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128組の勇者達  作者: AAA
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魔族と道中で愚痴

 突然だが、聖女巡礼について説明しよう。

 聖女巡礼、その目的は世界各地にある聖域に聖女様の祝福を与える事だ。毎年、六ヶ月程かけて行われている。聖域の数が多い上に、世界の端から端まで旅するから、一巡する頃には二十年は経っている。今回は王都の東、都市ソワールにある第七聖域が目的地だ。

 毎年巡礼しているから、当然、それ専用の信徒、聖神信徒兵隊がいる。食事、運搬、楽隊、洗濯、雑用、そして護衛。彼らは一つの生き物の様にお互いを補完し合いながら、聖女巡礼を滞りなく進めており、基本的に外部の手は必要じゃない。

 特に護衛、近衛兵と呼ばれる信徒の皆さんは、光神教の中でも信仰、戦闘力どちらも一流だ。噂では、小国の軍と互角に戦える兵力らしい。

 昨今、魔族の活動が活発で、聖女巡礼は通年より危険だ。しかし、この国、ラルネからの申し出で、国内に限り勇者が護衛する事になり、安全度は格段に上がっている。国内に限れば、通年より安全かもしれない。

 まぁ、何が言いたいかと言うと、勇者の仲間でしかない俺達が、聖女からはるか離れた前方に居るのも当然だ、と言う事だ。


「だから、ぶーたれてるのは止めて下さい。信徒の方に見られたら、マジやばいんで」


「えー」


 頬を膨らませたリシェルがぶーたれる。

 ええい、このお姫様のお目付け役は何処に消えた。グリンの奴、一人だけ逃げやがって。

 一人は襲撃に備えた待機が必要なのは分かるが、それでも暗い感情が溜まるのを止める事はできない。


「万が一、そんな信徒様がいたら、ここまでイラついてないわ」


 確かに、ごもっとも。ここに聖神信徒兵隊の一人でもいたら、どれだけマシだったか。

 俺はうっそうと茂る木々の合間を縫いながら、ため息を吐いた。

 聖女巡礼の一行が王都を出発してから早一週間、俺達はブロンシュ支流を越えた。ようやく行程の四分の一を消化した所だ。ここから更にミュゲ山脈を越えると都市ソワールに着く。まだ先は長い。

 俺とリシェルは聖女巡礼の一行から離れ、近くの林の中にいる。俺達だけじゃない。他にも王都から聖女様護衛に着いた何人かの紋章持ちがこの林に入っている。

 それというのも……


「まぁ、いいのよ。家畜の餌の護衛をやらされた事も、信徒の皆様から上から目線で命令される事も、夜の番を信徒の皆様がやらない事も、わたし達が怪我しても治療されないのに信徒の皆様の痣一つ治すのに回復魔法使っている事も、みーんな、みーんな我慢してあげる!」


 全然我慢してない様子でリシェルが言った。俺が慌てて辺りを見回すが、幸い近くに人の気配はない。

 万が一を考えろ、このバカ女。


「なんで、あれだけご立派なご一行なのに、わたし達の食料がないわけ! 自給自足なんてありえないでしょ!」


 そう俺達が聖女巡礼の一行から離れて、林の中を歩き回っている理由の一つ。それは今日の夕飯の為だ。

 聖神信徒兵隊は、自分達の中だけで完結する一つの生き物みたいなものだ。なので、余分なものはない。つまり、勇者に引っ付いてきた金魚のフンに与える食料はないのだ。

 もちろん、その事は事前に聞かされている。食料もたっぷり準備してきた。国から支度金も出ている。しかし、その殆どを信徒の皆様が寄付と称して持っていきやがったんですよ。

 あ、思い出したら、俺も腹が立ってきた。

 とりあえず、日程ぎりぎりの食料は確保できたが、それでは心もとない。なにせ、聖女様を誘拐する為に魔族が襲撃をかけるなら、この移動中が最も可能性が高いのだ。日程通りに進むとは考えない方がいい。少しでも食料に余裕を持たせようと、俺とリシェルはこの林で食料の確保に勤しんでいる。

 日はまだ高いが、俺達のいる先発隊は今日の宿営地に到着している。日が落ちるまでの自由時間を有効利用しているわけだ。


「あんな上等なパンを家畜にやる余裕がある癖に」


「諦めろ。彼らは聖女様をお守りする聖獣だ。光神教で最上位の洗礼を受けている。俺達より、何倍も尊いんだから」


 自分で言ってて嫌になるが、これが信徒の方々の常識なんだよなぁ。

 案の定、リシェルは呆れた様子で笑った。


「牛を十二頭、鳥を十六羽、狼と熊を五頭づつに、白い毛並みの犬と黒猫が一匹づつ。これが、聖獣? ただの非常食にしか思えないわ」


「彼らはな、原初聖女の聖域創造に出てくる正しき獣にあやかった方々だ。少なくともそうなってるんだから、諦めろ」


 本音ではリシェルに同意したいが、そう言うわけにもいかない。

 この国と言うか、この世界で神光教と喧嘩しても負けるしかないんだ。なにせ、世界中の人間の九割以上が信徒だ。信仰の軽い重いはあるが、俺だって聖神は信じてる。信徒のアレさ加減については思う所はあるけど、それとこれとは話が別なのだ。


「はーい、全く人間は良くそこまで無駄をやれる余裕があるわね。感心するわ」


 リシェルが逃げるように、先行する。

 一瞬、勝手に動くな、と思ったが、ちゃんと獣道やフン、爪あとを確認しながら移動している。時折、良く分からない判断基準で右へ左へ動いていくが、どんどん獣の気配が濃くなってるように思える。

 狩りの腕も俺より数段上だ。剣も力の使い方も、頭の回転でも勝てない。悔しいが、この女に勝てる要素は、人間社会の常識や商売関係だけかもしれない。

 ……ちくしょう、世の中世知辛いぜ。


「いた」


 リシェルがその場に座り、俺を手招きした。中腰でリシェルの隣りに行くと、リシェルが右前方を指差す。


「狼か」


 リシェルの指の先に狼が一匹寝そべっていた。

 あんまり、いい獲物じゃないな。

 狼は基本群れで生活する生き物だ。あの狼が群れから離れたのか、それとも元々一匹なら問題ない。だが、こちらから見えないだけで、あの狼の奥に群れがある可能性は否定できない。

 俺の懸念に気付いたのか、リシェルが状況を補足する。


「他に同じ大きさの力はなし。一匹だけよ」


「確かなのか」


 一応、確認の為聞いてみると、リシェルは自信たっぷりに頷いた。


「ええ。ちょうど良い獲物でしょ」


 俺は頷いて同意する。

 狼一匹だけなら、多分、大丈夫だ。剣は持っているんだ。例によってリシェルは手伝ってくれないだろうが、追い払う位なら出来る…………と思う。

 それに、あの体の大きさは魅力的だ。大きすぎず、小さすぎない。一匹獲れば、今日の収穫としては十分。多すぎて処理が面倒になる事もない。

 これを狩らないわけにはいかないよな。


「それで、今日はどうやるんだ?」


「今日も、昨日と同じ、ここから力を撃って狼をしとめて」


 リシェルが手のひらを狼に向けて突き出し、紋章の力を打ち出すポーズをとる。しかし、その手のひらから力が打ち出される事はない。それは俺のやらなくては行けない事だからだ。

 林に入っているもう一つの理由、それは弱すぎる俺のレベルアップである。

 勇者試験の直前に俺は紋章持ちになった。当然、紋章持ちになってから魔物や動物を殺す時間は殆どない。その為、紋章の力の量は少ない、力の使い方も下手糞だ。

 武芸に秀でていればまだ慰めもあったが、ただの荷物持ちが兵士や傭兵、武道家並の武芸を修めているはずもない。

 非常に弱っちい新人紋章持ち、それが俺の現在地点である。

 そんな俺が勇者試験を受ける事が出来た理由は、またの機会に譲るとして、問題は聖女様誘拐の防衛で俺が足手まといな事だ。最低限、自分の身を守れる程度に強くなる為、リシェルに特訓して貰っている。


「何、ぼけっとしてるの? 急がないと風向きが変わって、襲われるわよ」


 ニヤニヤ意地の悪そうな顔のリシェル。

 畜生、楽しんでやがるな、こいつ。

 俺は右手のひらを狼に向けて突き出す。

 俺が使おうとするのは、紋章の力、その基礎だ。一定方向に力を打ち出す。それだけなんだが、これが難しい。

 手のひらに力を集め、丁寧にまとめる。泥団子を少しずつ丸くする様なイメージで、形ない力を一つの方向性に特化させる。

 殺害

 殺傷

 開孔

 刺殺

 狙撃

 少しづつイメージを具体的に作り上げる。手のひらにあった力が泥から土、土から鉄、鉄から刃、刃から巨大な錐と形を明確にしていった。

 狙いは胴体。肋骨の中心部。

 手のひらと狼の胴体の間に張られた見えない糸をイメージする。これが、力の通る軌跡だ。最初は当り一面に拡散していた糸が纏まりだし、一本の線に変わる。

 俺は線が真っ直ぐ狼の胴体を突き刺した瞬間、力を打ち出した。鏃の形をした力が淡い光を放ちながら、線に沿って雨よりも早く駆け抜ける。

 力は一直線に狼の胴体へ突き刺さった。胴に開いた穴から血が噴き出す。狼がその場でのた打ち回っていた。

 よし、成功。

 俺は拳を握り締める。


「溜めが長い。威力が低い。速度が遅い。まぁ、十点ってとろこね。実戦で使うにはまだまだ練習が必要よ」


 握り締めた拳が緩んだ。


「まぁ、それでも練習を始めてから一週間。その紋章が欠陥品なのも合わせれば、及第点かしらね」


「……悪かったな。物覚えが悪くて」


 俺は右手の紋章を左手で隠しながら言った。

 俺の紋章はリシェルが言った遠り、欠陥品だ。理由は不明だが、多分、彫師がきちんと紋章を彫らなかったんだろう。いくつもの不具合がある。可能なら直したいが、紋章は一生で一回しか彫れず、手直しする事も出来ないのだ。

 あの彫師、今度あったら、ぶん殴ってやる。

 俺が何度目かの決意を固めていると、狼が動かなくなる。息絶えたみたいだ。

 動かなくなった狼から淡い光が霧の様に出てくる。光はゆらゆらと頼りない動きで、俺の右手目掛けて飛んできた。光が右手の甲に彫られた紋章に触れると、紋章がほのかに発光し、光を吸い込んでいった。

 狼から出た光は狼が持つ力、生命力みたいなものだ。それを吸収する事で紋章の持つ力が強くなる。吸収できるのは止めを刺した生き物だけだ。だから、わざわざ狩りと両立してやっているんだ。


「やっぱり、吸収率が悪いわね。普通なら、その十倍は手に入れてるはずよ」


「分かってんだから言うなよ」


 俺の紋章の欠陥その一、吸収できる力が普通の紋章の十分の一。


「分かってるから言うのよ」


 リシェルがニヤニヤとした顔をしているが、文句は言えない。紋章が欠陥品である事を常に自覚していないと、どこでポカするか分からない。

 周りの紋章持ちと同じ様に動いたら、絶対失敗するからなぁ。自覚を促す為には必要だ。

 恐ろしくストレスが溜まるのは、否定しないけど。


「あれを捌いて来る」


「がんばれー」


 俺は懐からナイフを取り出して、死んだ狼に向う。

 リシェルは手伝わない。この手の不浄な仕事は男の役目だからだ。


「カール」


 背後からリシェルが声をかけてきた。


「? なんだ?」


「さっきから左手振ってるけど、どうかした?」


 ん? おお、本当だ。

 リシェルに言われて気付いたが、左手に何かしこりの様な違和感がある。さっきから左手を振っていたのはこれが原因だろう。

 左手に意識を集中すると、違和感は瞬く間に消えていった。


「いや、なんでもない」


「なら、いいわ。それじゃ、聖女様の行列に戻ったら、剣の特訓よ。問題ないなら、ビシバシできるわね」


 リシェルが悪意ゼロの笑顔を俺に向けてくる。

 この魔族、正に悪魔のような特訓メニューを組む。はっきり言って、地獄です、はい。

 だけど、それを受けなくちゃ、強くなれない。

 俺は覚悟を決めて、頷いた。


「…………おう、頼む」


「今日は昨日の倍位追い込みましょうか。それとも、もっと精神面を鍛えに……」


 いや、その、少しはお手柔らかにお願いします。今日なんて朝起きたら体中痛くて、仕様がなかったんだから。

 今日の特訓メニューを考えているリシェルの姿を見て、俺はそう願わずにはいられなかった。

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