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第六話

とにもかくにも、ジャックは失敗した。

 何故失敗したのか。

 原因はいくつかあるだろうが、やはり一定の介入が必要であるということは一つの事実だろう。

 人間という生き物は、とにかく楽へと走ってしまう。

 私が管理する世界の者達に限らず、そういった習性はどこの世界も変わることはない。


 水が低きに流れるように、それは決して変わらない出来事なのだろう。

 ならば、助言者が必要だ。

 前へと歩いていけるように、自分の足で進んでいけるように。

 ある程度の手助けは行わねばならない。

 自分達の意志で進むのが本来は正しいが、絶大な力を得たとあってはそう易々とことが運ぶのは難しい。魂が人のまま、怪物の力を保持し続けるというのは困難極まりないのだから。


 支えを用意し、次へと備える。

 それが、賢明だろう。





 次へと思索を巡らせる。

 ある程度の一般人を選んだことで、今回は失敗したのだろうか。ごく普通の魂では強大な力に呑まれてしまい、欲望のままに振舞うようになる確率は高くなるだろう。だが、初めに選んだ人間のように断られるという可能性は否定できない。そもそも異世界トリップチートなど、本来の在り方とは程遠いものなのだ。輪廻から外されるということは、ある意味完全な孤独となりうることでもある。その状態で一時的な快楽に身を委ねてしまえば、心身共に崩れゆく麻薬に縋るようなものだ。


 そうだ。圧倒的な力に酔いしれるようになってはいけない。臆病なくらいが丁度いいのではないだろうか。自身が生まれつき与えられた力に怯え、竦む程度ならば、自分の意志で押さえ込むことも可能だろう。


 ならば、と私は再度世界を見つめた。暴力に抵抗があり、力を求めないだろう性格の持ち主。そもそも力を欲しいと思わないような人格者。死んで間もない者達から、私はそういった人間の情報を引き上げる。


 ……この女ならばどうだろうか。


 私が捉えたのは、一人の女。仕事は真面目に働き、人間関係も良好。特に誰からも恨まれることのない女だ。年は20代前半。そろそろ結婚しようかどうかという時期だろうが、これといった男性はなし。趣味は読書。特に恋愛小説を好むらしい。


 ……ふむ、この女性ならば良いかもしれない。今までの二人は両方とも男性であった。雄というのは本能的に争いを好み、力を求める傾向が強い。しかし女性はその限りではない。基本的には暴力を行わない性別なのだから、与えられた力を歪めずに使ってくれるかもしれない。


  仕事帰りに夜道を歩く彼女。突如動きを止めて、呻きながら倒れ伏す。不幸なことに、近くに人影はなく、助けてくれるものはいない。呆気なく、ご臨終。そんな人生。

 まだ若い彼女ならば、やり直しにも応じるかもしれない。ある程度は、私の意志に沿うように。

 そう思い、私は彼女を引き上げる。


 「……どこ、ここ」


 空白の空間に引き上げられた彼女は、しばし茫然としていた。死んですぐというのは大抵そういうものだ。衝撃で事態の理解が追いつかないことが多い。特に若い者達、肉体との繋がりが強い者達はそうだ。


 「ようこそ、世界の外側へ」


 「――――?誰、あなた……」


 「君たちの世界の管理者。それ以上でもそれ以下でもない。」


 「管理者……?じゃあ、何、あなた神様だとでもいうの」


 「そういう言い方をすればそうなる。」


 私がそういうと、彼女は驚いたような表情を浮かべた。


 「本当に神様がいたんだ……これから私は三途の川行きってこと?」


 「理解が早くて助かるが、君に限ってはそうではない。これから君には、生前の記憶を保持したまま異なる世界へと旅立って欲しいのだ」


 「え、何……?つまり、異世界トリップ?」


 「まあ、そういうことだ。無論、ある程度の特典は与えよう」


 「え、ちょっとなによいきなり。そういう事いきなり言われても、困るっていうか、信じられないというか……」


 前回と違い、彼女は戸惑っているようだ。考えてみれば、こういった反応こそ健常な人間の反応ではないだろうか。いきなり現れた神と名乗る存在に対し、チートをくれと要求してくるというのは、些か常識外れというのが妥当ではないだろうか。見ず知らずの者が金を渡そうと言っても、まずは疑うのが常であるように、いきなり力を与えると言われてそれに飛びつくというのは安易な思考様式だと言えよう。

 となれば、彼女にはそれ相応の常識――――言い換えれば枷ともいえるものを備えているわけだ。自身を律し、同時に縛る鎖。それは私にとって、実に都合の良いものだと言える。

 しばらく彼女が落ち着くのを待ち、私が言っていることが事実だと納得してもらう。半信半疑といった様子だったが、それならそれで構いはしない。


 「――――さて、君には理の違う世界に行ってもらいたい」

 「……理が違う?」


 「そうだ。科学が進歩し、支配する世界ではなく、それらとは違う魔術がひしめく世界。君たちの感覚で言えば、ふぁんたじーという言葉が相応しい世界だ」


 「えっと……理由を聞いてもいいかしら?」


 「構わぬ。目的は世界の救済だ」


 「世界の救済?」


 「そう、君の赴く世界には、一定の秩序こそあれ、その実態は不平等、理不尽、暴力に満ちている。人間だけでなく、異なる生物体系から進化した二足歩行生物が存在し、常にいがみ合い争いあっている。その混沌とした世界に、一つの光明を与えて欲しいのだ」


 「そ、そんな……私は聖女なんかじゃない、ただの人間なのに」


 「欲の強い人間が力を持てば、世界は崩れやすい。無関心な程に客観視できる人間の方が、存外上手くいくものだ」


 だが、彼女が嫌がるのならば無理強いはしまい。


 「君が嫌だというならば、他の人々と同じように転生してもらうだけなのだが……」


 「!わ、分かりました!お願いします!」


 「君の協力に感謝する」


 「そ、それでですね……、先ほど特典といいましたが、一体それはなんなのでしょうか?」


 落ち着かない様子で彼女は私に尋ねる。やはり躊躇いがあるのだろうか。


 「端的に言えば、成長力と理解力だな」


 「と、いいますと?」


 「一度目にしたものを確実に覚え、理解する力。何年も努力して成し遂げることを、僅かな努力で可能とする力だ」


 「な、なんだか凄い力ですね……」


 「この力は強力だ、私利私欲で用いれば大いなる脅威へとなりかねないほどにな。だからこそ、君には謙虚さと高い志が求められる」

 ごくりと、彼女が息を呑む音が聞こえた。


 「よろしく頼むぞ」


 そういうと、彼女の姿は掻き消える。なんのことはない、彼女を異なる世界へと送っただけだ。……先ほど失敗した世界へと。

 

 





 ……あれ。

 真っ白な世界にいたと思ったら、いつの間にか誰かに抱かれている感触。

 朧げな世界を見つめると、にっこりと笑みを浮かべる女性の姿があった。


 「元気な女の子よ」


 「君に似ているよ」


 なにやら喋っているようだが、取り敢えず私にもわかることがある。

 ――――本当に、転生したのだということ。

 信じられないというのが私の思い。

 でもそれと同時に確信している。生まれたばかりだというのに、私には確固とした自我がある。私は『私』だと、ろくに動かない身体であってもその思いだけは変わっていない。


 世界の救済……だっけ。


 あの時現れた神と名乗る者はそう言っていた。間違いなく神様なのだろうが、正直私にそんなものを押し付けられても困る。でも、あの人は確かに神様なのだろう。私とはひどく遠く大きな存在。そういうものであることははっきりと理解できた。理屈ではない、直感のようなもの。


 ……はあ。

 これから、どうなるのだろうか。私は思うように動かない身体で未来へと思いを巡らせた。







 まずは、一人。

 比較的大丈夫ではと、選んだ女性ではあったが実際にどうなるかは分からない。いがみ合いながらも進歩している私の世界とは違い、彼女の世界は歪なまでに暴力に満ちている。文明が発達するのを阻害するかのように満ちている魔力という力。個々が強大な力を持ち、それを人々が肯定する。暴力は称賛され、力を持って敵を打ち砕くことは栄誉とされる。殺人、戦争は疎むべきものだとしている私の世界とは大きく異なるといえよう。


 ……まあ残念ながら、私の世界においても上辺だけでしかないというのが現状だが。


 取り敢えず、大規模な戦争が起こらないようになって半世紀ほど。これはお互いに強大な兵器を保有しているために、もしも全面戦争となったならば、二度と立ち直れない程に消耗すると理解しているからだ。


 勿論そうなれば困るだろう。金儲けができなくなるから。

 戦争によって現在の地位を手に入れた戦勝国と、その傲慢さによって生まれた秩序。一見平和だが、それは不平等と格差によって生まれたものでしかない。貧困は悪意を生み、悪意は暴力を駆り立てる。そしてそこにつけこむのが武器商人だ。勝者とは、暴力によってなったもの。ならば、暴力が存在しなければ現在の秩序を維持できない。その暴力は大きすぎてはいけない、だが小さすぎてもいけない。適度に制御できる程度が最も都合が良い。


 格差というのも大事だ。富は一点に集中させるほうが扱いやすい。いざという時に素早く利用できるのだから。

 貧困というのは、当事者でなければ実に都合がいい。自分達よりも低い存在がいると分かっていれば、精神的に安定が得られる。人道支援という名目で援助を行えば、イメージアップによって企業の評価が増す。それによって遠回りとはいえ利益も上がるだろう。本当に改善させたいのならば、技術支援をするべきなのだ。徹底的に行えば豊かさが生まれる。そうすれば仕事も増え、貧困を駆逐できる。貧困を消せば、自然に犯罪も減るだろう。


 先進国と呼ばれる国では失業率が五%だ六%だと騒ぐが、後発発展国では夢のような話しだ。地域によっては失業率が八割を超える地区が存在し、強盗や殺人が多発する。しかも異常とも言えるのは、困窮した状態であるというのに銃だけは安く出回っている。引き金を引くだけで人を殺せる武器の存在は、容易く殺人という手段に抵抗をなくす。元より失う物のない存在ならば、自分の命も容易く投げ出すのだ。そうして世界最悪の都市と化しても、ひと握りの金持ち達は警備を雇って安全を得るのだから見知らぬ振りをする。他の国にとっても都合が良いので放置が続く。そして争いによって人々の心は荒んだままとなる。


 それでも、全体としては向上しているのだ。これ以上を望むなら、集団として国家を一つにまとめ上げる者がいなければ難しいだろう。だがそれは、押し付けられるものではない。その地域に生きる者達が自ら変わる意志を持たねば意味がない。だから、私は待ち続けている。変化する、その時を。


 ……しかし、こういった考えは欺瞞なのかもしれない。そう考える私がいるのも事実だ。私は自身の考えを間違えだとは思っていない。だが、こうして前回の記憶を保持させ、優れた力を与えて生まれ変わらせているのだ。私が行なっている行為は、私自身の考えを否定するものでしかない。強制されているという免罪符こそあるが、それは本質を誤魔化す欺瞞でしかないだろう。


 ふと思う。仮に、私が新たな世界に送った女性が世界を平和に導いたとしたら、それは正しいと言える行いなのだろうか。正義というものは、一人一人異なるものだ。それぞれが別個の意志を持つ人間ならば、なおさらだ。彼女にとっての正義が、他の者達にとって正しいものだとは限るまい。あの世界には、人間以外の種族が数多くひしめき合っている。そして、お互いに憎み合っている。それでも共通しているのは、人間が憎いという点だ。全てではないが、大半の種族が人間を憎んでいる。


 自分達の種族こそ至高の存在であるというのは、大抵の人間が支配する国において当然の考えとして認知されている。何を根拠としてそういった考えを浸透させているかは様々だが、他種族と対等であるとしている国はそう多くはない。文面上は平等と謳っていても、実情は異なるというのは良くあることだ。私の世界において、人種間の平等を唱えても、白人と黒人の間に隔絶したものがあるように。


 人間達が、自身だけが素晴らしいと考えるような世界に生まれた者が、果たして世界を導けるのだろうか。常識というのは恐ろしい。これが当然だと、幼い頃に刷り込まれてしまえば、それは容易には外れぬ楔と化す。亜人達は存在が誤りだというような考えを教え込まれてしまえば、それを当然と考え、その考えに沿った正義を行うかもしれない。その正義が何を為すのか。少なくとも、私の理想とするものとは程遠いことは確かだろう。


 ……やはり、放置は危険だろう。私という得体のしれない神からの言葉がどれだけ受け入れられるかは不明だが、介入する必要はあるはずだ。少なくとも、周りから一定の評価を得られる状態には導かねば。

 そう思い、私は空白の世界から色彩溢れる世界へと道を開く。本来異なる位相だが、彼女の干渉によって私の観察は実に容易い。そうして、私は転生した女性への干渉を行おうとして――――







 怯えと、嫌悪が混じった視線。それが今日も私を突き刺す。屋敷で働いている人は愚か、私を生んだ両親もまた、化物を見るかのように私を見据えた。

 内心嘆息しながら、私は仕方がないと諦め続ける。

 そう、仕方がないのだ。私のような化物は、恐れられて当然だ。

 生まれた頃から意志のある私は、赤ん坊だというのに泣いたことがなかった。それだけならばおとなしい子で済んだのかもしれないが、私には明確な意志が、精神が存在した。これの与える影響は、明確な違和感。


 私を可愛がってくれたのは、ごくわずかな間だった。始めはおとなしい子だと思われていたようだが、次第に不気味な存在であると思われるようになった。

 幼い子供には、純粋さというのがある。瞳を見れば分かるだろうが、そこに見えるのは澄んだ色をした綺麗な双眸。無知という名の無邪気さと言い換えてもいい。幼さ故に無邪気、そして純粋。それが子供に与えられた特権。


 そして大人達は、それを理解しているからこそ可愛がるのだろう。かつて自身が持っていたが、既に失ってしまったもの。今では持つことは叶わないし、望みもしないだろうが、それでも憧憬の火は消えない。だからこそ、人は幼子を可愛がる。

 だが、私にはそのようなものはない。あるのは過去の残滓の理性と人格。ただの搾りかすのようなものだ。


 『私』という人間は、既に死んでいる。だというのに、その意識だけは明確に存在する。その異常性が私の瞳に表れる。


 昔みた聖人の画の不気味さを思い出す。聖母に抱かれた赤ん坊が描かれたものだが、見た瞬間に違和感を感じた。何故ならその赤ん坊の目つきといい、顔立ちといい、とても子供のものとは思えなかったからだ。

 その理由としては、神の子であるこの御方が無知であるはずがないというものだっただろうか。

 私も同じだ。きっと、あの時に見た画のように不気味な顔を浮かべているのだろう。


 「……お嬢様、お食事をお持ちしました」


 ノックと共に、侍女の呼びかける声がする。分かりましたと告げる。侍女は失礼しますと言うと、足早に去っていった。

 扉を開けると、横に設置された棚と、その上に置かれた食事。固いパンと牛乳、チーズに小盛りの野菜。

 それを私は手にとって、部屋で食べる。パンは固いので牛乳に浸さなければ食べられたものではないが、その他は新鮮で、以前よりも美味しく思う。自然の香りとでもいうのか、何ともいえない深みを感じた。

 ふと、部屋を見渡す。椅子と机、それにベッドしか家具のない、殺風景な部屋。せめてもの慰みと言えるのは、部屋の隅に散らばる本の山程度だろうか。


――――自然と、人と話すことが減っていった。相手から気味悪がられるようになった私は、殆ど部屋から出ることもなくなった。貴族の家柄らしいこの家には、何百という書物が保存されており、私はそれらに没頭した。


神様の加護とやらは、恐ろしい程に私に力を与えた。嘗ての言語を習得したままだというのに、見聞きすれば、その内容を理解できる。始めは分からずとも、しばらく聞いていれば意味を把握することができた。以前聞いたことと組み合わせ、私は様々な情報を瞬時に把握、推測し、自身のものとすることができた。


 書物も同じだ。一度文字を覚えてしまえば、後はただ深めていくだけだ。スポンジが水を吸い込むように、私の頭脳は容易く全てを吸収していった。しかもこの頭脳、決して忘れることがない。吸い込んだ水を決して逃がしはしないのだ。一度見聞きしたことは、今現在のように思い出せる。


 それほど大した記憶はないが。


 この身体に生を受けて五年。既にその頭脳は、無駄に達観したものと化していた。五歳という身に余る、異常なまでの頭脳。そしてその精神性。

 私の身体と精神の乖離は、誰の目から見ても異常なものだった。家族から軟禁状態にされる程に。私にとって、この世界は苦痛だった。生まれてきて、その異常性に怯えられて、恐れられて。それに私は誤魔化せる程器用でもなく、強気に出るほど感情的でもなかった。

 ただひたすら、申し訳なかった。本当ならば、祝福を受ける筈の赤子だというのに、私のような異物が紛れ込んでしまって。

 私が、家族の幸せを奪ってしまった。私が生まれた時、あれほど嬉しそうな表情を浮かべていたのに。今では、喧嘩の声が絶えない。時々私の部屋にまでその怒号が響き渡る。


 ……私のせいだ。私が生まれてしまったから皆がこれほど苦しんでいる。


 どうして、転生なんてしてしまったんだろう。

 こんなこと、実際にあったら上手くいくわけがないのに。

 私のように化物と言われて終わりじゃないか。

 いいないいな。小説の中の主人公は。どうしてあんな簡単に溶け込めるんだろう。どうしてあんなに幸せでいられるんだろう。人間って、自分と少しでも違うと拒絶する生物じゃないの?なんでああして家族と過ごせるの?どうして友達や恋人ができるの?


 ……もう嫌。どうして、私だけがこんな目に――――

 



 ◇




 「いやぁぁあああああ!!」


 ああ、まただ。

 甲高い、幼子の絶叫が辺りに轟く。割れ響く鐘のようにけたたましく。


 「お嬢様が、また騒がれているようで」


 老境に達したと一目でわかる女性が、疲れたようにポツリと呟く。


 「……」


 そうですねと頷こうとするも、身体は言う事を聞かなかった。言葉もでなかった。頷くことすらできない。

 そもそも私には、何もいう資格はない。自らのお腹を痛めて産んだ子だというのに、遠巻きに見ているだけしかできないのだから。

 言い訳だということは分かっている。だが、怖いのだ。自分が、何か得体のしれない者を生み出してしまったということが。

 生まれて数日の内に気付いた。この子はおかしいと。その瞳には、言い様のない違和感があった。


 しばらくして気付いた。これは、子供の目ではないと。もっと別の、いや例えるなら大人のような目つき。理性のあるものの目だと気付いた。

 私の考えはすぐに正しいと分かった。ろくに泣くこともなく、じぃっと辺りを見渡すその姿は、何かを観察しているとしか思えなかった。


 半年もせずに、言葉を発した。一年もせずに、流暢に話すようになった。

 二年もせずに、文字を覚えた。

 生まれて四年で、家中にある本を読み漁り終えた。

 誰が教えるのでもなく、勝手に覚え、行動に移した。

 恐怖が、私達を覆った。何か異様な存在が、私達の中にいることは恐れ以外の何物でもなかった。


 ――――化物。何度そう叫ぼうと思ったか数え切れない。


 それを辛うじて抑えるだけで限界だった。離れ家に置き、食事と書物を与えるだけしかできなかった。

 そのうちに、叫び声が聞こえるようになった。なんの叫びなのかは分からない。ただ、恐ろしくて、私達には何もできない。

 何を考えているのか、私には分からない。何を思っているのか、私には分からない。

 いなければよかった。

 その言葉だけが、私の脳裏にこびりついて離れなかった――――


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