幻獣品評会への誘い
一番に声を上げたのはジロウだった。
「昨日の子か。結局うちに入るのか」
「です」
「ジロウ、あんたこの子にまで痴漢したら何処とは言わないけど捻じ切るからね」
早くも、フウユはサーシャを猫可愛がりする態勢に入っていた。
まあ、現在のメンバーが同期二人、後輩一人、全員男であることを考えると、無理もないことと言える。
と、それに。
「いらん心配だな」
不敵な笑みを浮かべそう前置いて、ジロウの言葉が返る。
「安心しろ。俺は紳士だから、いかにも『触ってくれ』と言いたげなエロ尻しか触らん主義だ」
「どういう意味よそれは!!」
「仲良いねえ」
「良いですねえ」
「喧嘩するほど仲が良いのね!」
早くも、戦闘科のノリに順応しているサーシャであった。
ばたばたと縦横無尽に部屋中を駆け回るフウユとジロウの追いかけっこをよそに、慣れた様子でアーデルが中央のテーブルへとカップを運ぶ。
先ずサーシャに席をすすめ、自身は新しく持ってきたパイプ椅子で人心地つけた後、「ああそうだ」と思い出したように彼は手を打った。
「フドウ、例のアレ、手に入ったよ。ほら、明日の晩の幻獣の品評会の入場券」
「え、ホントですか?」
「ほんとほんと」
言って、身を乗り出すフドウにアーデルはポケットから出した紙片を見せびらかした。
手漉きの和紙に、きらきらとした金粉が吹き付けられた無駄に豪奢なチケットだ。
電灯の無機質な光の下でも眩く輝くそれを顔の前でひらひらさせ、彼は続ける。
「まあ、戦闘科は幻獣飼育してないから、上からの見物だけになっちゃうけど」
と、その台詞に、サーシャがつんとフドウの袖を引いた。
「フドウちゃん。幻獣ってなあに?」
「ああ」
声を上げたのはアーデルの方だった。
「ルナエルさん、この辺りの出身じゃないんだ?」
こっくりと頷くサーシャ。
それを見、アーデルはちらとフドウに視線を投げた。
「どっから言ったもんかなあ?」
「この子、頭は良いですけど割と知識自体は前時代的なんで、最初からの方がいいと思います」
「よろしくお願いします。せんぱい」
深々と頭を下げ、次いで「せんぱい」への期待感からかきらきらとした眼差しで見上げてくるサーシャを眩しげに暫し見つめてから、おもむろにアーデルは口を開いた。
「……モザイク型の幻獣が学会に発表されたのって、10年くらい前だよね?」
「多分」
「うん」
割といい加減に相槌をうつフドウの言葉を受け、コツコツとアーデルは指で机を叩いた。
「幻獣ってのはさ、『魔法的に品種改良された動植物の総称』なんだよ」
神が魔法を支配する御世から、それは有った。
ただしそれは、膨大な労力と資源を費やし、幾つもの世代、時には何百年と言う時間をかけて漸く発現すると言う、非効率極まりない代物であった。
例えば、万能薬になる角を持つ馬。
例えば、歩き回る草。
例えば、人語を話す鳥。
諸々、諸々。
それらは例外なく、『神』からの恩恵とされていた。
その基本概念が、17年前に崩れた。
「魔法の使用に制約が消えた事で、新手法が次々開拓されてね。動物の発生最初期……要は卵割の段階で魔力を注入すると即、その個体に魔法特性が現れるって論文が発表された」
魔力を注入した部位から発達したと思われる箇所に、嵌め込んだように魔法の力を持つ動物達。
それらは『モザイク型』と呼ばれ、昨今飼育されている幻獣の大多数を占める。
「安価故に、幻獣の飼育頭数も昔と比べてずいぶん増えた。で、数が増えるってことは携わる人も増えるってことで、となると、競争したいって言う人間心理が働くわけ」
要は、対象が幻獣なだけでやる事は犬や馬のショーやコンテストみたいなもの。
そう結んで、アーデルはサーシャの淹れた茶を一口飲んだ。
「あ、美味しい」
思わずと言った風でそう呟いた後、彼はサーシャに目をやる。
「ま、それを悪趣味と取るか、いい趣味と取るかはその人の感性次第だよね」
「幻獣の発生過程は、アーデル先輩の研究領域なんだよ」
アーデルの説明に、フドウが注釈を入れた。
「先輩の研究は、『モザイク処理個体の魔法安定性と発達過程について』。……戦闘科は金が無いから、専らフィールドワークでデータ取ってんだ」
「なんだよー。フドウだって生物的なモデリングを機械に使おうとしてんじゃん。参考になると思って誘ってやったってのに。……全く、境界領域はややっこしいぞって言ってんのにさー」
「いやもう、その件については感謝しかないですホント」
大仰に頭を下げるフドウ。
その様子を、サーシャはきょとんとした表情で見つめていた。
話の内容がイマイチよくわからなかったらしい。
いち早くそれを察してか、アーデルは「さて」と仕切り直し、話題を元に戻した。
「で、来る? ルナエルさん。研究云々はともかく、見るだけでも結構メルヘンで楽しいとは思うよ?」
誘うアーデル。
こくん、と小首を傾げ、サーシャは言葉に応じた。
「メルヘン?」
「うん。例えば、羽根が生えた馬とか、でっかーい犬とか。女の子ってそう言うの好きじゃない?」
ぴく、と。
どの言葉にか、サーシャが反応したのがフドウには分かった。
暫し視線を目の前の紅茶に落として考えて、彼女は不意に顔を上げる。
「せんぱい、『上から見学』って言ってたわ」
「参加するには、当たり前だけど幻獣を持ち込まなきゃだからね」
「でっかーい犬がいれば、参加出来て、せんぱいは嬉しいかしら?」
「まあね」
……明確に、嫌な予感がした。
特科のノリとかシステムは大学の理系の研究室に近いです。
ブクマ、評価、感想等どうもありがとうございます。
すごく励みになります。




