エントリー
『それ』が馬車から姿を現した瞬間、周囲が反射的に息を呑むのが分かった。
本来四頭以上の馬がやっとこさ引くような箱馬車を、軽々と一頭の白馬が軽快に運ぶ。
それだけでも目を引くのに、そこから真っ先に出てきたのは、その馬をも見下ろすような巨大な黒い狼だった。
目方だけで言えば、軽く馬の倍はあるであろう。
鎧のような隆々たる体躯。
闇色の艶やかな毛皮に、鮮血よりも紅い両眼。
呼吸の度に口から煌めく氷晶を吐くその獣が、音もなく数歩進み出、馬車を振り返った。
自然、視線が集まる。
それを諸共せず、少女は軽やかに地に降り立った。
タラップからピョコンと飛び降りた瞬間、白いリボンと紺のスカート、それに絹のような黒髪が翻る。
「ごくろうさま! さくら!」
その少女が、馬車を引く馬に無造作に抱きついた。
さくらと呼ばれたその、よく見ると牙を持った馬が嬉しげに嘶く。
人々が、その光景に釘付けになる。
その隙に、残りの車中の人はネズミのようにこそこそと馬車から這い出した。
「……目立つね」
「目立ちますね」
「『おにいさん』を連れて来た時点で予想は出来たろう」
「よねえ」
口々に言う。
戦闘科、勢揃いでの品評会出陣であった。
「でっかーい犬がいれば、品評会に参加出来て、せんぱいは嬉しいかしら?」
アーデルにそう問い、「まあね」と返されたサーシャが翌日特科に連れてきたのは、案の定と言うか、先日フドウの垣間見た、『おとうさま』の変化した巨大な黒狼だった。
扉を開けた瞬間に正面に見える、部屋の一角にみっちりと詰まる規格外の毛皮生物に、アーデルは反射的に死を覚悟して貧血を起こし、ジロウは産毛を逆立てて仕込み刀を抜き、フウユは
「犬ーー!!!」
と満面の笑みで叫んでもふもふに突進した。
一連の反応を見る間、フドウが気が気でなかったことは言うまでも無い。
「にしても、『おにいさま』なんて変わった名前よねえ?」
「一緒に育つとそう言う意識になるのは分からんでは無い」
「犬が一家の『おとうさん』っていう設定の演劇が流行ったのって去年くらいだっけ?」
「……」
馬と馬車を厩番に預け、続いて狼に抱きつくサーシャを見やりながら、戦闘科一同が順番に呟く。
そこへ、サーシャは狼を引き連れて合流した。
「えっと、次は何処へ行けばいいのかしら?」
「ああ、先ずは受け付けでエントリーかな」
質問を受けて、アーデルが周りを見渡す。
と、声を掛けるタイミングを見計らっていたのか、スーツ姿の案内人がすぐさま駆け寄ってきた。
「ご参加でしょうか?」
見慣れない人間に反応してか、ぴゅっとサーシャはフドウの後ろに隠れた。
アーデルが対応する。
「参加で」
「確認いたします。初めてでございますね?」
「はい」
「承りました。魔導パレットを測定いたしますか?」
「あー……止めときます。壊してもあれだし」
「かしこまりました。少々お待ちください」
二三、手短に確認して足早に案内人がカウンターの奥へと消える。
それを待ってから、サーシャはフドウの後ろからようやく顔を覗かせた。
「魔導パレット?」
「魔力構成を便宜的に数値化した分類法だよ」
「教えて」モードに入ったサーシャに、慣れた様子でフドウが答えた。
「16進法6桁で表記されて、それ見ただけで大雑把な魔法適正が結構正確にわかるってんで、最近研究目的でよく使われるんだ」
使われる文字は0から9、そしてそれに続けてAからFの16種。
すべての値がFに近いほど、検体の魔力が神に近いとされる。
「……ま、人間に使ってるのはよっぽどの犯罪者以外見たこと無いけどな。元々測定器が一個で城買えるほど高価だし」
言葉を濁し、フドウはそう結んだ。
Fに近いほど、神に近い。
その定義が、「人間相手」にこの測定器が普及しない理由だ。
逆もまた、然り。
万一0――神から遠い、と結果か出たとき。
その者が神を信じていたとき。
何を思うか。
何を、しでかすか。
何かとついて回る「神」の一文字に、フドウは一瞬、深く眉間に皺を寄せた。
自分がペット扱いされることにおとうさまは特にこだわりはないようです。
それでいいのかおとうさま。
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