第三話
私には近代民主主義が築いた人権というものがないことが判明したわけだが、例えそれがあったとしても、私には異世界トリップチート勇者を生み出すという役目が押し付けられている。故に、私は次なる者を選定しなければならない。
……全く、貧乏暇なしとはいうが、神様暇なしでもあるのか。残念なことである。
とはいえ、早く行動に移さねば彼女が怒り狂って私に襲いかかってくるかもしれぬ。そうなってはいけないので、私は千里眼を用いて再び箱庭を覗き見た。
あいも変わらず私の作った世界は雑然としている。中途半端に発展した文明を生きる人々は、大量の石油を用いて繁栄を謳歌している。それがつかの間のものであると知りながら。
石油というのは、長い年月をかけて生み出されたものだ。優れた燃料ではあるものの、大量に吐き出された二酸化炭素は着実に大気を暖め、いずれ大きな災厄を招くだろう。
それだけではない。私の箱庭の支配者たる人類は、自分達の発展のために大量の自然を削り、今まで維持されてきた生態系を崩し、大量の資源を採取している。人間達の行動によって大量の生物が殺され、今もまた命が奪われている。
牛や鶏、豚といった種族達は家畜――動くタンパク質製造装置と化し、止まった時の中を一つの種族として生きていくことを選んだ。その結果が現在の繁栄である。
人間に認知された種族としては、最も数を増やし、栄えたものであると言えるだろう。
……とはいえ、家畜種族を見ると私は複雑な気分になる。
何物からも解き放たれた存在は、私の箱庭にはいない。
彼女の世界にはそういった、『チート』と言われる存在を、むしろ積極的に持ち込んでいるようなきらいがあるが、私はそれを許容しなかった。何かが絶対的に支配しているような状態は、良くはないと考えたのだ。上に絶対的なものがいると、生物は歩みを止めてしまうのではないか。特に知的生命体がそういった状態に置かれることを、私は否定した。
……神が実際に目の前にいて、明確な意思を持ち人間達に干渉する。それが良いとは思わなかった。
彼女の世界ではそれが常態化しており、人々はその意思に従っていた。神の下に人間はおり、人々は神に従うことで幸せになれる――そう、多くの人は信じていた。
しかし、彼女はそれ程単純な世界を望まない。
地域ごとに支配する神を分け、さらに心情に相応しい神々を産み落とした。
そうして、人々は自分達が信仰する神々を敬い、崇敬の念を込めて祈った。それ自体は素晴らしいものだ。祈り、人々の精神の糧となるそれは、困難な状況を打ち破る希望となるものだろう。
だが神々の存在と、それによって生じた考えの対立、それに乗じるように乗り込んできた経済的な差が争いを生み出した。
神とは、精神的支柱だ。
自分達の神こそが絶対に正しい。なればこそ、戦わねばならない。
自分達こそが正しいと、証明しなければならない。
相手を討ち滅ぼしてでも。
私自身が言うのも妙な話しではあるが、神とは麻薬に近い。
その存在が、幸福感を与える。
自分が生きるべき、道標を示してくれる。
何も考えることもなく、だ。
為していれば、それでいい。
なぜならば、神が認めているからである。
……私は、それを家畜と同等であると考えた。家畜は、生まれた頃より餌を与えられ、住処を拘束される。外を見ることもなく、ひたすら決められたように餌を与えられ、寝て、屠殺される。
これは、神による支配が施された人間と同じではないかと考えた。
神という存在が全てだと思い、盲目的になる。
自分の仕える神こそが正しいと信じ、神のために生き、神のために死ぬのだ。
……一体、家畜と何が違う。
今でもそうだ。
干渉を止め、宗教の力が弱まってきた現在。
神の力が弱まっても、人々は自ら作り上げた社会の枠組みに囚われる。
幸せを願って生きてきたはずなのに、人々は自ら作った枷に囚われ苦しみ続ける。
目の前にあるものを――体制でも、社会でもだ――、当たり前だと思い込み、それを当然だと受け入れる。
そうではないのだ。
皆が、確立した意思をもって欲しい。
それは、決して自分勝手に肥大したエゴではなく。
皆が幸せになるにはどうすればいいかという、確固とした意思を。
これは可笑しいと気付き、これは違うと唱えることのできる力。
偏見を持たず、自分の意思で前へと進んでいけるように。
「はいはい、正論乙~」
突如、背後で声がする。
「……いたのか」
私は後ろを振り向いた。
何も気づかせることなく、彼女は私の背後を取れる。
容易く私を消し去る程の力を、何ら感じさせることもなく。
「そりゃあいるわよ。あなたがどうするかちょっとは気になっているんだから。でもねぇ、なぁにその考え?あなた、他の連中がその考え聞いたら大笑いされるわよ。『はいはい、ワロスワロス』ってね」
「……私がどう考えようと、それは私の自由のはずだ。考えまで、あなたに左右されては困る」
そう言うと、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「ふ~ん、まあいいんだけど。それはそれで楽しいし。――――あ、別に誰を選ぶかまでは干渉する気ないから。あなたの思うようにしてね」
じゃ、と彼女は再び姿を消した。
……なんとも、いやらしいことである。
私のことを監視し、強制させておきながら、選ぶ人間は私の自由だと平然と言うのだ。自由も平等もあったものではない。
とはいえ、自由にしていいというのだ。ならば、私の好きなように決めよう。なるべく温厚で、自身の得た知識や技能を平和的に人々に伝え、社会全体を発展させていくような、そういう優れた人物を探すのだ。
よし、と私は気合を入れた。
彼女の混乱した世界を、私の選んだ勇者が平和と発展の道へと導くのだ。それは少なくとも、悪いことではないだろう。
◇
しばらく人を探す。
全てを調べてもキリがないので、死を間近にした人間に限定することにする。そうして全体を俯瞰しながら、個々を調べるのだ。
人間では頭脳の容量的に不可能であろうが、私の箱庭は、言ってみれば私の半身。行うのは容易い。
その結果、私は一人の男を見つけた。
名は……まあ、仮に権兵衛としておこう。
交通事故でなくなった男だ。
調べてみれば、男は今までに様々な国でボランティア活動をしていたという。海外に興味があり、人々のために働きたいと願い出ていたそうだ。
その活動は精力的で、周りからの評価も上々。
実に模範的な学生だという。
……うむ。
これならどうだろうか。
権三郎氏は十分に生き、何も未練はないからこそあのような態度を取ったという面がある。
だが彼は未だ若く、十分に天寿を全うしたとは本人も思っていないだろう。人生に不満がある可能性は高く、故に記憶を保持したまま転生することにも意欲的になってくれるかもしれぬ。
そう思い、私は彼を呼んだ。
やはり始めは驚いていたものの、やり直すことができるという点では同意した。喜ばしいことだ。――――だが、そこからが私の理解の外にあった。
「――――で、神様。私はどの世界に転生させてくれるのですか?やっぱりなのは?それとも型月?いや、もしかしてマヴラブ?ってことは、やっぱり何か凄い特典つき?やっべー、マジ興奮してきたわ。いや、そろそろ連載再開するっていうから、まさかのハンターハンター……」
……一体、何を言っているのか良く分からない。
勝手に話しだしたと思ったら、あっさりと口調も崩れているし。
本当に大丈夫なのか、少々不安を覚えないでもない。
とはいえ、やはり突然の事態のなので精神的に不安定なのだろうと思うことにした。
「……君が向かう世界は、剣と魔法が支配する、現代でいえば古代から中世にかけての文化レベルの世界だ。魔法という、君がいた世界の物理法則とは一線を画した法則が台頭し、魑魅魍魎が蔓延る危険な世界でもある。君は自分に与えられた名誉と責務を十分に自覚し、与えられた役目を果たすべき誠心誠意邁進し……」
「あー、オリジナル世界か。まあいいや。なあ神様!チートは?チートは何くれんの!?やっぱ王の財宝とか、無限の剣製?それとも魔力SSSとか!?」
「……君が努力を怠らなければ、皆から英雄、大賢者と呼ばれる程に至るだろう素養を与えよう。どのようなことについてもだ。君は生まれながらにして、才能溢れた神童としてもてはやされることだろう」
我ながら、破格とも言うべき特典だ。
だが、彼女の混沌とした世界に秩序を導くのは、それなり程度では駄目だ。
人類の最高位に辿り着く程の素養がなければ。
「だがこれは、素晴らしいようでいて実に危険なものだ。幼い頃からの優越心は、肥大したエゴを生みやすく、故に努力を怠りがちだ。だからこそ君は……」
「えー!?チートないのかよ!普通あるでしょ!?もっとすげえの!」
彼の発言に、私は驚きを隠せない。
……一体何が不足だというのか。
「何か、もっと、こうさ、あるでしょ?悪魔の実の能力とか、斬魄刀とか。念とかさ。すげーの」
すげーのと言われても、私には分からない。
何を意味した言葉だろうか?
察するに、何か強大な力のイメージがあるが……
「君が望むならば、何にでも慣れるだろう。戦士、魔術師、僧侶、騎士。権力者としての帝王学も、砂が水を吸うように受け入れ、自分のものにできよう。天は二物を与えたどころではない。これ以上望むものなど、なんだというのかね?」
そう私が言うと、彼はがっかりとした顔をした。
「俺たちの神様は、そういうのに興味なし、か……いや、まあいいや。じゃ、神様、わかったそれでいいよ」
「……うむ。君は、青年海外協力隊として、数多くの国で貢献してきた。その活躍を生かして欲しい」
そう言って、私は彼を彼女世界へと送った。
しばらくすれば、輪廻の中でまた再び人間として生を受けることだろう。
「……ふむ」
それにしても、彼はいったい何を言いたかったのだろうか?
すこしばかり、調べてみる必要があるかもしれない。