特科棟×留守番
サーシャの能力を簡潔に言い表すと
『規格外』
この一言に尽きた。
国語では、古文書にすら断片的にしか残されていない古語の叙事詩を諳んじ。
化学は往年の錬金術の学問体系に新規発見に当たる魔法法則を組み合わせた独自の見解で語られ。
歴史は何故か見てきたように詳しく当事者の人柄まで把握し。
数学に至っては0の概念を使わずに答えを合わせてくる。
「どういう教育を受けさせてたんですか」
とは、事前に購買で買い込んだバターロールの封を開けながらのフドウの台詞であった。
所は保健室。
サーシャ、転校二日目。
教室中に彼女に話し掛けたいオーラが充満している中、連れ出して来るのは正直骨が折れた。
しかし、万一、変に詮索されてサーシャの正体がバレるようなことがあれば、フドウは『脳みそを掻き回され』てしまいかねない。
「正体バレるのがまずいってんなら、もうちょっと目立たないようにしたらどうなんです……」
必死なフドウとは裏腹に、保健室の主であるヨルムは呑気なものだった。
「まあ、名のある神話級の魔物が自分の得意分野を寄ってたかって教えてますから多少はねえ」
「多少と違いましたけど盛大に」
ぼそりとため息交じりに言って、フドウはパンを一口齧った。
と、そこで部屋の流しで紅茶を淹れていたサーシャが、ティーカプを運んでくる。
昨日も今日も自分で淹れていたところを見るに、彼女は茶にはこだわりがあるらしい。
小さなナイトテーブルにカップの並んだ盆を置き、サーシャは可愛らしい布でくるまれた弁当を膝の上で広げた。
色とりどりのおかずに小さく歓声を上げて、彼女はフドウに向き直った。
「フドウちゃん、唐揚げ食べる? これとっても美味しいのよ」
「…………ありがと」
満面の笑顔に、毒気を抜かれ。
ひょいとかじりかけのパンに乗せられた唐揚げに、フドウは大人しく噛み付いた。
さめているにも関わらず外はカリカリ、中はジューシーで非常に美味い。
何の肉だかは分からないけど。
―――――――――――――――――――――――
「そういやサーシャ、特科は何処所属になんの?」
そうフドウが口に出したのは、昼食を取り終わった、教室への帰り道の廊下だった。
午後から、特科の授業となる。
それを踏まえての質問だ。
一応、ヨルムが「言動には気をつけて」と諭してくれたためだろうか。
周囲を見回し人影が無いのを確認してから、サーシャはこそりと耳打ちする。
「まだ決まってないの。興味のあるところを見学してみて決めたら言うようにって先生が。おじいさまもおとうさまも好きにしなさいって言うの。フドウちゃん、何処がいいと思う?」
「……何処、……って」
天使除けにくっ付いているべきならば、必然的に『戦闘科』となる。
魔王だ。
素質的には、多分問題ない。
しかし、『戦闘科』は世間の風当たりがきつい。
教師以外の、一般的な大人相手だと昨日の、『シスター』の反応が近いと言えば分かりやすいか。
割りかしキツイと思う。
それを、あの『おとうさま』が許すだろうか?
「…………んー。……まあ昼から特科だし。とりあえず見学がてら戦闘科来て見る?」
不安はあるが結局考えるのが面倒になったらしいフドウの提案に、サーシャはぱあと顔を輝かせた。
特科棟、最上階の端。
万一何かしらの破壊があっても一番被害の出ない場所に戦闘科に割り当てられた部屋がある。
ちなみに、横が神学科。
戦闘科設立の際、落ち目であった神学科の場所を半分ぶんどってしまったが故の、昨日の『シスター』の態度である。
扉を開くと、中はがらんとしていた。
「誰もいないわ」
ひょこっと、フドウの背から顔を覗かせてサーシャが言う。
それに、「あー、うん」とやる気の無い返事を返すと、フドウは奥にある黒板に目をやった。
『家屋解体行ってます』
『教室にいなかったので今回は置いて行く』
『今日は直帰で良いってさ』
『お前昨日から美人と一緒だろ死ね』
一通り読んで、フドウは即座に伝言板にクリーナーをかけた。
ふうと溜息をつき、サーシャに向き直り。
「実地演習入ったみたいなんだけど、置いてかれたみたい」
「まあ」
言う、フドウに、サーシャは目をまん丸にした。
「みんなうっかりさんなのね」
いや、絶対確信犯だと思うんだけど。
とは、とても言えないフドウであった。
もごもごと口の中で独り言ちたのち、気をとりなおして部屋の中心に置かれた会議室用のテーブルにサーシャを誘う。
「誰もいないし、どうにもやりようがないから、そこら辺の本とか機械とか触ってていいよ。質問があったら俺答えるし。なんなら宿題やってもいいし」
一息に言って、フドウは鞄の中から今朝、サーシャに渡された機械を取り出した。
この手の正体不明の機械は構造を見ておかないと落ち着かないのは、機械工学系男子の性だ。
手をかざすとそれに反応して握手を求めてくる、ただそれだけの機能しかない機械をしげしげと眺め始めるサーシャを尻目に、フドウは箱型の機械を開いた。
機械は、ごくごく普通の通信機と同じ基盤に配線。
それに、赤色でおどろおどろしい呪文が刻まれた電池のようなものがはめ込まれた、科学と魔法の複合型装置だった。
基盤と配線には、魔法の気配がない。
「……珍しいな」
思わず、口に出る。
現在『魔法』は、現象を『制御』するために用いられることが大半である。
例えば、火の勢いを調節してみたり、漏電を防いでみたり、機械の挙動を微妙に安定させてみたりといった風にだ。
理由は二つある。
魔法を直接機械の動力とした場合、どうにも出力調整が難しく、使用者によっては暴走する事例が相次いだ事が一つ。
上記の対策として、魔法を蓄え任意に使用する機構が開発されたのはいいが、『それ』は何かを動かすような『大容量』とはいまだ程遠いと言うことが二つ目だ。
「……」
それでも、二つ目の功績は、人類にとって大きかった。
『それ』が開発されて20年弱。
文明は、特に都市部で飛躍的な発展を遂げている。
「道具が賢くなりすぎて、人間がどんどんバカになるな」
とは、古い時代を知っているフドウの父の口癖だ。
「何か面白いもの、入ってた?」
「……え? あ、」
落ちるようなフドウの思考をすくい上げたのは、不意に手元を覗き込んできたサーシャの声だった。
一瞬で意識が引き戻され、フドウが声を上げる。
咄嗟にフドウは、電池のような部分を指し示し。
「……雷の魔法込めたのって、ここ?」
「ええ、そうよ。 私はピンクにしましょうって言ったんだけど、『男にそれは可哀想だ』っておじいさまが言ったから赤色なの」
挙動不審も、サーシャにとっては取るに足らない事なのか、少女は楽しそうにころころと笑った。
割にどうでもいい情報の提供に、それでもフドウは「ありがと」と礼を言い、改めて機械に向き直り。
「有事にしか使うな、とは言われてないし」
そしておもむろに、フドウは機械のスイッチを入れた。
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