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第1話「このEランク魔物、なんか強くね?」

 俺は猫科の魔物である。


 名前はシュン、隣にいる相棒がつけてくれた大切な名前だ。


 今、俺たち二人は冒険者ギルドで依頼を受けてこの森に来ている。

 

 猫と少女。


 はたから見たらそう見える。

 猫の方が俺だ。


 少女の名前はリル。

 銀髪狼耳の美少女で、俺にとっては何よりも大切な存在だ。


 リルは十二歳の少女だけど、山で鍛えていたこともあって結構強い。

 けど、俺にとっては守るべき存在で、モフるべき存在だ。


 モフるべき存在だ……。

 

 ちなみにさっきから、ちょうど俺の目線の高さでフリフリと俺を誘惑するものがある。

 狼っ娘のチャームポイント、モフモフでフワフワな狼尻尾だ。


 銀色の尻尾が太陽の光を受けて、キラキラと輝いている。

 俺はいつも通り見とれる。


 少女のお尻を見つめる男。

 字面がやばい。


 だけど大丈夫!

 俺は猫だからね!

 薄茶色で長毛の猫だからね!


 リルの尻尾に顔を埋めての昼寝は至福の時間。

 それ以上の幸せが、この世にあるなら教えて欲しいものだ。


「クルニャーン(これからも全身全霊でモフらせていただく所存っ!)」


「シュン?」


「クルニャン(……はっ!)」


 おっと、魔物を目前にしておきながら、意識が飛んでいた。

 リルの尻尾を目で追っていたら、ついついね……。


 こう……、猫の本能的なものがね……。

 目の前でファサッファサッとされてごらんよ。


 これに抗えたら、もはや猫ではないと思う。

 うむ、断じてない。


 と、一通り猫の本能のせいにしたところで、気を取り直すことクルニャ。

 

 さて、今回の依頼の内容は、目前の魔物の討伐。

 今回と言っても、俺たちが依頼を受けるのは今回が初めてだ。


 初依頼。


 新米冒険者は気合を入れすぎて空回りしたり、緊張で体が動かなくなったりすることも多いらしい。


 まあ、俺たちは以前から森で魔物を相手にしていたから、そんなに気負ってはいない……とは思う。


「うん、ギルドで聞いていたとおりの見た目ね」


「クルニャー!(初依頼、頑張るよ~!)」 


「シュン! あの魔物は風魔法を使うらしいから気をつけて!」


 リルの凛々しくも可愛らしい声が、俺の良く聞こえる耳に届く。

 

 風魔法を使うらしい目前の魔物。

 ギルドの情報だと、たしかウインドディアーというEランクの魔物だ。


 Eランクの魔物とは、Eランクの冒険者に近い強さという意味らしい。

 ランク内でも強さの差は結構あるみたいだけど。

 Eは一番下だから、どんなに弱くてもEだしね。


 目の前の魔物を見る。


 まあ見た目は鹿だな。

 ぱっと見だけならな。


 俺の知ってる鹿より二回りくらい大きくて、目が赤く、背中に大きな蝙蝠(こうもり)の翼が生えてるけど……。

 それに立派な二本の角も黒光りしていて、まるで切れ味の良い剣のようだ。


「……ンニャ?(あれ?)」


 Eランクの討伐対象にしては、ずいぶん禍々(まがまが)しいような……。

 鹿のつぶらな瞳はどこにいった!


「よく見ると、強そうな魔物だね」


 リルが、おかしいな~、Eランクの依頼なのに、と首をかしげている。


 うん、その仕草も可愛いよ。帰ったらモフモフさせてね!


 なんて、和んでいる場合じゃなかった。


「クルニャ!(まあ、なんとかなるだろう)」


 あらためて俺は魔物と対峙(たいじ)する。


 リルには目で合図して少し下がっていてもらう。

 リルも結構強いけど、初見の相手は俺が受け持つ。

 俺はリルには過保護なのだ。


 俺のサイズは中型犬くらいだから、鹿との対格差は、大人と子供以上にある。

 まあ、もっと対格差のある魔物と戦ったこともあるし、そんなには気にならない。


 ジリジリと間合いを詰める。

 相手もこちらを警戒しているのか、こちらへの(にら)みが増した気がした。


『ギュア!』


 鹿が鳴いた、と思った次の瞬間。


 俺と鹿の間の空気が揺れた気がした。

 何かがブワっと俺に向かってきた。


 これが風魔法かと、とりあえず横っ飛びで避ける。


 直後、後方でズバッと斬撃の音。


「ウニャ?(え?)」


 チラリ後方を見やると、縦に避けた木が視界にうつる。

 木こりが時間をかけて切り倒すような木が、一瞬で左右真っ二つにされているのだ。


 すぐに視線を鹿に戻す。


『ギュー』


 俺に当たらなかったのを悔しがっているように見える。


「クルルゥ(何、今の攻撃?)」


 あれ当たったら結構ヤバくない?

 Eランクの魔物ってこんなにヤバいの?


 Eランクでこれだけ強いってことは、CランクとかBランクの魔物は、もっと遥かに強いってことじゃん。

 なんか色々と甘く見ていたかもしれない。


 ちょっと本気出せば、ギルドの依頼なんてバンバン達成できて、リルの冒険者ランクもバンバン上がっていくと思っていた。


 冒険者ギルドの登録上、俺はリルの従魔ってことになっている。

 従魔の活躍は、その主人の功績になる。


 俺が頑張ってリルの評価を上げるんだ、と意気込んでここにいるわけだが……。


 ……これは、冒険者ランクをベテランとされるCランクに上げることすら結構大変かもなあ。


 俺ってば、井の中の(かわず)ならぬ、山の中の猫じゃん。

 山の中の猫、人の世界を知らず……。

 俺たちが街に来たのが今朝だから、実際知らないこと多いんだけどさ。


 まあ、今はそんなことを考えていてもしょうがない。

 とりあえず、目の前のコイツを倒そう。


『ギュアアア!!』


 鹿が本気になったのか、風の刃を連発してくる。


 だが、俺なら避けられる。

 リルの方に流れ弾が行かないように、立ち位置に気をつけながら風の刃を避けていく。


 ザシュッザシュッと俺の後方で伐採が進む。


 くそっ! Eランクの魔物のくせに、一撃でも当たったらヤバそうな攻撃をしてきおって。


 機を見て近づこうかなと思っていると、鹿が猛スピードで突っ込んできた。


 はやっ!?


「クルニャン(こいつ肉弾戦にも自信があるのか? やるのか?)」


『ギュアッ!』


 猛スピードからの角の振り上げ。

 ゴウッと凄まじい音を立てるその攻撃は、人が喰らったら上半身が消し飛んでしまいそうな勢いだ。


「クルゥ(……だが、当たらなければ意味がない)」


 バックステップでかわした俺は、鹿の懐に飛び込み、右手(右前足)で鹿の胸部を穿(うが)つ。

 猫パンチならぬ猫貫手(ねこぬきて)

 俺のちょっと特殊な右手は、鹿の体内まで達する。


『ギ、ギュア……』


 手ごたえを感じた右手を引き抜くと、鹿はその場に崩れ落ちた。

 

 ふぅ……。


 Eランクでこの強さだと、先が思いやられるな。


 油断しないように鹿が死んだことを確認していると、リルが近寄ってくる。


「シュン。大丈夫だった? なんだかウインドディアーが予想より強かった気がしたけど」


「クルニャン!(大丈夫だよ、問題ない)」


 リルの足にスリスリする。


「ニャハッ、くすぐったいよぉ」


 そう言いながらも、俺をナデナデしてくれる。

 俺の自慢の長毛ごとモフるようにナデてくれる。


「シュン、頑張ったね~。ごほうびは何がいい?」


 ごほうびなんて……。


 リルと一緒にいられることが、ごほうびだよ。


 さらにモフらせてくれたら、最上級のごほうびだよ。


 スリスリ……、スリスリ、あ~至福だ~。


 俺の喉がグルグル鳴るが、自分では止められない。

 もっと撫でて……。


 一通り至福を味わってから、話は鹿のことに戻る。


「とりあえず、討伐証明部位の角を持っていかないとね」


「ニャン!(任せてっ)」


 俺は右手で鹿の角を根元からスパッと切り離す。


「は~、シュンの右手の切れ味すごいね~」


「クルルッ(もっと褒めて!)」


 俺は褒められて伸びるタイプなのだ。


 俺の右腕は肩から先が、訳あってドラゴンの鱗に覆われているのだ。

 赤い竜鱗に包まれた右腕。


 片腕だけ違うってなんだかかっこよくない?

 義手みたいでさ。


 手のひらで顔を隠すようにポーズを取る。

 正面から見ると片目だけ見える感じだ。

 猫だけど。


 俺の中にある、中学二年生の心がざわめく。


 今宵も俺の右腕は血に飢えている……。


 今は昼間だけどね。


 ふと手のひらの肉球が視界に入る。

 プニプニしてて可愛いではないか。


「何してるの? シュン??」


「ウニャッ(はっ!?)」


 違うんです、ちがうんです。

 ちょっと、俺の虎徹(こてつ)が刃こぼれしていないか見てただけなんですぅ。


 リルに(いぶか)しげな視線を向けられる。

 中二心が親にばれた中学生の気持ちが分かった瞬間だ。


 そんな恥ずかしい俺の気持ちは、リルの言葉で一変する。


「周囲に他の魔物もいなそうだし、食事にする?」


「クルニャ~ン♪(するする!)」


 リルの提案に俺はかぶせ気味に返事をした。


 リルの作る野生肉料理は美味しいんだよ。


「ルニャーン!(鹿肉! しっかにく!)」


 俺のモフモフな尻尾が、バサバサと勢いよく振られる。


 リルがそんな俺を見て笑う。

 このひと時は、かけがえのない時間だ。


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