そのしっぽを撫でさせて
人間よりはるかに優れた身体能力を持つ獣人。何年か前までは獣人は人間の奴隷として虐げられていたそうだけど、今は逆。三年前、満月の日に力を得た狼の獣人が人間を食い殺してほかの獣人たちを集めだしてからは、もう獣人の世界。今は人間を奴隷として飼うのが流行っているみたいだけど、生憎流行にはうといアタシ。そもそも、アタシは人間に興味なんてないし。
アタシは孤高な猫の獣人。気まぐれで自由気ままな生き物。気まぐれに人間を獣人の元から逃がしてやったり逆に襲って食ったりする。そのことで獣人から反感を買うこともあるけど、アタシは強い。だから、アタシと争おうとする獣人は少ない。自分の力量がわかっていないおバカさんにはよく喧嘩をふっかけられるから、半殺し程度に済ましておく。
さぁて、今日は何をして過ごそうか。獣人の世界で自分が一番強いと思ってる狼の獣人一族から人間の奴隷を逃がすか……怒った狼の獣人とやり合うのも一興かもしれない。ああ、考えるだけで楽しくなっちゃう。
ペロリ、と思わず舌なめずりをする。楽しみでゾクゾクしてきて、笑みがこぼれる。きっと、今のアタシの目は爛々と輝いていることだろう。
アタシは基本的に、戦うのが好きだ。まだ一歳にも満たない子供だけど、アタシは強い。これは驕りでも何でもなく、事実だ。獣人にも人型に近いものから獣に近い形の者まで、様々だ。獣に近いと言っても、大きさは人と同じぐらい。ちなみにアタシは後者。アタシはまだ一歳にもなっていないから、人間に例えたら九歳ぐらい。狼の獣人一族は昔は人間と交わることが多かったから、人型が多い。人型の獣人に、負ける気なんてしない。
アタシが人間に興味がないのは、弱いから。人間は鋭い爪も牙も持たない。非力だ。一人じゃ何もできないし、固まっても獣人の前では無力。そんな相手に、強い者が大好きなアタシが興味を示すはずがなかった。
「ねぇ貴方、怪我してるの?」
珍しい、人間がいる。しかも、こんな森の奥に。人間は、ボロボロの服を纏い、手足にいくつもの擦り傷や切り傷を作っている。顔にも血が滲んだ切り傷ができている。こんな弱い人間に心配されるなんて、屈辱。アタシは意地悪で人間の顔面を踏み台にして高い樹木に登ってやった。人間はアタシがジャンプした際に反動で見事にすっ転んでいた。人間は、高い樹木に登ったアタシを心配するように声をかけてくる。無視してたら、すすり泣く声が聞こえた。
「ねぇ、ねぇ、お願いだから下りてきて。そんな高いところに登ったら、おりられなくなっちゃうよ」
「……うるさい。アタシは獣人だから平気なの」
「でも、私が小さい頃家で飼ってた猫の獣人は高い木に登ったらおりられなくなっちゃったよ? お父さんが梯子で助けたけど」
「ふん、その猫の獣人はよっぽどの運動音痴だね。アタシはそんなヘマしないよ。いいから放っておいて」
アタシが相手をしてしまったのがまずかったのか、人間――まだ二十歳にも満たないであろう少女はよく森に遊びにくるようになった。アタシは樹木の枝の上でスヤスヤ眠って、少女が勝手に話す。それだけの関係だ。たまにアタシが口を出すと、嬉しそうに反応する少女。それを見て呆れるアタシ。そう言う関係。
……だったのに。
「この人間に手を出すな!」
「キーキーうるさいガキだ。食い殺してやる」
「こっちのセリフだ!」
森に住む、熊の獣人が少女を襲った。少女は腹に大きな傷を負い、血まみれで倒れていた。アタシはカッとなって、自分でも何をしたのかよく覚えていない。ただ、熊の獣人を噛み殺したあと冷たくなって行く少女を背負って水場まで連れて行った。傷を治す力がある水を必死で汲んでは少女の傷口にかける。その繰り返し。熊の獣人と戦ってアタシもボロボロだったけど、そんなのどうでもよかった。
「ふふ、初めてこんなに貴方の傍にいられる」
「バカなこと言ってないでさっさと回復しな。……あんたが話さないと、静かで仕方がない」
傷が内蔵まで達しているのは、見てすぐにわかった。いくら傷を治す力のある水をかけても、内臓を回復させることが無理なことも、わかっていた。人間は獣人と違って非力で、弱くて、自力で内臓を治す力がないことも、わかりきっていた。呑気に枝の上で昼寝をしていたあの時のアタシを殴ってやりたい。
「ねぇ、しっぽ撫でてもいい?」
弱弱しい、小さな声で少女が言う。アタシはぶっきらぼうに答えた。
「……好きなだけ触りな」
「ありがとう。私ね、猫の毛って好きなの。しっぽを触ると嫌がられるから、前飼ってた猫の獣人のしっぽは触れなかったんだけどね」
ふふふ、と少女が力なく笑う。その顔は青ざめていて、もう少女が長くないことを示していた。
少女のために、着替えを持ってきた。毛布を持ってきた。食べ物を持ってきた。少女の好きなぬいぐるみを持ってきた。少女は力なく笑うだけで、何も話さなかった。話せる体力がもうないのだと、理解した。
少女は、黙ってアタシのしっぽを撫でる。その手の温もりに、少女はまだ生きているとほっとする自分がいた。
「……? 今日はしっぽ、触らないの?」
眠っている少女に問いかける。返事はない。嫌な予感がして、ブワリと冷や汗が噴き出る。恐る恐る、震える手で少女に触れると、少女は冷たくなっていた。何かがプツリと切れた音が聞こえて、気が付いたら少女の亡骸を抱いて声をあげながら泣いていた。
本当は嬉しかったんだ、話しかけてくれたこと。怪我をしてるアタシを、高い樹木に登るアタシを、心配してくれたこと。たまにしか相手をしないアタシなんかに、しつこく話しかけ続けてくれたこと。あんたの話す話はどれも素敵でキラキラしてて、とっても面白かったよ。どうして伝えれなかったんだろう。何を意地になっていたんだろう。素直に全部伝えればよかったのに。そしたら、こんなに後悔することもなかった。ああ、どうして――。
何日も、何日も泣き続け、やがてアタシは友人である少女の亡骸を埋めることにした。
爪をたてて、地面に食いこませる。掘って、掘って、掘って。やがて少女がすっぽり収まる大きさの深い穴ができた。食い散らかされたりしないように、深い穴にした。アタシはそこにそっと少女を寝かせ、土をかけていく。段々視界がぼやけて、よく見えなかったけどアタシは無事少女を埋め終えた。
「おやすみ、コノノ」
初めて口にしたその名に、反応してくれる相手はもういないけれど。
#獣人小説書くったー http://shindanmaker.com/483657 と言う診断メーカーで遊んでいたところロリな獣人でしっぽを撫でられる話を、ときたので書きました。珍しく友情?ものです。
ちなみに猫の獣人の年齢は本物の猫の年齢を参考にしています。