
俺は、ハチミツスパゲッティとやらを恐る恐る口に入れてみた。
「クルゥ……(ハチミツの味と……スパゲッティの食感……)」
ハチミツが甘い……、スパゲッティの舌触りもまあ普通だ。
一口目はそれぞれが別々に感じ取れ、想像していた酷さはなかった。
「どうかな……?」
心配そうにミーナが俺を見つめてくる。
なんか、彼氏にお弁当を作るういういしい彼女みたいだな……。
私、上手につくれたかな……、みたいなね。
「クルルゥ……(美味しいとは言えないけど、食べられないことはないのかな?)」
二口目、三口目と口に入れていく。
リルとミーナはまだこちらをうかがっている。
四口目を咀嚼して飲み込もうとしたとき、上手く飲み込めなかった。
あれ? のどが拒否してる?
なんとか無理矢理に飲み込んだ。
小皿の中は一応空になった。
「クルニャ?(体が拒絶した?)」
なぜか、心拍数が上がってきたのを感じる。
胃のあたりがムカムカしているような気もする。
「シュン、いっぱい食べてくれて嬉しいわ」
ミーナが大皿から小皿に盛る。
なぜか今回も俺の目の前の小皿だ。
「ウニャ?」
俺はミーナを見た。
きっとこの時の俺の顔は、少し悲しそうだったと思う。
猫の表情が分かるのなら。
「ん? 美味しそうに食べてくれて嬉しいわ。まだまだおかわりあるからね」
笑顔で俺に食べることをすすめてくる。
悪気なんてものは微塵も感じられない。
ああ……。
ミーナは俺に美味しいものを食べさせたいだけなんだな。
「ウニャッ!(ミーナの気持ちは受け取った!)」
女性の作った手料理!
美味しくたいらげるべきものだろう。
それが美人のミーナだったらなおさらだ!
目の端でリルが心配そうな顔をしている気がするけど、きっと気のせいだ!
俺は小皿のハチミツスパゲッティをバクバクと勢いよく食べていく。
なんと言ったらいいのだろうか……。
ハチミツとスパゲッティ、それぞれの味自体には大きな問題はないのだ……。
ただ……、口に入る時には、体がこれをおかずとして認識している。
それが、口に収まった直後には、体がデザートだと認識してしまっている。
何を言っているのか分からないかもしれない。
大丈夫だ! 俺にもよく分からない。
分かることは、これを食べるごとに体がダメージ的なものを受けているのだ。
頭に浮かんだのは、熱したガラスを急激に冷やすと割れるというあれだ。
一つの料理を食べているだけなのに、おかず→デザート→おかず→デザート→最初に戻る、これが繰り返しやってくる。
体がそして精神が揺さぶられる。
「……クルゥゥ(……ハァハァハァ)」
それにしても……。
俺の耐性をダメージが通り抜けてくるだと!?
俺は“毒無効”というスキルを持っているのだが……。
毒蛇の猛毒すら無効化する俺の耐性なのに!
小皿を空にした俺。
この時の俺はどうかしていたと思う。
「……ゥニャン(……まだだ)」
この危険物をリルに食べさせるわけにはいかない!
その思いの元、俺は大皿に顔を突っこむようにして、この暗黒物質をひたすら口に入れていく。
「あ……、シュン……」
リルの声が聞こえた気がした。
その声が聞ければ、俺はまだまだ頑張れる!
さらに食べ進む。
「シュン、いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、一気に食べるとお腹痛くなるよ……」
ミーナが心配してくれる。
そんな優しいミーナを悲しませるわけにはいかない!
ウオオオオ!!!
◇
大皿にたっぷり盛られていたハチミツスパゲッティなるものは、ついに空になった……。
なんたる達成感……。
あ……、体が言うこときかない。
フラフラしてテーブルからリルの膝の上に落ちた。
「シュン……、大丈夫?」
「……ニャン(リルゥ……)」
意識が飛びそうだ。
最期をリルの膝の上で迎える。
それは幸せなことだな……、そんなことが頭をよぎる。
駄目だ……、瞼が重い。
その時、ふと自己鑑定が発動した。
自分のステータスが、閉じそうな俺の視界に映る。
――――――――――
名前:シュン
種族:ファイアドレイク・キャット
レベル:112
体力:152
魔力:173
スキル:「自動翻訳」「自己鑑定」「火無効」
「毒無効」「暗視(強)」「風刃」「毒弾」
「咆哮」「火魔法」
「混乱耐性(弱)」←(NEW)「精神耐性(弱)」←(NEW)
称号:「シャスティの加護」「毒ノ主」「蠱毒の覇者」
――――――――――
マジかよ!?
「混乱耐性(弱)」←(NEW)「精神耐性(弱)」←(NEW)
状態異常攻撃だったのか……。
耐性が手に入ったけど、どうやら体力の限界のようだ……。
妙に納得した気持ちになりながら、俺は意識を手放した。
◇
「リル……、シュンは?」
ミーナが心配そうにシュンをのぞき込む。
「うん……、一応今は寝てるだけみたい」
リルがシュンのお腹に手を当てて、呼吸に合わせて上下しているのを確認している。
「そっか……。そんなに美味しかったんだ……」
ミーナは嬉しそうに目を細めた。
「えっ?」
リルがガバっと顔を上げる。
「お腹いっぱいになって寝ちゃったんだね……」
ミーナはかがんで、シュンの背中をなでる。
「えっとね、シュンはね――」
リルがミーナに何かを教えようとする。
「またシュンのために、作ってあげなきゃね」
シュンの知らないところで、ミーナはさらなる決心をしたのだった。