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かぎろひの立つ(旧版)  作者: ジョシュア
第一章 温羅
7/8

温羅ノ二

 京士郎の知識では、鬼とは浅黒い肌と大きな体躯、そして人を遥かに越える力を持っている存在であるとされている。その凶暴さは獣の比ではない。知性すら持ち合わせている。

 鬼という脅威はこの世を東から蝕んでいる。ここに住んでいる限りそういった脅威とは無縁であると思ったが、そうも言っていられなくなった。

 目の前の敵に隙を見せないように、京士郎は刀を腰だめに構える。居合いとも呼ばれるそれは、いつでも目の前の敵を斬るためのものだ。


「こいつは潰し甲斐がありそうだな……」


 鬼の言葉。京士郎はこの鬼たちの目的がわからない。だが、すでに被害は出ているのだろう。鬼の向こうに見えるいくつかの人家は破壊されている。

 その時点で、京士郎は容赦をしないと決めている。柄を握り、目を細めた。


「弱いな」

「ああん?」


 拍子抜けだ。京士郎は思った。

 膂力は人を越えているだろう。その肉体もまた、人より遥かに大きい。

 しかし、それが武に繋がるわけではない。動きに無駄がある。京士郎はすでに、目の前の鬼は自分より弱い。

 それは自信になって、京士郎の腕を動かした。

 鞘から抜かれた刃が日の光に煌めくのと同時に、鬼の一体が切り裂かれる。太い腕が遥か高くに飛んだ。


「なっ!?」

「まずは」


 鬼の驚きに満ちた顔を、京士郎は容赦なく斬った。上から振り下ろされた刀は鬼の形相を真っ二つにした。


「一つ」


 恐ろしいほど冷静な思考が、視線を残る二体の鬼へと向けさせた。

 驚きに満ちた表情を鬼は作っている。しかしすぐに憤怒へと表情が変わり、一体が棍棒を大きく振りかざした。


「二つ」


 その動きは、速くはあるが京士郎はすでに見切っていた。

 あまりに単調な動き。鬼を恐れ怯えている者には通用するかもしれないが、京士郎はあいにくと鬼を恐れてはいない。

 滑り込むように足元へ入る。横に一振りする。足を失った鬼は上半身から前に倒れ込む。

 京士郎は倒れる鬼の背中に乗ると、心臓のあるはずの位置を一突きする。人の形をしているならば、同じように胸にあるのではないかという推測は当たっているようで、動かなくなった。


「おのれ……!」


 最後に残った鬼は、先に二体が倒れたのを見て、さすがにいきなり襲いかかってくることはしなかった。

 切り伏せられた鬼は、紫色の炎に変わった。話しでは聞いていたが、京士郎はその光景に少し驚いた。炎と言っても、周りに燃え移ることはない。熱を感じることもなかった。

 京士郎は残った鬼へと一歩を踏み出す。刀は下に向けられている。視線は鬼から外さずに、一歩踏み寄る。


「許さん!」


 ただ短く、そう言って鬼は京士郎へと迫った。

 やはり、弱い。相手の力量もわからないのか。

 京士郎はそう思うのと同時に、大股で一歩出た。それと共に刃を横へ振るう。


「三つ」


 踏み込んだ足は音を立てずに、確かな力で地面を踏んでいた。腰から伝わり両手に込められた力は余す事なく刀に宿り、目の前の敵を倒す力になる。

 その一撃は鬼の胴を薙ぎ払い、身体を上下に分けた。

 裂け目から炎が漏れる。京士郎はそれを肩越しに見てから、刀を収めた。

 吹き抜けた風は鬼の残り火を揺らす。京士郎はそれを見て、どことなく虚しい気持ちを覚えた。

 辺りを見れば、村人が集まっている。これだけの騒ぎ……鬼が出てきたのだから、当然だろう。平和にすごしてきたこの村からすれば、青天の霹靂だ。

 戦いを終えて、思考は冷静だったが、気持ちが落ち着いてきてしまっていた。どうもこの雰囲気は慣れない。

 これは村を荒らす獣を退治するのとは違う。鬼という未知の恐怖が突然現れて、この村を狙い、それを村に忌み嫌われている者が倒してしまった。

 彼らの奇異なものを見る目に、京士郎は何も感じない。それを見て、そして目を逸らした。


「ちょっと、どいて!」


 聞き慣れない声。しかしその声は群衆の中でもひと際目立つ声。


「京士郎!」


 いきなり呼び捨てか、と京士郎はその少女を見て思った。

 上等な衣服に身を包んでいるその少女は、志乃だ。やはり、多くの人に埋もれながらも、その外見は際立っている。


「みなさん、離れてください」


 志乃はそう言うと、京士郎の前に出てくる。京士郎の身体を上から下まで確認するように見ると、驚いたような顔になった。

 次いで、志乃は辺りを見て、鬼の残り火を見ると、その前に何かを撒いた。白い粉、恐らくは塩だろう。塩は腐ることがなく、また食物などが腐るのを防ぐ浄化の力があるという。京士郎は塩による魔祓いはできないが、志乃はできるようだ。もしかすると精山はできるかもしれない。

 それからいくつかの文言を唱える。京士郎はそれを上手く聞き取ることはできなかった。少なくとも聞いた事のある文句ではなかった。

 炎は落ち着いてきて、すぐに消えた。志乃はそれを確認して立ち上がる。そして京士郎の前に立ち、集まってきている村人の方を向いた。


「これでもう大丈夫です、もう心配はいりません」


 そう言うと、村人たちは安心したのか、今度は協力して崩された家屋へと向かった。残骸となってしまった家屋を撤去し、怪我人を運ぶ作業が始まる。

 京士郎はそれを見て、一瞬手伝おうかとも思ったが、上げた手を止めた。それを彼らが望んでいないような気がしたからだ。


「京士郎様」


 今度は”様”か、と京士郎は苦笑いを浮かべて、志乃を見た。


「何だ、追いかけてきたんですか」

「理由もわからず突然走り出せば、気になるのも仕方ないと思いますが?」

「……違いない」


 だが、信じてくれるだろうか。嫌な感覚を感じたから走り出しただけなどと。

 京士郎は志乃にそこまで気を許したわけではないし、そしてあの時の感覚を説明できるほど口が達者ではない。


「とりあえず、帰りながら話しましょう」


 京士郎はそう言って、身を翻した。背中に村人たちの視線をわずかに感じたが、気にしないことにした。


「鬼が来るのがわかったのですか?」


 志乃もまた、京士郎が走り出した理由に見当がついていたようだった。「ああ」と京士郎は頷く。


「そちらこそ、よくここがわかりましたね」

「ええ、私とて伊達に随神道を歩んでいるわけではありません。このふだが鬼の位置を教えてくれました」


 そう言って志乃は一枚、札を取り出した。実際にどのように位置を教えてくれるかはわからないが、そういう使い方をするのだろう。


「しかし、貴方はこの札によって知覚できる域よりも遠くに居た鬼たちに気づいた。それはどのような仕掛けなのですか?」

「……感覚です」

「は?」


 そうとしか言いようがなかった。京士郎にとって、あれは感覚に過ぎない。言うなれば、視界の端で何かが動き、それが気になって仕方ない感覚に似ている。


「感覚ですか……」


 志乃もまた、首を捻っていた。そういうものだ、としか言えないのが現状だ。何しろ、あの感覚は初めてだった。


「参考になりますか?」

「あまり」

「でしょうね……」


 自分でも参考にはならないのだから、他人からしてみればさらにわからないものだろう。

 京士郎はちょっとだけ笑いそうになりながら、前を向いた。円双寺へと続く石段が目の前にあった。長い石段を見て、面倒だと内心で思う。


「貴方は何者ですか?」


 志乃はそう、問いかけた。石段に足をかけた京士郎は、そのとき初めて志乃が一歩後ろにいることに気づく。

 その質問の意図を図りかねる。振り向くが、志乃の顔には何も書かれていない。


「何者、とは?」

「貴方は特別な力を持っている。そしてその力が元で村の方々は、貴方を忌み嫌っているようです。しかし、貴方は彼らを助けた。かと思えば、壊された家屋を撤する作業を手伝うわけではない。私には貴方の在り方が不思議でなりません」

「そんなことは……」


 京士郎は言われて、わからなかった。それは自然なことだからだ。力があるならば、それを使う。誰かがやらなければならないことだから鬼を討った。そして誰も望まないから、手伝いはしなかった。

 それだけのこと。それは自然なことのはずだ。だがなぜ、と聞かれるとわからない。

 何者なのか、それは京士郎が知りたいことだった。自分の出生については聞かされないまま育った。

 どうして人を超越した力を持っているのか。寺で育てられているのか。農民に生まれなかったのか。そもそも親は誰なのか。

 知りたいことは山ほどある。しかし、それは”自然”なことであったはずだ。

 志乃の問いはそれを壊すものだった。それは何故なのかと言われてしまった。


「そんなことは……」


 同じ言葉を繰り返す。しかし続く言葉は、まったく違うものだった。

 そんなことは当たり前だ。

 そんなことは俺が知りたい。

 しかし京士郎は、そう言う事が出来なかった。恐かったのだ。何が、かはわからない。

 日がすでに沈んでしまっている。直に西の空の果ても赤から藍へと変わるだろう。暗闇でも京士郎はまったく問題ないが、志乃は違う。


「京士郎様」


 志乃が口を開く。京士郎は顔を上げた。うつむいていたことに今気づいた。

 顔を上げて、京士郎は志乃の言葉を待つ。変わらない力強い瞳。精山を相手に一歩も引く事のなかった少女は、とても大きく見えた。

 志乃は手を伸ばす。そして、言った。


「私と共に、鬼を退治しに行きませんか?」

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