第10話「おとぎ話級の……」
朝から迷子の女の子を届けたり、食材を体に巻いたりとなかなか大変だった。
今日はミーナが仕事休みということで、一緒にマッタリ過ごすことになった。
リルとミーナはリビングでティータイム中だ。
俺はリビングの出窓のところで日向ぼっこをしている。
平和だな~。
なんとも猫らしいではないか。
生まれてから今が一番猫ってるのではなかろうか。
リルとミーナの声が耳に心地よい。
「私ね、リルとシュンを見てると『バルハルト物語』を思い出すの」
ミーナが懐かしそうに目を細めている。
小さい頃に母親から聞かされたおとぎ話とのことだ。
いつの間にか、リルとミーナはお互いを呼び捨て合うようになっている。
すっかり打ち解けたようで、俺も嬉しいよ
そういえば、以前も俺たちを見ていると、その物語を思い出すって言われたな……。
本当に誰もが知ってる有名な話なんだな。
果物から生まれた〇太郎の鬼退治みたいなものか……。
「バルハルトは憧れの英雄だから、すごく嬉しいよ。ぜんぜん足元にも及ばないけどね」
憧れの英雄に重ねられて、リルが嬉しそうだ。
「リルはバルハルトと同じ銀狼族だもんね。将来は伝説の冒険者になっちゃうかもよ~」
ミーナがおどけた様子でリルに言う。
英雄バルハルト、銀狼族の青年だったらしい。
バルハルトは二体の従魔をつれていた。
その従魔は、“黒狼フェンリル”と“金獅子ハティ”だ。
リルから聞かされた、そのおとぎ話は、今でも強く印象に残っている。
それはこんな話だった……。
――――――
昔々のお話。
ある満月の夜、空から災厄が湧いた――。
それは数十万とも数百万とも言われる、魔の軍勢。
地上の人族、獣人族は力を合わせて魔を退けようとしたが、時とともに押し込まれ始めた。
魔の軍勢、その強さ、凶悪さは人々に絶望を与えた。
人々が絶望に沈むなか、バルハルトたちは決して諦めず、獅子奮迅の活躍で魔を退けた。
その時の神話のような戦いは、伝説として吟遊詩人たちによって後世まで語り継がれた。
『疾駆迅雷 十の足跡 史を紡ぐ
天覆す 二筆の風』
バルハルト、フェンリル、そしてハティの十の足が、歴史をつくったと。
人によっては『史』ではなく『死』であるとして、軍勢を蹴散らす姿に畏敬を込めて詩を詠んだ。
フェンリルとハティの戦う姿は、到底人が目で追えるようなものではなかった。
ただ、空に閃く二つの尻尾の軌跡は、美しい筆の軌跡のようだった。
その神々しさに人々は心を奪われ、祈り続けたという。
『 十の足跡 史を紡ぐ』
英雄バルハルト、黒閃のフェンリル、そして破天のハティの物語。
――――
……こんな話だったはずだ。
さらにちょっとした続きがあって、人族至上主義の国では話が少し変わるらしい。
人族の“五人の勇者”を十の足として、魔を退けたのは人族の英雄ということになっているらしい。
そんな風に、教会が中心になって広めているんだってさ。
フェンリルとハティも、強き勇者を比喩する言葉だと。
俺たちが今いるこの街は、獣人族と人族が共存していて、差別もほとんどないらしい。
子供たちでも知ってるおとぎ話の英雄も、そのまま銀狼族だ。
しかし、やたら心がざわつくこの伝説。
「クルルゥ……(この話が本当だったら、とんでもない強さだよな……)」
バルハルト達もだが、魔の軍勢とやらも相当だよな……。
そんな理不尽を敵に回した時に、俺は勝てるのだろうか。
リルを守れるのだろうか……。
作り話、誇張されてるとか言ったらそれまでだけど。
でもやっぱり……。
もっと……、もっと強くならなきゃだな。
「シュン、難しい顔してどうしたの?」
名前を呼ぶ声に、ハッとする。
いつの間にか、リルがすぐそばまで来ていた。
考え事していて気づかなかった。
それより、俺って難しい顔とか、猫なのに顔に出るの?
リルが凄いだけ?
「クルニャーン!(俺、もっともっと強くなるね!)」
そして……、もっともっと……、ずっとず~っとモフモフするね!
リルのモフモフは俺が守るよ!!
「……シュン。何か変なこと考えているでしょ?」
リルは自分の尻尾を両手で抑えながら、ジト目を向けてくる。
少し顔が赤い気がする。
可愛いな~。
おとぎ話と言えば、リルっておとぎ話級に可愛いね!
俺はあらためてそう思うのだった。