第四話
「いやぁ、すまんのぉお主。間違って殺してしまったんじゃ」
「えっ!そんな。責任とれよ神様!」
「いやぁ、本当面目ない。生き返らしたいところなんじゃが、お主の世界で人が生き返ったら大事になってしまうじゃろう?そこで、どうじゃ。別の世界に転生してみる気はないかね?勿論お詫びとして、好きな能力も与えてやろう」
「えっマジで!じゃあ俺、王の財宝と、無限の剣製と、斬魄刀と、念と、魔力SSSと、作中に登場した全部の悪魔の実の能力と、一方通行のベクトル操作と、何でも無効化する右手と、空想具現化と、写輪眼と、白眼と、それから、それから……」
「うむうむ、わかったぞい。その願い叶えてやろう」
「よっしゃあ、サンキュー神様!」
「うむ、では楽しんでこいよ」
突如、穴が開き俺はその中に吸い込まれていった。
よっしゃぁ、やってやるぜ!
◇
……なんといえばいいのだろうか。
つくづく、感想を述べるに困る文章である。
私は、権兵衛が喋っていた内容を確認することにした。取り敢えず送り出しはしたが、青年が喋っていたものがどのようなものなのか確認する必要はあろう。
悪魔の実、斬魄刀、念。
聞きなれない言葉ではあったが、調べるのは容易だった。極東の経済大国と認識されている国家――日本において発達している漫画という文化において、良く話題になるものらしい。
戦争がなくなれば、自然と人々は文化の成熟を求め始める。そうではなく、逆に権力を集中し、独裁を図るために他国に戦争をふっかける困った者達もいるが、まあ大体はそうだ。より良く人生を送るために、自己実現の欲求を満たすためにか、人々は思いのままに創造性豊かな活動をしだす。それは私にとって、実に良いことであった。
平和的な世界は素晴らしいが、ただ争いがないのでは、人間という生物は根っこから腐り落ちていく。しかし、戦争ではお互いに消耗が激しく非合理的なのだ。少なくとも、民主的な国家では。
そうなると、その代替的な手段として文化の成熟がなされる。勿論これだけのためではないが。
まあとにかく、人類は幸福を求めるために漫画という文化を生み出している。そしてその中でも有名なものとして上記の三つがあげられる。人類が生み出した相互連絡手段の一つ、インターネットで調べると、色々ありすぎるのだが、権三郎にとってはこれらが脳裏に浮かんだのだ。取り敢えずは、これらが有名ということにしておこう。
そして、これらを調べているうちにネット小説という存在に私は気付いた。商業的に出版される小説とは異なり、利益を求めるものではない、言ってしまえば趣味で作られた物語のことだ。個々人が独自の感性により、好きなように作った小説であるから出来の程度はそれぞれであるが、中には非常に優れた作品も多いという。
……最も、私が調べた限りでは露骨に自身の鬱憤を晴らすために書いているかのような印象を受けるものが多かったが。
そんな、ある意味ストレス発散のためのものとも言えるネット小説は、大きく二つに大別できる。
一つはオリジナル――つまりは自分で考えた世界で活躍する人々を描いた一次小説。
もう一つはSS――、自分ではない、誰か別の作品を基に新たな物語を描きだす二次小説のことを言う。
先ほど述べた、悪魔の実、斬魄刀、念といったものが絡んでくるものは二次小説に当たるだろう。例え世界がオリジナルでも、こういった原作ありきなものでは二次小説の類に分類されるようだ。
こういったネット小説にも幾つかのジャンルがある。商業用の様に、純文学から大人向けまで、幅広いものが存在している。その中でも一際隆盛を誇っているのはファンタジーであり、次点に恋愛であろうか。
恋愛に関しては、除外する。私にとってそれは、一時の気の迷いであり、その気の迷いをこじらせた者の結実が恋愛であるに過ぎないからだ。
人は、自然に増えてくる。何らかの要因で間引かれることがない限り。私の世界を見れば一目瞭然だ。一つだけ恋愛ジャンルのものを読んでみたが、『ぽかっ、あたしは死んだ』という文章に特に何かを思うこともない。結局の所、私にはそういったものに興味がないようだ。
――――さて、本題だ。
ネット小説の中で私が興味を持ち、さらに人間の間でも台頭しているジャンルがファンタジーである。意味は幻想。存在しない世界を描き、空想の世界を楽しむという意味だろうか。その中において、神様転生というものがある。
そう、一番始めに載せた文章である。あれは、私があまりにも露骨にすぎると思った文章の一部だ。
神様がうっかり、または誤って死なせてしまったお詫びに何らかの特典を与え、その力と死ぬ以前の記憶をもって新たな世界、すなわちファンタジーの世界へ転生、または転移させるというものだ。そうして手にした力をもって、人間は思いのままに人生を歩んでいくというものだ。
……なに、どこかで聞いたことがある?
気のせいではないか。そのような戯けた話しを、君たちは見たことがあると?
……いや、認めよう。彼女がしていることにそっくりであると。
私はこの事実を知った時、ひどく驚いた。10の36乗の世界を束ねる彼女の享楽と同じことを、文章という形で多くの人々が書いているのだ。一体、何の冗談かと。
だが、調べれば調べる程疑惑は確証へと変わる。大量の人間が、どこかで見たようで、そうでないような話しを描いているのだ。手を変え品を変え、神様の雰囲気、態度も様々だが、何かしらの特典を得て転生をするというものを書いている。これは異常事態である。一体なんの冗談で、彼女と同じような娯楽を楽しむものが私の世界にも大量にいるというのか。
「何故って、それが人間だからに決まってるじゃない」
彼女は、いつのまにか私の横にいた。
どこから持ってきたのか、上品そうなテーブルと椅子にを用意し寛ぎながら。
「人間だから、ああして途方もない欲望を得るの。でも、実際には想像したとおりに行動できる筈がないでしょう?だからああいう形で欲望を吐き出しているの。まあ、ガス抜きのようなものよね」
私は彼女の顔を見た。
彼女は、とても楽しそうに笑みを浮かべていた。
「あなたが……」
干渉したのか、という疑問を彼女は右手で制した。
「その質問は無意味よ。私が干渉したのか、それとも私が彼らの真似をしたのか。それを問うことは卵と鳥のどっちが先かを問うようなもの」
「だが、しかし……」
またしても、私の反論は為されることなく終わる。
「あなたを見ていると、とても楽しいわ。――――ええ、とても滑稽に感じる程に。人間が、自分達だけで歩んでいけると思っているのは特にね」
彼女の整った顔が、私の目の前にいた。
ねえ――と彼女は問うた。
――――どうして、私達が作った人間を信頼できるのかしら、と。
◇
私にとって人間とは、希望だ。この星系の管理者となってから、始めて明確な知性を持つ人類が誕生した。彼らはゆっくりと、しかし確実にその知性を育んでいった。
産業革命が起き、目まぐるしく風景は変わっていった。人々は日々を忙しく過ごし、義務に追い掛け回されながら生きている。
彼らは日々間違いを犯す。自分勝手で、他人はどうでもいいと思っている。目の前で人が死のうと、自分に危害がなければ問題ない。むしろ、安全ならば死は最高のショーと化す。処刑は一種のお祭りなのだ。皆がそれを見て、鬱憤を晴らす。社会をゴミを消すことで、日頃の怒りを宥めるのだ。
だが同時に、人々は、高潔である。犯した罪を恥じ、次には間違いを犯さないように対策を練ることができる。残虐なる行為に対し義憤を感じ、諌めることができる。見ず知らずの者を助けようとする気概がある。共に助け合い、手を取り合って生きていこうという力がある。
非常に、矛盾に満ちた存在だ。慈愛に満ちたその手で、他者を罵り痛めつけ、愉悦のままに相手を蹴落とす。しかし、その汚れた手で正義を為す。極めて不明瞭で、混沌とした生物、それが人間だ。
憎しみ合い、痛み合い、苦しみ合いながら人間は歩みを進めている。その道のりは険しかった。いや、今も険しい山を登っている。
民族、国家、宗教、歴史。様々な差異が多様性という豊かさを生み、同時にそれは争いという火種を生んだ。火種は憎悪という火薬庫に引火し、さらなる憎しみの連鎖は広がる。
しかし、それと同時に争いを断ち切ろうという動きも高まりを見せている。憎しみを水に流し、互いに怒りを忘れ、前へと進んでいこうという繋がりの輪も着実に広がっているのだ。
それが経済的利益の追求だとか、戦争がもたらす利益が損害を上回るとか、そういった考えもあるだろう。だが、それでも争いを止めるという動きは広がっている。
私の世界に、明確に指針を示す神はもはやいない。こうすればいいと、誰にも明らかなものはいない。
彼らはそこにいるが、ただ静かに見守っている。
私のように、人間達の行く末を。
私は信じている。人間達が自分達の力で、高潔な意思を持ち、胸を張って羽ばたいていける世界を。
だから――――
と、私は千里眼を開いた。
私が力を与え、新たな世界に羽ばたいた権三郎。君は、その強大な力を、高潔な意思をもって扱ってくれ。
そして、平和へと世界を開いてくれ。
そうして、世界が私の脳裏に移り――――
「ヒャッハー!!今日も大量ですなぁ頭!酒も女も取り放題!あんたについていって正解だったぜ!」
「はっはぁ!!そうだろうゴンザレス!俺には神様の加護がついてっからなあ!何をしようと上手くいくのさ!」
「流石っす兄貴!誰にもできねえような恐れ多いことを平然とやってのける!そこに痺れる憧れるぅぅぅぅぅぅ!!!」
……むうん。