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15cmの空

作者: 桜井いろは

夏休み後半


眩しい太陽がゆっくり昇る。

目覚まし時計の音が部屋中に響く。

目をこすりながらベッドから出る。

そして、いつものようにトーストを一枚食べて歯を磨く。

自分の代から変わった制服を着て自転車に乗った。


朝の風はまだ涼しい。

だが、夏には上り坂は辛い。

学校に着いた頃にはもう汗をかいていた。野球部やサッカー部は

既にトレーニングをしていた。

よくやるもんだ、と思いつつ図書館に向かった。

重たい図書館のドアを開けると、1人の男子生徒が『受け付け』と書かれた紙が貼ってある机の前にもたれて本を読んでいた。


男子生徒は、はっと自分がいることに気付いて微笑んだ。

「おはよう。」

そう言われたので当然

「おはよう。」と言った。


一見物静かに見える男子生徒は、同じクラスの図書委員で顔立ちも良く女子には人気があった。もちろんユーモアのある彼は男子からの人気もあった。

宮下悠斗みやしたゆうとという名前から『宮下くん』と私は呼んでいる。

彼も私を『白戸さん』と呼んでいる。

私の名が白戸清花しらとせいかだからだ。ふと時計を見た。


8時35分ぐらいだった。


夏休みの図書館は9時半から開放する。

しかしそれまでに図書館の掃除をしたり本の整理をしなければならない。

それにしても早く着いたものだ。


宮下くんは私の顔を見て、「もう掃除は終わらしたよ。だから後は本の整理だけだし、白戸さんはゆっくりしてても大丈夫だよ。いつもやってもらってるし。」と爽やかな笑顔で言った。

なんだか悪いなと思いつつ私はその言葉に甘えた。


さっき宮下くんがもたれていた机の上には一冊の本が置いていた。


薄い短編小説だった。

高そうな革のブックカバーに大切に包まれた本。

思わず手に取った。


とても触り心地の良いカバーだった。


宮下くんが私を見て言った。


「いいだろ。そのカバー。」

落ち着いた大人の声。


興味津々な私は

「うん!凄くいい!」

と大きく頷いた。





私の反応を見た宮下くんは「それじゃあ、うちにおいで。たくさんそのカバーがあるんだ。」

と言った。



「ほんとに!」と思わず大きな声で言った。



「ほんとだよ。」

と、彼はくすっと笑ってちらりとだいぶ使われたであろう自分の腕時計を見た。



もう9:20だった。




蝉が鳴き、ボールの音が響く。



いつものように図書館開放の時間。



時計の針の音だけが響く。


まるで外とは別世界であった。



宮下くんはてきぱきと仕事をこなしていた。



清花もいつの間にか自分の仕事に夢中になっていた。


夕方16時



開放の時間が終わった。



ぼーっと窓の外を見てる私に冷たい何かが当たった。



それはアイスだった。




宮下くんが気を利かしてすぐ下の階にある食堂で買ってきてくれたのだ。



突然頬を冷やされた私はもちろん驚いた。



しかし、宮下くんはそんな私をみて楽しんでいるように思えた。




ありがとう、と少し照れながらアイスを受け取り食べた。



口の中が一気に冷える。



窓を開けてひぐらしの鳴き声を聞きながら校庭を見た。




もう朝いた野球部やサッカー部はいなかったが陸上部が走っていた。




「足、速いなー……。」

とぽつりと呟いた。




宮下くんがこっちを見た。


「ほんとだ。速いね。」

と言った。




だが、それは今までのような返事ではなかった。


どんなに可笑しなことを言おうと優しく笑って返事をしてくれた。



私は不思議に思って、

「どうしたの?」

と聞いた。




一瞬表情が暗くなったかと思うと、すぐにいつもの明るい宮下くんになって

「なんでもないよ。」

と笑って言った。




絶対何かあると清花は思ったが、鬱陶しいとか思われたくなかったので黙ってグラウンドを見つめた。



そんな変な空気が5分くらい続き宮下くんが

「もう帰ろう。」

といつもの大人の落ち着いた声で言った。


清花は

「うん。」

としか言えなかった。




沈黙が続く。


廊下を歩く音だけがやけに響く。




「あ、そうだ!」

と宮下くんが突然沈黙を破った。




「どうしたの?」

と問うと



「今朝僕のブックカバー見ただろ?あれ、実はあと2つ、3つあるんだ。もし良かったらいるかなと思って。」


と明るい笑顔で言われたので


「もちろん!!」

と答えた。




学校から出て下り坂を自転車で一気に下る。



近くに海があるせいか、少し潮の匂いがした。



朝とは違う優しい光りと優しい風。



清花はそんな夏の夕方が一番好きだ。



宮下くんの自転車のスピードはちょうど良かった。



というよりも、合わせてくれたのだろう。



軽快に下り坂を下った後、大通りに出て住宅地が並ぶ細い道を横目にまだ先を行く。




すると商店街が見えた。



最近改装したらしく見た目はとても綺麗な商店街だった。



商店街に入って五軒目辺りに古くからあるのだろうと思わせる本屋があった。




その店は『宮下書店』といった。




「ここだよ。」

と言って宮下くんは自転車から降りた。



清花も宮下書店をゆっくり眺めながら自転車を降り、彼と一緒に店の中へ入った。




そこにはぎっしりと本が置かれていた。



最新の漫画や小説もあれば、一昔前に流行ったらしい小説もたくさんあった。




2人は店の奥にある『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた貼り紙の貼ってあるドアを開けて中へ入った。



中は今風の家で急に景色が変わった。



玄関で待っててと言われ立っていると奥から宮下くんのお母さんが現れた。



「こんにちは!」

と挨拶をすると



「あら、こんにちは!悠斗の彼女?お名前は?」



私は冷静に

「いえ、私はただのお友達ですよ。名前は白戸清花です。」

としっかりと答えた。



「てっきり彼女かと思っちゃったわ〜。ま、こんな可愛い子があの子の彼女なわけないか。それにしてもいいお名前ね。」

と楽しげに話した。


そんなことを言われ嬉しくないはずもなく

「ありがとうございます!」と笑顔で返した。




三階からブックカバーを持った宮下くんが降りてきた。




邪魔しちゃ悪いわね、とお母さんは奥に戻っていった。



宮下くんは私の目の前に立ってどれがいいか聞いた。



清花は紅色のブックカバーを選んだ。


一番美しく思えたからだ。



そして帰ろうと思い自転車をよく見るとパンクしていた。




タイヤはかなりペチャンコになっていた。




どうしようと思っていたら宮下くんが送っていくと言った。



前に宮下くんが乗り、後ろに清花が乗る形になった。



「しっかりつかまれよ。」と言ってペダルをこぎだした。




また沈黙の時間。



でも今度は嫌な沈黙じゃなかった。




清花はなんとなく

いま時間が止まればいいのに、とふと思った。



現実を忘れられるような気がしたからだろうか。




その時宮下くんはさっき「母さんに何か聞かれた?」と聞いてきた。



「えっと、彼女かって聞かれたのと、あと名前だけ。」



「彼女って…なにいきなり質問してるんだか。」



「あはは。友達だもんねー」



「うん。もちろん友達だよ。」




清花は我にかえって思った。



なんでだろう。

どうして、『友達』って言われてモヤモヤするのかな。




そのモヤモヤは数日続いた。

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