硬度×アドバイス
「で、せんせー。作戦についてなんですが」
「ん? ああ、なんでもいいですよ。フォローはしますから。脳みそ飛び散らない限り治してあげますから思いっきりやってらっしゃいな」
「……」
ーー現場の指揮は基本、引率教諭に一任される。
よって、引率を受け持つ教諭は特殊部隊ばりの現場対応能力を有し、特にこの手の実地を受け持つものの実力は、本職の軍人に比べても遜色無い。
ヨルムも勿論、例外では無い。
無いのだが。
「……なんか、ヨルムせんせーが引率した制圧鎮圧の結果が、『全員確保』か『全員負傷、教諭が確保』の両極端なわけが分かった」
「やり易いがな、俺は」
とりあえず一言、呟くフドウに、ジロウが付け加えた。
続けて、剣を扱うが故か、節の太い指が、とんと見取り図の一ヶ所を指し示した。
カウンターの奥側。
厚い、今は閉まっているらしい防火壁を背にした位置だ。
「10分後、この位置から一番近い敵から順に斬りかかる。以上。あとは好きにしろ」
一方的に言うと、止める間も無くジロウが姿を消す。
慣れているフドウがジロウの消えた方にに向かってひらひらと手を振ると、それにハッとしてリルローズが騒いだ。
「何なのだ今の大雑把な作戦は!?」
「……いや、俺も先輩も感知系の魔法は使えないから行き当たりばったり出たとこ勝負しかできないだけだけど……。あ、もしかしてあんた索敵出来る?」
一気に畳み掛けるフドウに、リルローズがぐうと唸って黙り込んだ。
出来ないらしい。
いかに優先的に実地の機会が回されると言っても、防衛科は大所帯だ。
一年時は、どうしても現場での経験が少なくなる。
悔しげに唇を噛むリルローズから視線を外し、フドウはへらと笑って建物を指差した。
「ま、突っ込んだらなんとなくどうにかなるかな。時間無いし行こうか」
大きな重い扉を、音を立てないようジリジリと押し開いても、内側からの反応は無かった。
先頭で入りこんだフドウが、物陰を確保して後ろの女子2人を手招く。
リルローズが、流石に訓練を受けているのか素早く。
サーシャが、天性のものかふわふわと音も無くフドウの横につく。
カウンターの奥にバリケードが築かれているのを、よく磨かれた天井の反射で確認して、フドウはこそりと二人に囁いた。
「居るね」
見えるだけで、黒服の人らしきものが三人。
武装は、流石に鏡でもないので分からない。
おおよそ、8m先。
向こうが銃火器を所持していた場合、一発二発は打ち込まれそうな間合いだが。
「……他に隠れる所もないし、一斉にかかったらいけるかな……」
ブツブツと呟くフドウの手元の見取り図を、神妙な顔でリルローズも覗き込む。
対し、サーシャは正座で背筋を伸ばして天井を見つめていた。
と。
「あ」
ちりん、と鈴が鳴ったかを思わせる可憐な声が、フドウの耳にやけに大きく響いた。
反射的に顔を上げる。
瞬間。
ぱん、という乾いた音と同時に、リルローズの頭が跳ねた。
「伏せて!」
どうと、金の髪の軌跡を残してリルローズが倒れたと同時に、サーシャが叫ぶ。
ぐわん、と目前の空間の質が変わる。
咄嗟にフドウが伏せると、そこに機関銃の一斉掃射らしき銃弾が雨霰と降り注いだ。
敵の銃口が、こちらに向いているわけではない。
そんなもの、いまだに見えもしていない。
ただ前の、強化壁に火の粉が散っていた。
「気付かれた……ってか、何これ跳弾で?!」
「ちょっと魔法も入ってるみたい」
弾を防ぐ見えない壁を咄嗟に張ってくれたらしいサーシャが、相変わらずの正座で行儀よく呟く。
弾を受けるたびに水滴を受けた湖面のような波紋を立たせる壁を横にしてのその様子は、制服と白いリボン、それに少女の奇跡的な容貌が相俟ってどこか非現実的だ。
「間に合って良かったわ。人間は、これに当たると怪我しちゃうのよね?」
笑顔で続けるサーシャに、ようやくフドウも衝撃から立ち直った。
初段を受け、倒れ込んだリルローズを覗き込む。
「マーカスさん?!」
「あ、大丈夫よフドウちゃん。ちゃんと間に合ったから、弾は弾き返して……」
そこで、サーシャもリルローズ見る。
血は出ていない。
出ていないが、完全に気は失っていた。
「きゃー! リルちゃんどうしたの?! びっくりしちゃったの?!」
(……ああ、『当たってない』だけなんだな)
そこでつくづく、フドウはサーシャとのつくりの違いを自覚した。
と。
「サーシャ。反射の衝撃で脳が揺らされてるだろうから、あんまりゆり動かさない方が良いよ。下手をすると危害になりかねない」
唐突に。
王子様然とした、優しげな声が、銃声の合間を縫って場に響いた。
視線を上に動かすと、藍の詰襟に、金の髪。
色違いの双眸を持った『おとうさま』が、雨と降り注ぐ銃弾の中、涼しげな顔をして立っていた。
「まあ、おとうさまも見学?」
「まあね」
サーシャに応えてにっこりと微笑む。
物陰に隠れようともしていない、その顔肩頭に、銃弾が直接当たって消しゴムカスより容易く跳ね返されていた。
形の良い指が頰にあてられて、『おとうさま』はこくんとサーシャに似た動作で小首を傾げる。
「と、言うより、あんまり危なっかしいからアドバイスに来たって感じ?」
やってることからすれば、「あんたのやってることが一番危なっかしくて怖い」と、フドウは思うのだが、あえて口には出さなかった。
だって怖いし。
「僕らは人間に危害は加えられない。けれどそれは、言い換えれば危害さえ直接的に加えなきゃ行動は割と自由って事……って言うか」
続ける、『おとうさま』が不意に腕を一閃させた。
振り抜かれた腕の軌道上、コンクリートの床、カウンター、強化壁、天井全てに瞬時に巨大な刃物で切り裂かれたような深い溝ができる。
流石に、斉射が止んだ。
『おとうさま』が、氷の軌跡を描き、犯人達に向き直る。
「……最初の二三発で無駄だってわっかんないかなあ? 僕は何にもしないって言ってんだから、ちょっと黙っててくんない?」
途端に、氷の視線に当てられたのか、犯人たちがざわめき出した。
ひ、と息を呑む音、何かを取り落とす音、「なんだあれ?!」と言う声がかすかにフドウの耳にも聞こえる。
気の毒。
その一語が、フドウの脳裏に浮かんだ。
ごめんな、あんたらが悪いんじゃないんだ。
いや、悪いのは悪いんだけど。
フドウのそんな内心を知ってか知らずか。
凶悪な、野生の獣のように鋭かった色違いの視線が、不意に和らいだ。
フドウの横に膝をつき、「とにかく」と言って『おとうさま』は続ける。
「まあ、そう言うわけで、ちょっとその辺考慮してみな? あ、あとその子かして。ヨルムのとこ連れて行っとくから」
行き届いたさり気ない心遣いは、流石にサーシャの『おとうさま』である。
応えを待たずリルローズを横抱きにして立ち上がる。
その背に、
「あの、お父さん」
「ハァ?」
声を掛けた瞬間、フドウの顎に万力のような力が掛かった。
負荷を感じて、ようやくフドウは自身が『おとうさま』に掴みかかられていることに気がつく。
片手の指の力だけで、身体が持ち上がる。
赤の目にギラつく冷気を燻らせ、反比例した殊更明るい声が、フドウに掛けられた。
「人間に『お父さん』呼ばわりされる謂れは、僕には無いような気がするなあ?」
「……っちょ! ひあい(危害)、ひあい(危害)、ひあい(危害)!」
「やだなあ、ちょっと顎の形を今風の細めにしようとしてあげてるだけじゃないか」
ばたつくフドウに、『おとうさま』はどこか人間臭い屁理屈を並べ。
「……ま、と言うわけだから」
それでも、元々本気では無かったらしい。
すぐに、『おとうさま』は手を離した。
転がるフドウに頓着する事なく、彼は立ち上がり。
「ヴァーナ。次からは、それで良い」
言うだけ言って、彼は踵を返した。
かちかちと何度か歯を噛み合わせ、フドウはめげずに再度、声を上げる。
「あの、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ちら、と。
色違いの視線が返ってきた。
それでも、言葉での返答は無く。
不機嫌そうに大股で踏み出した足で強化壁に難なく大穴を開けて、『おとうさま』ーーヴァーナはリルローズを連れて外へと出て行った。
評価、ブクマどうもありがとうございます。
すごく励みになります。




