魔王の
容易に、檻の前に着く。
中に居たのは、10体ほどの継ぎ接ぎ跡だらけの魔物だった。
ーーどんなモノが元であったのかすら判然としない。
一様に、どろりとした瞳の、継ぎ目から未だ血が滲んでいる、めちゃくちゃに繋ぎ合わされた身体を持ったそれら。
それが、サーシャが前に立った瞬間。
彼女を認識した途端に、全員がバタバタと跳ね起きた。
拍子に、何人かの腕や脚がもげて落ちる。
それでも目を輝かせて。
「魔王さま!」
「申し訳ありません」
「不甲斐ないばかりに、お手間を」
「死んで、詫びを」
「魔王さま」
「……魔王さま」
最後の声は、フドウの後ろからのものだった。
振り返ると、立っていたのは先ほど、フドウにチケットを押し付けた美女と老紳士の二人組だ。
その二人が、サーシャに膝をつく。
「私たちの認識の甘さからこのような事態になり、申し開きも出来ません」
「斯くなる上は、私めら、機関からの処分を覚悟で、この場の人間皆根切りにしその者らを救出したく」
「駄目!」
頭を垂れ、早口に告げる二人に、強い口調でサーシャが言い放った。
「死ぬのは駄目!」
「……しかし魔王さま、」
美女が、顔を上げた。
「魔物の生存が人間に脅かされました。この事態、看過するわけには」
「それでも、」
「……あのー、ちょっといいですか?」
声を出した瞬間、幾つもの視線と意識が一斉にフドウに突き刺さった。
生理的に、反射的に鳥肌が立つ。
しかし、既に魔物的な視線には慣れたものだった。
「法律、あります。この間改正されたんです。主に、幻獣の種類や区分が多様化しすぎてるから、それに対応する為の改正なんですけど」
本当に、最近の話だ。
前期の一般教養の試験に時事問題として出された法案。
動物愛護法、並びに売買に関する規制項目に、『その他』が追加されたという事実。
「幻獣は、うっかりすると兵器にもなります。だから一般的な動物以外、有り体に言うと魔法的な発現形質が顕著な生物の届出なしの売買と捕獲、並びに譲渡は国家反逆に近いくらいの重罪って事になりました。魔物も多分、この区分に突っ込めます。この場に居る連中皆それと、あとは銃刀法とかでももしかしたら引っ張れると思うんです。そしたら」
地位も、名誉も、金も、権利も、全て剥ぎ取れる。
多分、客としてこの場に居る連中にしたらそれは、死ぬより辛い。
一息にフドウが言うと、魔物は皆、息を呑んで固まっていた。
まるで、人間が魔物を見る時のような、信じられないものを見る視線。
ーーあと、一押し。
咄嗟にそう読んで、フドウは徐に檻の中の継ぎ接ぎの魔物達に向かって叫ぶ。
「あんたら、死んじゃったら見せしめの仕返しも出来ないよ?! 俺はあんたらを助けたいんだ! 手伝うさ! あんたらはどうしたい?!」
その言葉に、魔物らが目を見開いた。
その中の、人に近い上半身、蛇の下半身に、昆虫の翼が継ぎ足された魔物が、すうと息を吸い込む音が、やけに大きく響く。
瞬間、フドウはサーシャを見やった。
漆黒の視線は、ひたと檻の中に注がれていて。
「助けて!! ください!」
悲鳴に近い、渾身の声が響いた瞬間、空間が揺らいだ。
先日の、テロリストと相対した時に見たものと同じ魔法。
視界いっぱいに広がったそれの中心で、サーシャはフドウに向かって頭を下げた。
「私たちは、人には手が出せません。悪い人を捕まえるのは、おねがいします」
端的な願いに、フドウが頷く。
と、彼女は微笑んで、今度は美女と老紳士、それに巨大な狼に向き直った。
「おにいさま、館のおじさま、玉面のおばさま。みんなを逃がしてあげて。みんなの力が人間を傷つけないように、私は人間を守るから」
みんな、守りましょう。
少女の、否ーー魔王の言葉に、美女が瞳を輝かせ、身体をぶるりと武者震いに震わせた。
老紳士が、不敵に笑んで帽子を脱ぐ。
一足先に、狼が駆けた。
同時に美女と老紳士、二人の身体が膨れ上がる。
氷の狼と、九つの尾を持つ狐、それに巨大な蝿が辺り構わず建物を壊し暴れまわる中。
それでも、瓦礫は自分を避けていくのだろうな、と。
どこか安心して、フドウは人間を制圧すべく部屋の中心に向かって駆け出した。
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