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128組の勇者達  作者: AAA
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魔族と山の麓で特訓

 空を見上げる。

 長大な山脈が視界一杯に広がった。背を反らさないと見えない頂は白く染まり、その下は茶に、更に下は濃い緑になっている。右から左まで続く山脈を覆う万年雪が眩しい。世界有数と噂されるにふさわしい姿だ。

 額から滴り落ちる汗を手のひらで拭うと、手に持った木の枝を持ち直した。手のひらの感覚は鈍く、小指一本で持ててしまいそうな枝が今は鉄の棒より重い。

 まだ、動け。まだ、残っているだろう体。

 ゆっくりと視線を下げる。ミュゲ山脈の万年雪から草も生えない高所帯を抜けて、木々の頭が生い茂る峰へ。更に視線を下げると、森が山脈を隠し、その手前に立つ銀髪の女が目に入る。

 リシェルだ。

 ピンク色の瞳を真っ直ぐこちらに向けたまま、手に持った木の棒で肩を叩いている。退屈そうに欠伸を漏らすリシェルに、俺は再度木の棒を構えなおした。

 木の棒を体の中心へ。体は右肩を僅かに前に出し、両足の感覚は狭く。つま先で立ち、膝は内へいれて軽く曲げる。腰を前のめりにして、顎を引く。


「ん、休憩終わり? それじゃ、もう一本、行ってみようか」


 リシェルが木の棒を両手で持ち、だらりと下げる。体は正面を向いたままで、無防備な姿を晒している。

 だが、その構えから俺は一本も獲る事が出来ていない。


「ああ、頼む」


 大きく息を吸い込み、体の中に活力を溜める。

 限界まで息を吸い込んだ俺は、リシェルに向って走り出した。

 つま先で地面の間を飛ぶように駆ける。少しでも地面に触れる時間を減らそうと、跳ねる様に飛び、体が浮遊感で満たされる。

 リシェルの体が大きくなる。

 後、二歩でリシェルの間合いに入る。

 俺の間合いには三歩必要だ。

 この二週間で分かった事、それはリシェルの運足が速く遠い事だ。その差はたった一歩だが、その効果は絶大だ。

 一瞬でリシェルの体が視界を埋め尽くした。

 何の予兆もなく、リシェルが距離をつめたんだ。

 すでに木の枝は振り上げられており、今にも振り下ろされる寸前だ。


「くっ」


 考えるより前に、自分の木の枝を頭上に掲げて受ける。


「いいわよ!」


 木の当る軽い音が耳とリシェルの賞賛が耳を打つ。

 それを聞いている暇はない。間合いの違いは速さの違い。俺がどれだけ先手を取ろうとしても、毎回、この振り下ろしで主導権を奪われている。

 馬鹿の一つ覚えのようにリシェルの初撃はこれだけだ。それでも四回に一回程度しか防げない。

 そして追撃が来る。

 こちらの枝の上を擦るように枝を引き、左下からの切り上げ。

 防ぎたくても腕は動かせない。リシェルが枝を引いた時、こっちの枝を押して腕を体に密着されたからだ。

 腕が無理なら、体を使え。

 膝の力を抜き、上体を沈ませ、腰を捻る事で、俺は枝を切り上げの軌道上に持っていく。

 手が衝撃で痺れた。


「上手い、上手いっ!」


 くそ、余裕ぶりやがって。実際、余裕なんだろうけどよっ!

 心の中で毒づき、俺は力を抜いて曲げた膝に活を入れて伸ばす。肩からリシェルに体当たりを食らわせる為だ。

 体当たりしたら、そのまま強引に枝を振え。一撃入れて、主導権を取り返す。それしかない。

 リシェルの剣は攻防一体の剣だ。先手で相手を追い立てて、かわされればその勢いを反動に、受けられれば相手の剣をガイドにして、すぐさま次の一撃へつなぐ。一見大振りに見えるが、その隙は驚くほど少ない。

 ヒルデルカレベルなら簡単に防げるんだろうが、俺にはそんな技量はない。こうやって、相手の間合いの内に入って、強引な攻撃を繰り返すしかない。

 リシェルの小ぶりな胸に、俺の肩が当る。


「えっ?」


 戸惑いの声と共に、リシェルの体勢が崩れた。

 ミスったな。チャンスだ。

 大きく後ろに体を反らすリシェルに、足首の力だけで飛び掛る。振り下ろそうとしていた腕を強引に修正。突きへ変更。

 俺の突きがリシェルの胸に向って吸い込まれるように伸びていく。

 やった。

 初めての勝利に笑みが零れる。


「なーんて、ね」


 俺の笑みをあざ笑うように、リシェルが視界から消えた。

 渾身の突きは宙を通った。

 背筋が寒くなった。

 両手が熱を持つ。

 視界の外で、ワルツのように回りながら俺の後頭部に一撃を加えようとするリシェルが視えた。

 俺は前に転がるように逃げるが、間に合わない。

 僅かに下げた後頭部に軽い衝撃が加わり、グリンが声を上げる。


「一本、そこまだ」


 俺はその場に跪いた。枝を手放し、激しく上下する胸を押さえる。

 わずかな時間しか動いてないはずなのに、胸の奥が痛くて、息が荒れる。


「ん、それじゃ、特訓はこれまでね」


 対するリシェルは汗一つ、かいていない。


「も、もう一本」


「止めておけ。明日からミュゲ山脈に入る。それ以上の体力消費は足手まといだ」


 声と共に、後頭部に水をかけられる。

 あー、冷たくて気持ち良い。

 もう、明日からミュゲ山脈か。ここからが本番だな。

 聖女巡礼が始まってから二週間、行商人の三倍の時間をかけて俺達はミュゲ山脈の麓まで到着した。

 聖女巡礼中、リシェルやグリンと話し合った結果、魔族の過激派が聖女様を襲う場所はミュゲ山脈である、と言う結論になった。

 ミュゲ山脈の街道は、左右を切り立った崖で覆われた箇所が多い。元々急な斜面が多い山に、強引に緩やかな街道を作るため、山肌を左右に割ったんだ。その為、一番広い箇所で十五、六人が肩を並べて歩ける位しかない。

 つまり、展開できる兵力に限りがある。

 そして、聖女様を誘拐に来る魔族の過激派は少数精鋭のはずだ。魔族との戦争の前線とラルネまで、国を二つ程はさんでいる。大軍でやってくるには距離が離れすぎている。

 数の理を生かせないミュゲ山脈内は、過激派魔族にとってあつらえたように絶好の場所だ。このチャンスを逃さないだろう。

 グリンの言う通り、この先で足手まといになっちゃ意味がない。

 頭にかけられていた水が止まる。その頃には乱れていた息も整い始めて、体を動かす余裕が出来てきた。

 仰向けに寝転がって、大の字になる。


「あぁ、生き返った」


 太陽はまだ高く少し西に傾いたところにある。青い空の上を雲が上から下に流れていく。

 さっきの特訓を思い出す。

 いい所はない。何十回も立ち向かったが、俺の攻撃はかする事もなかった。最短一合、長くても四合で切り伏せられた。リシェルは本気ではなく、武器も軽い木の枝だ。斬撃の重さも速さも本来のものとは比べ物にならないだろう。

 きっと、本当の剣だったら防いでも重さで転ばされていたんだろうな。

 奥歯を強くかみ、遅れてきた悔しさを口に出す。


「くっそー、結局一本も取れなかった」


「当然だ。たった二週間程度の特訓で、強くなるわけがないだろう」


 頭上から答えが返ってきた。

 首を反らして上を見えると、グリンが見下ろしていた。ぎらついたピンク色の瞳に汗だくになった自分が映っている。


「それでもさ。少しは手ごたえが欲しいんだけどな。そうだ! グリン、強くなるコツを教えてくれよ」


「そんなもの訓練と実戦の繰り返し以外ない」


「だよなぁ」


 分かっていたけど、そんなモンだよなー。

 この二週間でグリンとは、お互い軽口が聞ける位の仲になった。最初は殺し屋みたいな雰囲気が怖かったが、今ではどうってことない。

 なにせ、俺とグリンはリシェルの被害者同士だからな。

 いやー、リシェルさんは我侭でしてねー。平気で神光教の文句を言うわ。他の紋章持ちをパシリにしようとするわ。親睦の為の賭けダイスでイカサマさいころ使うわ。大変だったんですよ。

 毎日、安全と危険の境界線上でタップダンスを踊られていまして、その度に俺とグリンが右往左往と火消しに回ったわけです。

 そのお陰で、連帯感? そう言うものがはぐくまれまして、恐怖心? そんなもの二日で消えましたよ。ハッハッハッハッハッハッ


「メシにするから、来い」


 グリンが背を向けて歩き出す。


「おっけーい」


 俺は力の入らない体を何とか動かして立ち上がる。


 ――――ッ


 一瞬、意識がなくなった。

 くっそ、体力ないな、俺。

 特訓を続ければ続けるほど、体力が少なくなってきている感じがする。実際は、どんどん動きが激しくなる所為なんだろうが、歯がゆさを消す言い訳にはなってくれない。

 一歩、一歩、強くなってるはずなんだ。

 未だに熱を持った両手を振りながら、自分に言い聞かせる。


 ポンポン


 だけどなー。ホントに大丈夫なのか、俺? 足手まといじゃね?


 ポンポン


 いや、弱気は駄目だ。弱くても俺にしか出来ない事はあ


 ポンポンポン


「て、さっきから、誰だよ? 人がシリアスやってんのに肩叩く空気読めない奴はっ」


 肩を叩く手を振り払って、後ろを振り向く。


「やあ、久しぶり」


 白金の軽鎧を身に着けた男が爽やかな笑顔を浮かべていた。

 柔らかな栗毛の下のくりくりとした瞳が幼さを感じさせ、長身で均整の取れた身体とあいまって、世のお姉さま方には大人気なこの男は俺の友人である。


「コーズ、どっから降って湧いてきた?」


「人をうじか何かみたいに言わないでくれよ」


 ハハハ、と笑う姿は、光の粒子でも纏っていそうな眩しさで、世の中の乙女達の心をデストロイさせてしまう破壊力を感じる。

 敵だ。

 こいつは敵だ。

 非常に良い奴だが、敵だ。

 友人だし、困っていたら見捨てて置けないだろうが、敵だ。

 前に命を助けてもらった事も、共闘した事もあるが、敵だ。

 女の子の好みや、馬鹿話で盛り上がった事もあるが、敵だ。

 全周囲にインキュバス的魅力をばら撒く奴が、もてない男の味方のわけがない。味方でないと言う事は敵だ。

 よって、これ以上話す必要はなし。


「じゃ、さよなら」


 さらばだコーズ。お前がもてるのが悪いんだからな。

 コーズに背を向けて、早足で歩き出す。

 今日の昼飯は何かなー?


「ちょっと待ってよっ!」


 コーズが駆け足で隣りに来た。


「なんでカールは時々、突然無表情になって帰ろうとするんだよ。僕達、友達だろう? もっと仲良くしようよ」


「うっせー、このハーレム勇者。もてない男の気持ちも考えて、ちょっとは不細工な事しろよ」


「ハーレム勇者? 根も葉もない中傷と妬みはやめてくれよ」


 おーっと、自覚のないコーズ君が迷惑そうに眉を潜めました。憂いを帯びた表情になっています。世の中の年下世話好きっ子がスナイプされそうな感じです。

 友達じゃなかったら、あの綺麗な顔を二、三発殴ってもいいかもしれない。

 残念な事に友達なので、冷たい言葉をかけるだけにしてやろう。


「女勇者三人が仲間で、しかも全員お前に惚れてる。そんな君には相応しい名前じゃないか?」


 コーズの額に青筋が立った。

 お、少し良い顔になったな。それでも並みの美形より美形なのはコーズらしい。


「君にそれ指摘された後、僕がどれだけ恥かいたか知ってるよね?」


「男らしく三人に付き合えないと言ったお前は、三人に自意識過剰すぎ、て呆れられていた」


 あれは痛快だったなー。

 特に顎が外れたように大口を開けたコーズの顔は今でも思い出し笑い出来る変顔だった。

 だけど、三人ともお前に惚れてんだよ。その後三人から、外堀を埋めている最中に余計な事するな、て釘刺されたからなぁ。

 命が惜しい俺は黙っている。


「だろう、僕がもてるなんて、ナイナイ」


「そーですねー」


 我が意を得たりとばかりに満面の笑顔を咲かせるコーズに、形だけ追従しておく。


「なんか棒読みな感じだけど、まあいいか。あっちは居心地が悪くてね。良い空気を吸いたくて、前方との連絡係をかって来たんだ」


「ハァ?」


 何を言ってるんだ、こいつは?

 勇者達は全員、聖女様の周りに配置されたはずだ。食事も聖神信徒兵隊が用意している、と聞いている。

 このお人よしが仕事、放り投げて逃げ出すほど居心地が悪いとは思えない。


「居心地が悪いって、仮にも最強の勇者が言う言葉じゃないぞ」


 半眼でコーズを睨む。

 勇者で美形で最強な奴の居心地が悪いなら、こっちの居心地は地獄だ。

 俺の言いたい事が分かったんだろう、コーズが罰悪そうに苦笑いを浮かべた。


「そっちよりはマシなんだろうけど、ね。近衛兵とか信徒の方々から、獅子身中の虫みたいな扱いを受けたら、愚痴も言いたくなるよ」


 ハァ、とコーズが肩を落とした。

 普段は弱音を見せない奴なんだが……本当に参ってるらしいな。まぁ、聖女様に近い分、俺達とは違う意味で大変なんだろう。

 一つ、活を入れてやるか。


「あんまり暗くなるなよ。お前は最強の勇者なんだ。お前が暗くなってたら、他のみんなが心配するぞ」


 コーズがハッとした表情で顔を上げた。


「愚痴ぐらい、俺が幾らでも聞いてやる。だから、コーズは笑顔でいろ」


 俺が笑って見せる。


「ああ、そうだね」


 コーズも笑顔で答える。

 さて、それじゃあ、昼飯ついでに愚痴を聞いてやりますか。


「コーズ、時間はあるんだろ?」


「ああ、日暮れまでに戻ればいいから、十分、余裕あるよ」


「じゃあ、昼飯ついでに聞いてやるよ、愚痴。ついでに新しい仲間も紹介したいしな」


 新しい勇者とリシェル達が知り合いになれば、いざ、と言う時に頼れる伝手が増える。メニューは多いほうが良い。


「ありがとう、カール。うん、やっぱり持つべきは友達だね」


 人の良い笑みを浮かべたコーズの足取りが軽くなる。

 安いあがりで助かるわ。うちのお姫様もこれぐらい楽だったらなぁ。

 リシェルとグリンにコーズを紹介したら、二人はどんな顔をするだろうか。目が飛び出る感じで驚くのか、それとも平然と受け止めるのか。

 ヒルデルカの時より、悪くなる事はないから安心できる。

 なにせこいつに悪意を向けても、暖簾に腕押し。反発する事なんてないんだから。

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