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128組の勇者達  作者: AAA
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勇者と魔族と宿にて握手

 宿屋に戻って来た俺達は、真っ先に昼食を取った。

 まだ、ヒルデルカがリシェルたちを迎え入れるかどうか聞いていない。剣を折られたリシェルを宥めているうちに、鐘四つが鳴り、昼食の時間になったからだ。鐘四つから午後の仕事が始まる鐘五つまでの間しか、料理は売られない。俺達みたいな自前の台所を持たない奴らは、今食べなきゃ日が落ちる鐘七つまで食事にありつくことができないのだ。

 安宿らしい底の浅い皿に盛られた野菜スープと薄く切られた肉数切れを口に放り込み、足りない分はパンとワインで膨れさせる。

 ようやく腹の中が落ち着いた時、鐘五つが鳴った。午後の仕事を始めた商人、職人達の声で、宿の外が騒がしくなる。


「で、もちろん、仲間に入れてくれるのよね?」


 食事を終えたリシェルがニッコリと笑いながら、ヒルデルカの左腕を指差した。折れた剣は俺が弁償する事になり、機嫌は直っている。

 ヒルデルカの左腕には包帯が巻かれている。リシェルの最後の一撃が、あの手甲、紅輝武甲こうきぶこうを貫きヒルデルカの腕を突き刺していた。


「確かに一太刀貰ったから、あの時言った条件は満たしているね」


 ヒルデルカが渋々ながらも認める。

 ヒルデルカが、俺が間に入ったから無効とか言い出さなくて助かった。

 ホッと胸を撫で下ろした俺だが、そんな安堵は次のヒルデルカの一言でかき消されてしまう。


「だけど、それだけじゃあ、合格点はやれないね」


 リシェルとグリンの目が冷めたものに変わる。その目は、勇者様みたいな高貴なお方は紋章持ち程度との約束はお破りになるんですねー、へー、ほー、ふーん、と言っている。


「勇者様みたいな高貴なお方は紋章持ち程度との約束はお破りになるんですねー、へー、ほー、ふーん」


 いやリシェルは平気で口に出して言いやがった。

 俺は慌てて辺りを見渡すが、鐘五つ鳴った後だからだろう、辺りには誰もいない。俺は頬を流れる汗をぬぐった。

 やべぇ、今の聞かれてたら、不敬罪でしょっ引かれてたぞ。

 勇者と言うは国だけじゃなくて、光神教も公認した神の戦士だ。ヒルデルカ個人の悪口なら問題ないが、勇者全般を揶揄するような事を光神教の信徒に聞かれたら、その場で私刑にあっても可笑しくない。


「一つ質問に答えてくれれば、それでいいんだ。素直に答えてくれないかね?」


 自分の約束を違える事に負い目があるんだろう、ヒルデルカは幾分、声を和らげて頼む。


「…………ふぅ、いいわよ」


 リシェルが頷く。仲間にする選択権がヒルデルカにある以上、それしかない。もし、約束を楯にむりやり仲間になっても、絶対に上手くいかない。リシェルもそれが分かっているのだろう、悔しそうに頬を膨らませている。


「それじゃ、聞くよ。その剣を習った所から、何で出てきたんだい?」


 俺の顔が強張る。もしかしたらリシェル達が魔族である事にきづいた。もしくは何か違和感を感じたのか。

 リシェルとグリンの顔にも警戒の色が浮かぶ。

 二人とも、下手な受け答えがまずいと分かってるんだろう。ここで変な疑念をもたれれば、それまでだ。怪しい奴は仲間にしないのが基本だからだ。


「なんで、そんな事聞くのかしら?」


 リシェルが探るように慎重な切り出しを行う。


「そりゃ、あんたらの年で組織から抜け出してるんだ。よっぽどの理由があるんだろう?」


「ちょ、ヒルデルカ、なんでそんな事が分かるんだよ」


 俺はヒルデルカとリシェルの間に割って入った。リシェルに対する援護射撃だ。まだ信じきれない魔族だけど、ここで見捨てるのは違う。


「そんなの簡単な推測だよ。

 こいつらの剣術にはちゃんとした理が見える。その上、二人とも同じ型だ。我流じゃない事は明白だね。

 その上、腕も申し分ない。勇者になる前のあたいと互角か、それよりちょっと上かね。この若さでそれだけの腕となると、実戦を何度も繰り返していなけりゃ説明がつかない。

 剣術を教えて、実戦を繰り返し、女が入れるところとなると、傭兵団しかないね。

 傭兵団から抜けるには、多額の手切れ金が必要なんだよ。大体銀貨十枚位かね。そんな大金を払ってまで傭兵団を抜けた理由、気にならないほうが可笑しいね」


 ヒルデルカの推理を聞いて、俺とリシェル、グリンの空気が弛緩した。

 どうやら、リシェル達が魔族だと気付いたわけではないようだ。どうやら、リシェル達の腕を見て、その過去にも興味が湧いてきたのだろう。

 この戦闘中毒者め。なんて、怖い言い方するんだ。


「そう言う事なら、答えるわ」


 幾分、リラックスした様子でリシェルが答える。


「この剣に誓ったから、平和と安寧の為に力を尽くすと。あそこに居たら、それは叶わないと思った。だから抜けたのよ」


「それは、聖神様に誓えるかい?」


 聖神様に誓う。これは俺達人間の間じゃ最も重い誓いだ。親兄弟を殺して、姉妹を売りに出せるような奴でも、この誓いだけは破らない。

 僅かにでも違える事を許さない誓いにリシェルは顔色一つ変えない。


「ええ、誓うわ」


 ああ、やっぱり、魔族のリシェルには意味ないんだな。俺達だったら、例え本気でも簡単に頷けない。

 そんな事を知らないヒルデルカは完全に信じきった様で、笑顔を浮かべ、リシェルへ手を差し出した。


「なら、あんたらはあたいの仲間だ。宜しくリシェル、グリン」


「ええ、よろしく、ヒルデルカ」


「ああ、頼む」


 ヒルデルカが差し出した手を、リシェルが握り、グリンがその上から手を添えた。

 ああ、騙されてる。騙されてるぞ、ヒルデルカ。

 とは言え、そんな事を言えるわけがない。俺はとりあえず、第一関門突破できた事を喜ぶ事にした。

 その後、俺達は連絡方法や必要な道具の打ち合わせをしていると、鐘六つが鳴り響く。鐘の音を合図にヒルデルカが席を立った。


「それじゃ、あたいは帰るよ。そろそろ帰らないと、鐘七つまでに帰れなくなるからね。また明日」


 ヒルデルカはそう言うと宿から出て行った。俺達は笑顔でヒルデルカを見送る。その後姿が宿のドアから消えると、糸が切れたようにリシェルがテーブルに身を投げ出した。


「あー、だるい」


 疲れきった顔でリシェルがこぼす。

 まぁ、あれだけ剣を振り回していたんだ。ちょっと休んだ位じゃ、体力が回復するわけがないよな。ヒルデルカが居なくなって、張っていた糸が切れたんだろう。

 悪いな、リシェル。疲れているのは分かるが、まだ聞かなくちゃいけないことがあるんだ。


「リシェル、さっきの件教えてくれるか? あんな喧嘩腰だった理由を、だ」


 休憩の時間はやれない。時間を与えれば、どんな搦め手が飛んでくるかも分からないんだ。最悪、リシェルの本当の狙いが聖女様誘拐とか言われても、断れなくなっているかもしれないんだ。今、聞かなくちゃ駄目だ。


「えー、今? ま、いいけどね」


 リシェルは面倒くさそうに声を上げたが、緩慢な動作で体を起き上がらせた。


「疲れてるから、手短に言うわ。原因はカール、あんたが勝手にあの勇者をこっちに連れてきたからよ」


 なんだよ、そりゃ。勇者の伝手を使って聖女様護衛にもぐりこむ事を頼んだのは、リシェルだろう。

 俺の不満が顔に出ていたんだろう、リシェルはため息一つついてから話を続ける。


「いきなり連れてこられてもね。準備が出来てなかったのよ。あそこで友好的な態度をとってたら、親睦を深める為に食事でも、てなるわよね。食事になったら、何か会話しなくちゃいけなくなるわ。けどお互い初対面、話せる共通の話題なんてない」


「あ!」


 そこまで聞いて、俺は自分の迂闊さに気付いた。


「分かったみたいね。そう話す内容なんて二つしかないわ。カール、あんたの事か、昔の事ね。その辺の設定について全然話してないじゃない。カールがあの勇者になって言ったか知らないけど、それと食い違ったら終わりよ」


「だから、そう言う話にならない様に、わざと喧嘩腰で挑んだわけだな」


 俺が言葉を引き継ぐと、リシェルはやっと分かったのね、と言う感じで頷いた。

 ああ、くそ、馬鹿らしい話だ。なんとも短慮だった。

 つまり、俺がリシェルを信じないで勝手に動いた事が原因なのだ。そりゃ、グリンが俺の所為だと言うのも当然だ。


「手間取らせて、すまん」


 俺は深々と頭を下げた。他に何も思いつかない。


「別にー、ミスは誰にでもあるしー、もう過ぎたことだしー、謝られてもなー」


 リシェルの投げやりな声に、罪悪感がちくちくと刺激される。小さな毛で首筋なんかを突かれるような痛みに、俺は身悶えた。


「今日は疲れたなー、手足がパンパンだなー、食事もお肉が少なかったなー、もっと早く食べられればなー」


 うう、こっちの弱みを的確につきやがってぇ。

 ついに耐えられなくなった俺は合掌して、言ってしまう。


「本当にすまん、この埋め合わせには何でもする」


 リシェルの口と目が三日月型になった。

 あ、やばい。

 そう思った時には、遅かった。いつの間にかリシェルが俺の隣りに来て、腕を絡ませてきた。女特有の花の匂いがしてきたが、楽しむ余裕はない。


「何でもか。何してもらおうかしら」


「いや、それは」


 俺が口を開こうとすると、リシェルが悲しそうに顔を伏せる。


「ん、何? 嘘つくの?」


 リシェルの目元から雫が零れる。

 畜生、女は卑怯だ。これじゃ、断れないだろう。


「何でもさせて頂きます」


「うん、よろしい。それじゃ、ちょっと買い物に付き合ってもらうわよ」


 リシェルは満面の笑みを見せると、俺を宿の外へ引きずっていく。

 やっぱり嘘泣きかよ。後、さっき疲れてるとか言ってたのはなんなの? 凄く元気じゃないですかー。

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