先輩たち、暴れます
瓦礫諸共、2階ほどの高さを落ちる。
いきなりだ。
しかし、どこかで予想はしていたのか。
自分でも不可解なほど冷静に、フドウは事態に対処していた。
落下の瞬間、四つん這いになり手足全てで衝撃を殺す。
建物の破片がぶつかるのを予期して、一瞬だけ目を閉じる。
その瞬間、耳をすます。
「誰だ!」
「侵入者!?」
「警備は?!」
「商品を!」
「どこから?!」
「被害は!」
「……始末しろ!」
重なり合うそれらの言葉を聞き取り、フドウは目を開いた。
そこは、地下室らしかった。
高い天井には、大きなシャンデリア。
並み居る黒服と燕尾服とドレス。
奥に巨大な檻が幾つか。
窓はない。
出口はざっと見て二箇所。
まるでシェルターのような扉の物々しさに反して、内装は豪奢な作り。
ーーいかにも金を持ってる連中が犯罪やってそうな場所だ。
そう思う視界の端に、金の鬣がうつった。
すう、と。
息を深く吸い込む音が聞こえる。
反射的に、フドウが耳を塞ぐ。
瞬間、ビリビリと空気が揺れた。
音が、直接振動として体の中まで響き渡る。
ギリギリ攻撃にならない威嚇。
空間全てを揺るがす狼の咆哮に、何人もが気を失って倒れこむのが見えた。
と。
「くそっ! 警察か?!」
「怯むな! 威嚇だけだ!!」
流石に威嚇で制圧は無理があったか、護衛と思われる黒服がわらわらと湧いて出た。
しかも。
「囲め! 魔物は手は出せない筈だ!」
「壁作れ!」
「飛び道具使え!」
機関と魔物との取り決めを、知っていた。
フドウらと、あとは檻の方へと警備らしき人間の塊が流れる。
ーー遠い。
檻までの距離を目測で測って、フドウはそう思った。
広い部屋だ。
落ちた場所も悪かった。
距離は、30メートル以上ある。
一人じゃ制圧は無理。
……ヴァーナはまだ動かない。
思い至って、フドウは咄嗟に両手を挙げた。
そして。
「あの、うちの犬がすみません! 会場ってここですか?! ヤーヴェルスカのご子息が、裏で何かあるって話で!」
一息に言うと、黒服が明らかにざわついたのがわかった。
「……ヤーヴェルスカ?」
「……居たか?」
「表の名簿には確か」
「ヤーヴェルスカが?」
「……ここを?」
乱入からの、素直な謝罪と、思わせぶりな台詞、それに『ヤーヴェルスカ』だ。
名前の無断使用は心苦しいが、やはり世界で一二を争う高名な上流貴族階級。
なまじっか『上』の会場に本物が実際に居るせいで、黒服は動揺したようだった。
ーー下っ端には、今の台詞の正偽は判断できまい。
第一、嘘は言ってないし。
固まる黒服の壁に向かい、フドウは両手を挙げたまま一歩踏み出す。
「で、ですね」
「動くな!」
流石に現場叩き上げと言ったところか。
それでも数人が懐から銃を取り出し、フドウに銃口を向けた。
構わず、フドウは唸る狼を視線で制して声を上げる。
それを受けて、フドウは手を挙げたまま、グニグニと体を捩った。
「うーわーそんなことしていいのかなー? わざわざ来たのにさー。そりゃちょっと焦って天井ぶち抜いちゃってけど、悪気は無いってごめんほんと」
我ながら、ムカつく上に白々しすぎる物言いだと思う。
しかし今は、いかに相手方の動きを一秒でも長く止めるかだ。
口調とは裏腹に、一挙手一投足に注意し気を張り、内心冷や汗塗れになりながら、フドウは続けた。
「偉い人呼んでって偉い人。そしたら俺が怪しくないってわかるからさあ」
対する黒服の反応は、動かないものと、包囲の輪をじりと狭めるものが、半々。
ああ、苦しくなってきた。
フドウが思った。
その時だった。
「あら、後輩が黒服に囲まれて銃突きつけられてるわねえ」
「んー、悪人大発見で良いのかな?」
「うむ、さすがのフドウでも、この短時間でそこまで相手を怒らせると言うことも考えられんしな」
「そうね、やましいことがあるって事で」
「じゃあ、皆さま、くれぐれも火の用心と言うことで」
不意に、上から声が落ちる。
場違いな、呑気な口調での会話。
誰もが一瞬虚を突かれ、その衝撃から立ち直るその前に、フドウらが落ちてきた穴から手が一本出た。
その手が、握られた拍子木を器用に片手で打ち鳴らす。
かちん、と。
どこか間の抜けた音が空間いっぱいに響く。
瞬間。
なんの前ぶれもなく、構えられた銃が、黒服の胸が、倒れた客の上着が、シャンデリアが、燭台が、連鎖的に次々と爆発し燃え出した。
堪らずにそこかしこで悲鳴が上がる。
同時に、穴から二人、人が降ってきた。
刀を抜いたジロウと、スカートを翻し太腿の線も露わにしたフウユの二人。
悪い足場であろうに、殆ど予備動作なしで二人は着地した瞬間左右に分かれて跳んだ。
爆発を免れ、辛うじてまだ銃を構えていた黒服が一人、フウユに顔面を殴られ5メートルほど吹き飛んで壁に叩きつけられ、同じく二人がジロウによる峰打ちをこめかみと後頭部に喰らって堪らず倒れこむ。
うわあ相変わらず容赦無く頭狙いなさる。
次々打ち倒される黒服にちょっと同情しながら、自身も制圧に加わろうかとフドウが動きかけた時だった。
「フドウちゃん」
ーー鈴を鳴らすような可憐な声は、後ろから聞こえた。
反射的にぎくりと体が固まり、二拍置いて、覚悟を決めてぐいと身体ごとフドウは向き直る。
怒ったような、困ったような。
そして、泣きそうな子供なような表情で、サーシャはそこに立っていた。
「……来たんだ」
結局、足留めは叶わなかったらしい。
傍の狼の耳が、バツが悪そうにぺたりと後ろに寝るのが見えた。
フドウが呟くと、サーシャがいつになく強い口調で返す。
「説明して」
瓦礫の上の美少女は、どこか宗教画めいて見えた。
騒然とした場に、そこだけ不思議と浮き上がって見える。
棒立ちであるはずなのに、警備からの攻撃が来る気配も無い。
逆らわず、フドウは言葉を返した。
「……魔物が人間にさらわれて、営利目的で酷い事されてるって聞いて、それで」
「……どこ?」
奥の檻を、フドウが指差す。
すぐさま、サーシャは瓦礫の山の上から無造作に足を踏み出した。
狼がゆったりとそれに続く。
無防備な動きだ。
フドウはそう思ったが、その理由はすぐに知れた。
一歩、少女が進む度に、人垣が割れる。
割れて、まるでそれを見なかったかのような風で暴れまわるジロウとフウユの方へと人が流れる、次々打ち倒される。
可憐な容姿に似合わぬ、黒狼を横に従えてかつそれを覆い隠す、圧倒的な少女の存在感に、正面から相対した者は漏れなく気圧されているようであった。
悠々と、しかし足早に、サーシャは進む。
左右の、目下交戦状態であるジロウとフウユの横をすり抜けて行く彼女に、フドウは慌ててついて走った。
アーデルが発火能力。
フウユが怪力体術。
ジロウがエロと剣術という配分です。
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