理想の街 四日目(一)
次の朝、パパは完全に寝坊をしていた。私は絵本があるかを図書館に確認しに行くために、一人で外に出かける。この街では散歩することが多いなあと、私は今日になって気づいた。
大通りに向かう道を歩いていたら、昨日までより街がなんだか静かだった。歩いて何分かで私は思い出す。あ、今日は学校がある日だ。小学生はもっと早い時間に学校に向かっている。連休明けの午前中は小学生がのんびり街を歩いている時間じゃなかった。急に居心地の悪さを感じた私は、人通りの多い道をなんとなく避けて歩いた。
図書館の入り口からちょうど人が出てきたので、私はあわてて歩く向きを変える。学校のことを聞かれたらどうしようと思ったからだ。そのおじさんは私を気にせずさっさと歩いていったけど、おじさんのマスク姿を見て、私はいいことを思いつく。
そうだ、今日の私は風邪で調子が悪いんだ、だけどちょっとだけ出歩くなんてありそうな話じゃないか。私はマスクを買うことにした。
大通りのお店に入ると、咳をしながら白いマスクを買う。外へ出るとすぐに買ったばかりのマスクをつけた。それで顔の半分くらいはマスクで隠れる。なんだか私は急に気分が良くなって、そのまま大通りを歩いてもう一度図書館へ向かった。
「すいません。ササトミさんのアリジゴクのご本は返ってきてますか?」
マスク姿の私は、風邪ぎみの人っぽく小さい声で言った。女の人は私の顔をじっと見た。
「絵本のことかしら?」
「はい。」
カウンターにいるのは昨日までとは違う女の人だ。この人は私の仮病を疑っているのだろうか。
「ひょっとして、美沙子さんのおばあさまのお知り合い? お使いかしら。」
カウンターの女の人はおばあちゃんを知っているみたいだ。私はちょっと驚いた。
「・・はい。」
小さく返事をすると、カウンターの人は笑顔で話しかけてくる。
「良かったわ。お使いをしてしてくれる子がいてくれて。」
「ちょっと頼まれただけなんです。」
カウンターの女の人はすこし身を乗り出して、声を小さくして言った。
「じつは、ササトミサヨリという人の本はなくってね、アリジゴクの本が前あったけど、それは別の人の本なのよ。」
「そうなんですか?」
私は思わず声をあげた。
「私がいる時は、他の人の絵本をササトミさんの本と言って渡していたの。私はおばあさまを昔から知っているから。だけどね、うまく言わないと怒っちゃうから、怖がる人もいて・・。まあ、気持ちは分かるの。」
「・・・」
「じつはそのアリジゴクの本が破けちゃって、もう貸し出せないの。それに、もともとササトミさんなんて作家さんはいないし。一応、今新しくアリジゴクの絵本を発注してて、もうすぐ届くんだけど。」
「それがササトミさんのご本になるんですか?」
「ええ。でも、おばあさまが納得するか分からないわ。最初に私から貸して様子を見たいのよ。おばあさまが来る予定を合わせられるといいんだけど。」
カウンターの人はきっと嘘は言っていない。おばあちゃんを気づかっていることだって、私に伝わってくる。だけど私はどうしていいか分からなかった。
「次におばあさまに来てもらうのを、今度の金曜日に出来ないかしら?」
カウンターの人は、最初からそれを言いたかったのかもしれない。私は自分に出来そうなことがあったので少しほっとする。それから私たちはしばらく相談をした。
外のベンチには、おばあちゃんはいなかった。私は図書館の中に戻って時間をつぶしては、おばあちゃんがいないか確認しに外へ行くことを何度か繰り返す。
いくらマスクをしていても、図書館を何回も出入りしていたら、誰かに注意されないか心配になってしまう。私は一時間くらいで待つのをあきらめて、直接おばあちゃんの家に行くことにした。本は今日もなかった、だけど金曜日には戻ってきそうだって、そう言えばいいのだ。私は図書館の女の人と立てた作戦を思い出しながら歩いた。