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第一話

「異世界トリップチート?」



そう、私は問うた。


「ええ、異世界トリップチートよ。正確には、最後に勇者という単語を付けたのが正しいのだろうけど」


私の問いに答えたのは、若い人型の姿をした者だ。

白晰の肌に黄金色のふわふわした髪。

背中からは真っ白な翼を生やしている。

俗にいう、『美しい』という姿だ。


「そういえば、何度か聞いたことがあるが……それがどうしたというのかね?」


「別に大したことじゃないわ。ただ、あなたもやってみないって思っただけ。最近流行ってるのよ、こういうの」


「ふむ……」


トリップチート。


そういう言葉を最近聞くようになった。

他世界を管轄している者達が、遊興のために行なっているのだとか。

私には興味がないために、どうでも良いことではあったが。


「前から思っていたけれども、あなた真面目すぎるのよね。物理法則がどうたらって、魔法も使えない、奇跡も駄目。狭間もなるべく少なくして、今じゃ強力な獣達は伝説上の存在。あなたの世界にいるのって、科学がどうと煩くて、本当につまらないのよ。もっとアグレッシブに行きましょうよ」


そういうと、彼女――あるいは彼は、さぞ人を魅了するであろう笑みを浮かべた。

勿論、人間にとってはという言葉がつくだろうが。


「自身の管轄だからといって、無闇に介入するのはあまり好ましいとは思えんな。我々がでしゃばっていては、精神的な成長が促せまい?それでは、人間達にとってもあまりいいことだとは思えないが」


はあ――と、彼女は呆れたような笑みを浮かべる。


「……呆れた。その結果が自分の住処を自分で汚染する始末でしょう?あなたの世界、そろそろまずいんじゃなくて?人口が60億を越えて、大地は汚染されるばかり。科学がどうといって、結局対策を打ち出していないじゃない。そろそろ、あなた自身が介入しないと壊れちゃうんじゃないかしら?」


……それは、事実だった。

私の管轄下にある星域唯一の知的生命体存在惑星、『地球』は確実に蝕まれている。自我の強い私の管轄下にある人間は、自分達の思うがままに行動していた。その結果、自然を喰いつくそうが、他者を踏みにじろうがお構いなしだ。

つい最近も大規模な大戦が起き、幾多の人間達が死んでいった。

それ以来大規模な大戦は起きていないが、逆に人口が増加し、地球の許容量を超える人口が生まれつつある。


「まあ、確かにな。だが、私はそれはそれでありだと考えている。生命は私達の意思ではなく、自分達の意思で歩みを進めていくべきだというのが私の考えだ。……その結果がどうであれ」


……以前は、姿を変え、場所を変えて介入をしてはいた。

少しでも人間を良い方向へ導きたいと思ったからだ。

だが、事態は私の望むようにはいかなかった。

良かれと思い行動したが、気づけば私の行動が殺戮の免罪符となっていた。

それでもと思い努力はしたが、一度崩れたものは戻らない。

『神』は殺戮の大義と化し、世界は混沌としたものになったのだ。


現在、神の影響力は薄れたが、代わりに神の名による殺戮は減りつつある。

……今でも続いてはいるが。


「馬鹿馬鹿しいわね。相変わらず変わり者なんだから。このあたりじゃあなたぐらいじゃない?不干渉したがるのって」


「……別に、私の勝手であろう」


全く、嫌な女だ。私の弱みにつけこんで、ずけずけと乗り込んでくる。

第一、私が許可したわけでもないのだから、勝手に私の星域に入ってこないで欲しい。


「ふ~ん。それ、私に向かって言える台詞なのかしら?」


ニッコリと、いや、人間ならば天使だと言うであろう容姿に笑みを浮かべたその様は、恐ろしさすら私に与える。

理不尽なまでの、圧倒的な力。

それが、私に否応なく抗う術を失わせるのだ。


全く、世界は理不尽だ。

最底辺とはいえ、私は管理者に連なる者であるというのに、彼女と比べては蟻と象。いや、バクテリアと恐竜。それ以上遥かなまでに差が開いているのだ。


「いいから、あなたもやりなさい。異世界トリップ」


さぞ人間には良く見えるであろう容姿に怒気を滲ませ、彼女は言った。

私には、抵抗する権利も、力もなかった。




――――私が管轄する知的生命体存在惑星は一つ。それに比べて彼女は、優に10の36乗を管理する、遥か雲の上の存在であるのだから。






10の36乗を管理する存在――今は彼女となっているそれは、ころりと表情を変え、にっこりと笑みを浮かべた。


「まあ、そんなに嫌な顔をしないで。きっとあなたのためにもなると思うわ。放任主義なあなただけど、今回のことはきっとためになる。そう、私は信じているの」


大きなお世話である。

誰もあなたに頼んでなどいない。

どう考えても押し着せであるが、私には逆らうような力などない。


「あなたには、私達が干渉することの意義を知ってもらいたいのよね。私達には、箱庭をしっかりと管理する義務があるのだから。」


私には、確かに管理する義務はある。だが、それが異世界トリップなどというものに関係があるとはどうしても思えない。

別に人類が滅んだら滅んだで、それはいいではないか。

以前には、恐竜が蔓延っていたし、それ以前には水中が生命の主役だった。

時代と共に命の主役は流転する。

それが流れというものであるはずではないだろうか。


「……全く、あなたは人間の面白さを分かっていないわね。彼ら程のエンターテインメントは中々ないわよ。他の人型生物を混ぜるとさらに面白くなるけど、一番はやっぱり人間よ。あのどうしようもない程に強欲で愚かな種族は、管理さえすれば最高のショーになるんだから」


……勝手に私の思念を読まないで欲しい。

それに、もはや本音がダダ漏れではないか。

意義だの義務だのはどこに行ったのだ?


そう思うと、彼女は勝ち誇ったかのように傲然と笑みを浮かべる。


「何を言っているの?私達の行為こそが全てなのよ。正しいも正しくないも、それは私達が決めること。箱庭の子供達にはどうすることもないのよ。――――いいから、さっさと行動に移しなさい」


支離滅裂だと思いながら、私は了承した。

元より、抵抗する力などありはしない。





とはいえ、異世界転生チートトリップ勇者などと言っても、具体的に何をどうすればいいのか分からない。

故に、私は彼女に聞いてみることにした。


「え、異世界トリップチート転生勇者がどういうものか分からない?仕方ないわね。じゃあ私が具体例を見せてあげるわ!」


ウキウキと、彼女は言った。

楽しくて仕方がないと言った表情だ。


……考えてみれば、彼女の笑みというのは不思議なものだ。

本来感情などは、私達にとっては瑣末なものである筈なのに、彼女は実に良く笑う。

10の36乗などという莫大にすぎる規模を管轄するというのに、良くもまあ人間らしく振る舞えるものである。

ふむ、その原因も異世界トリップチート転生勇者とやらにあるのだろうか。


「じゃあ、とりあえずあなたの管轄する世界から適当に引っ張り出すわね」


……元より、私には抵抗する力などありはしない。

私は無言で頷いた。


「う~んと、取り敢えず選ぶ世界はオーソドックスに剣と魔法の世界よね。あなたの世界なら、やっぱり亜人がいて、魔王がいれば分かりやすいかしら?ふふっ、やっぱ王道はいいわよねぇ」


彼女は笑みを浮かべながら世界を繋げ出す。

金色の煌めきを浮かべながら、世界が繋がれ、星と星が交差する。


……私では、こうもあっさりとできはしない。

例え自身が管轄する世界であろうと、我々が存在する輪廻の外と、箱庭を繋げるのは少なからず労力を使う。

それを、別の管轄者のものへと一瞬で繋げるとは。

やはり、その存在の力は、私とは比べるのも烏滸がましいと理解してしまう。


「さて、じゃあ誰を引っ張り出そうかしら。こういうのはおバカちゃんの方が楽しいけれど、あまり学のなさすぎる屑でもつまらないし……あっ」


そういうと、彼女は笑みを浮かべる。


俯瞰するように私の管理する星が姿を現し、落下するように視界が拡大されていく。

目まぐるしく変わる景色が映るが、10秒もすると一人の少年を中心に景色が映し出される。


ごく普通の、東洋系の顔立ちをした少年だ。

少なくとも、私にはそう見えた。


「趣味はネット小説を読むこと。性格は温厚。でも最近自分は凄いのではと思っている。悪事に怒る人並みの精神はあるが、その実自分もそういったことをやって見たいという願望も……うんうん、いいじゃない!実にいい性格よ!」


だが、彼女にはそう見えなかったらしい。

私の理解が及ばぬまま、彼女は準備を進めていく。


「そのまま連れてきてもいいんだけど、やっぱテンプレは大事よね。テンプレと王道は紙一重っとね」


視線を少年に移す。

少年は深夜に道路を歩いていた。

すると突如トラックが少年に追突。

あっさりとその身体を潰れ、肉塊へと成り果てる。

トラックがその位相を変え、歩道を歩いていた少年へとぶつかったのだ。

回避しようがないものである。


……私の世界の人間だ、そう簡単に潰さないで欲しい。


「うふっ、さしずめテンプレ乙ってとこかしら?」


なにやら呟くと、彼女は周囲を白く塗り替えた。

そして私を隅へと追いやる。

……私の世界だというのに。


それからどうしたことか、彼女はその姿を幼い少女のものへと変貌させた。

どうしたのかと聞こうと思ったが、声を発するどころか、思念を送ることさえできないことに気がついた。


……私の世界だというのに。


それから間もなく。

先ほどの少年が現れた。

これはどうしたことか。

死んだ者はしばらくの時を置いて転生させるのが私の世界の規則だというのに。

彼女が関わっていることは間違いないだろうが、その目的が分からない。



「ひっく、えぐ、えぐぅ……」


彼女は泣き出す。急に顔を歪め。

実にタイミングよく、少年が気づくその一瞬前にだ。


「ど、どうしたんだい?一体、何があったの?」


少年は、驚いたように彼女を見た。

恐らく人間からすれば天使か何かのように美しく見えるのではないだろうか。

私には理解の及ばない感覚ではあるが。


「ヒック、うっく、ご、ごめんなさぁい……」


彼女は、実に愛らしいであろう容姿に、鈴が転がるように聞こえるであろう声を発した。

先ほどまでとの豹変ぶりが凄まじい。


「だ、大丈夫?何か僕に手伝えることある?」


「じ、実は……」


そういい、彼女は続ける。

誤って、あなたを事故で死なせてしまったのだと。

このままではあまりにも申し訳が立たないので、何かお礼をさせて欲しいと。

別の世界で、記憶を保ったままやり直して差し上げますと。

少年は狼狽していたようだが、「すごい、こんなことって本当にあるんだ……」と呟くと、有難うとお礼を言った。


「お礼といってはなんですが、ち~とを差し上げるのですよ」


にっこりと、べそをかきながら少女となった彼女は微笑む。

……何か、釈然としない。


「えっ、本当?!えっと、じゃあねえ……」


それから少年は、彼女から力を受け取った。

大した力である。

私の世界ならば容易く超人、もしくは悪魔、あるいは現人神とでも呼ばれかねない程の力だ。


「――――では、頑張るのですよ」


そういうと、少年は隠していた輪の中に放り込まれた。








「……ふう、55点ってとこかしらね。ちょっと、私が思っていた以上にまともだったわ」


成人女性の姿に戻った彼女が呟く。


「もうちょっと馬鹿かと思ったけど、案外普通……?それとも子供の姿だったから態度を柔らかくしていたのかしら。まあ、でも年月が経てば……」


ぶつぶつと彼女は続ける。

封じられていたものが解けたので、私は問うた。


「それで、つまりなんなのだ?異世界トリップチート勇者とは?」


そう問うと、彼女は呆れたような視線を投げかける。


「あら、まだ分からないの?比較的発達した文明の人類を引っ張り上げて、何かの力を与える。それから記憶を持たせたまま別の世界に放り込んで、観察するの。異能の力を持った、彼らの生き様をね」





異世界トリップチート勇者。


大層立派な名称だが、一つだけ分かったことがある。



――――これは、禄なものではあるまい、と。


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