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理想の街 一日目(一)

 私の家から電車で一時間とすこし、その街には大きな川が流れていた。地下鉄はないけど電車や車は多いし、けっこう賑やかな街だ。自分を取り戻すなどと大げさなことを言うので、どこかの山奥とか離れ小島とかに連れて行かれるかと心配していたけど、そうでないことにまず安心した。パパは小学生の時に、この街に住んでいたらしい。


 パパに言わせれば、ここは理想の街だそうだ。なぜかと言えば、何かが始まりそうな街だから。それを聞いて私のさんすう病が反応する。何かが始まりそうな街で本当に何かが始まったら、それでおしまいになるので、理想の街はすぐに消えてしまうはず。でも、その街に着いたばかりのパパはずいぶんと機嫌が良かったので、言うのは止めておいた。


「風が新鮮な匂いがするなあ。ビルの間ばかりを通ってきたんじゃない。空の上から、川の上から直接届いたような風だ。この風のせいかな。街の様子もいきいきとしている気がしないか。」

 パパのおしゃべりに付き合いながらの散歩だ。私は適当に返事をする。

「まあ、この通りは気持ちいいね。でも、新鮮な匂いって意味としては変だと思う。」

「風は新鮮だ。それが、どういう匂いと言っていいのか分からないけど。それに山が見える生活というのは、なんだか安心するじゃないか。」

「ふうん。」

 この街はどこを歩いていても山が見えた。そういえば山を見るのは久しぶりな気がするけど、木の形さえ分かりそうな低い山が見えるだけで、ここが理想の街だとは思えない。ただ、街全体がのんびりしていて、悪くないなというのが私の第一印象だ。


 時々車が横をすり抜けていく。なのに、パパは車道にはみでても気にしないで、私と並んで歩きたがる。

「ねえ、危なくない。」

 パパはよく道でつまずくから、余計に心配だ。

「うん、そうかもね。」

「そうかもねって、ちゃんとしてよ。」

「ちゃんとし過ぎるのはよくないかもしれないよ。真面目にし過ぎたら抜けられなくなるからね。ハナちゃんはちゃんとし過ぎじゃないの。心配なのは感情と論理の割合さ。」

 私があきれて返事をしないでいると、パパはひとり言のようにおしゃべりを続けた。

「この通りも見覚えがあるなあ。どこかで見たような気がする、懐かしさってのも理想の街には大事な要素だ。この先が賑やかになるんだ。」

 この街で一番賑やかな通りに着いた。車道と歩道との間には立派な木が植わっていて、色とりどりのお店が並んでいる。


 私とパパが通りの店の様子を眺めながら歩いていると、壁全体が大きな窓のような建物があった。何かのスタジオなのかもしれない。建物の中は明るい照明で、ワックスで丁寧に磨かれたみたいにピカピカの木の床だった。学校で私がやる掃除では、とても出来そうにない仕上がりだ。その建物は多目的ホールというらしい。


 ホールのガラス越しにダンスをするおねえさん達がよく見えた。あざやかな衣装で身体が細かい波みたいに動く、フラダンスだ。みんなとっても笑顔でやっていて、私はそこで立ち止まってしばらくダンスを見ていた。楽しそうだ、ダンスをしているから楽しいのか、楽しいからダンスをしているのか分からないけど、そのおねえさん達の笑顔が私は大好きになった。


 ガラスの前でダンスを真似してみる。笑顔はダメでもダンスなら出来るかもしれないと思ったからだ。でも、やっぱり私はうまく踊れない。おねえさん達の中の一人が、私のヘンテコなダンスを見つけたみたいだ。髪の毛に白い花を飾っているその人は、ホールの奥で手を振って笑ってくれた。


 フラダンスを見てしばらく時間をつぶした後、私とパパは通りをさらに進む。その先には学校があった。どうやら美術の大学らしい。さっきのおねえさん達はここの生徒なのだろうか。その先の通りのはしには大きな文房具屋があって、パパが入ってみようというので一階から順番に見ていった。二階から上は文房具屋とは違う感じで、絵が置いてあったり筆や絵の具が並んでいたりする。私は一階に戻って、新しい文房具や絵ハガキなんかを見て、また時間をつぶした。


 文房具屋を出て再び大通りを進むと、その先で街路樹の列は右に曲がっていた。車通りはそのままで、歩道だけがその先の公園に繋がっている。曲がったすぐ先にはベンチがあって、おばあちゃんがちょこんと座っていた。そのおばあちゃんが手をあげたように私には見えた。と、その時だ。

『一番こわいものを知らない』

 誰かが耳元でささやいたと思った途端にふわっと優しい風が吹いた。ベンチに座っていたおばあちゃんと目が合う。おばあちゃんはゆっくりと立ち上がって私たちに言葉を投げてきた。

「アリジゴク。」

 その人は確かにそう言った。まるで呪文みたいに。

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