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控え室にて


控えの会場には、既に多数の人と幻獣が詰め掛けていた。

紅い絨毯の引かれた床の上を、主人と共に、馬ほどのものから手のひらサイズまで様々な動物が闊歩している。

幻獣は、その姿形から能力まで多種多様だ。

そしてそれは、人間の幻獣に対する需要も然り。

品評会後、幻獣の譲渡、売買を円滑に行う為の下見や社交場のような役割をこの会場は持つ。


「じゃあ、ちょっとうろついてくるね!」


アーデルはそう言って、スケッチブックとカメラを片手に既に人混みへと消えていた。


「つうか、アポなしで話してくれるもんなんですかね?」

「うちの制服着てたらお天気レベルの話くらいはしてくれるでしょ」

「毎日着倒してヘロヘロなのに失礼にならんとは、いつも思うが不思議な服だ」


一方、特に目標もないその他は、行き交う幻獣を遠目に見物しながら取り敢えず会場の端に盛られた料理を突いている状態だった。

サーシャが、忙しくぐるぐると周囲を見回している。

贅を凝らした料理も、幻獣と同じく彼女の興味を誘ったらしい。


「あら、美味しい。おにいさまも食べる?」


数種の野菜をペーストし、何層にも重ねてゼリー寄せにしたカラフルな料理を、サーシャはぴったりと背に張り付く狼の口に放り込んだ。


「……」


それを見ながら、フドウは思う。

何度聞いても、「おにいさま」に違和感があった。

事前の、狼を「おとうさま」と皆に紹介するのはちょっとまずいというかおかしい、と言うフドウの進言に従って呼び方を変えているのだろうが、「おとうさま」が「おにいさま」になっただけでは殆ど意味を成していないのが要因であろう。


「……ん?」


ふと気付くと、「おにいさま」が、サーシャの肩越しにその紅い両眼でフドウを見つめていた。

ともすれば、射竦められてしまうであろう。

一見しただけでそれが分かるほど、膂力と魔力に満ち満ちた姿形だ。


「……食べます?」


恐る恐る差し出したローストビーフは、一飲みで狼の口の中へと消えた。

と。


「坊や、そこのシャンパンをとって下さるかしら?」


不意に掛けられた声に驚き、それでも手の皿の平行は死守してフドウが振り返る。

立っていたのは、二人の人物だった。

手のひら大の小動物を肩に乗せ、大きく背の開いた黒のドレスに豪奢な金髪を靡かせた美女と、杖をついた温和そうな、しかし彫りの深い顔立ちの老紳士の二人組。

共に、上流階級であろう、見るからに上物の衣装だ。


「あ、はい。どうぞ」


まじまじと見物するのも失礼なので、フドウはそそくさと下を向き頼まれたものを手に取った。

華奢なグラスを、長い指が受け取る。

隅々まで手入れされた爪が、ガラスに当たってちんと音を立てた。

意外に響いたその音にフドウが驚き、勢いよくグラスから指を離し万歳の状態になると、女性はさもおかしそうにくすくすと笑った。


「そのように怯えずとも良いのに」

「……え、ええっと」


楽しげなその声に応じたのは、老紳士の方だ。


「これ、子供をからかうでない」

「あら、ごめんなさい。つい癖で」

「連れがすまなかったのう、坊や。お詫びと言ってはなんだがこれを……所用で不要になった物で恐縮だがね」


一息に言って強引にフドウの手を取り、老紳士は紙片を一つ握り込ませる。


「では」

「皆さん、良い夜を!」


そして、現れた時と同じく唐突に、二人の珍客は去っていった。

それを見送り、てこてことサーシャが寄ってきてフドウの手の中を覗き込む。


「フドウちゃん、何を貰ったの?」

「え? えーとね」


目に入ったのは、一枚のチケットだった。

キラキラとしたその紙を、皆にも見やすいようにとサーシャに手渡す。

紙片は、昨日アーデルが持っていた、この後の品評会の入場に必要なそれと酷似していた。

が。


「……SS席。3。ボックス」

「「SSボックス?!」」


並んだ文字列が、大分違った。

フウユと、珍しくジロウがコーラスで興奮した声を上げる。


「無茶苦茶いい席じゃないの!」

「立ち見の20倍の値段するぞ」

「よね! わざわざエントリーして控え室でチマチマ写真撮らなくても良いぐらいの場所だわ!」

「こうしてはおれん。アーデルを呼び戻さねばな。控え室では行脚にも限界があろう」

「了解! あ、サっちゃんもおいで! 一緒に探しながら会場見て回りましょう!」

「は、了解です! せんぱい!」


先輩の興奮がうつったのか、サーシャまでもが敬礼つきで高らかに宣言して走り出し、あっという間にテーブル横に立っているのはフドウ一人だけとなってしまった。


「……出遅れた……」


思わず呟くと、同じく残っていた「おにいさま」がふんと鼻息で返事をする。

鈍臭いと鼻で笑われてでもいるのだろうか。

そう思いながらジト目で金色の鬣を目で追っていると、不意にそれが前へと流れた。

二歩、ゆるりと歩を進めて、狼の顔がフドウを振り返る。

こふ、と、ふさふさとした毛皮の下の喉がなった。


「……付いて来いって?」


フドウが呟くと、「おにいさま」は満足げに首をめぐらせ踵を返した。

揺れる尻尾を追いかける為、フドウはずっと死守していた取り皿をようやくテーブルへと置いた。




ブクマ、評価、感想等どうもありがとうございます。


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