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128組の勇者達  作者: AAA
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勇者と魔族と草原にて傍観

 ヒルデルカとリシェルを会わせたら、険悪な雰囲気になった。そして、品定めと言う名の喧嘩をやる為に、外壁の外へ向かっています。

 どうしてこうなった。

 俺は先頭を歩くヒルデルカと、その後ろをついて行くリシェルの背中を交互に見て、ため息を吐く。

 俺の予想では、今頃、お互いの親睦を深めながら昼飯を食べているはずだったんだ。なんで、こんな殺伐とした事になってるんだよ。

 俺達が歩く南大通りは、南方の都市ニュイから来た商人や、それ目当ての屋台、昼飯を食べに着たんだろう職人達で賑わっていた。大通りの中央では馬車がすれ違い、肉商人や野菜商人の呼び声が響いている。ここでリシェルとヒルデルカが爆発したら、被害は宿屋の比じゃない。

 唯一、味方になりそうなグリンは、俺の横を我関せずという顔で歩いて当てにならない。

 俺はどんどん痛くなる腹を摩り、リシェルとヒルデルカを睨んだ。

 畜生、何で俺がこんなに精神をすり減らさなくちゃならんの?

 と言うか、リシェルだ。あいつ、自分から聖女様護衛の任務につけるように取り計らって欲しいて言いながら、最初から喧嘩腰で対応するなんてありえないだろう。

 本気で聖女様護衛をしたいのか、あいつ? それとも、あんな態度で何とかなると思うぐらい馬鹿なのか?

 真意を確かめたい俺は早足でリシェルに近づき、ヒルデルカに聞こえないよう小声で尋ねる。


「どういうつもりだ?」


「どうって?」

 

 涼しい顔で聞き返してくるリシェルに、頬が引きつる。


「何であんなに喧嘩腰だったのか聞いてるんだよ。あれじゃあ、自分からパーティ組むのを拒否してるようにしか見えないぞ」


 リシェルが目を細くする。


「何で? そんなのあんたの所為に決まってるじゃないの、馬鹿」


 はぁ、何を言ってるんだ、この魔族。俺が何かしたか? ヒルデルカにリシェルをパーティに加えるように頼んで、二人を会わせただけだよな。

 俺が首を傾げていると、リシェルが疲れたような顔でため息をつく。


「はぁ、全然分かってないのね。分かった。その辺は後で教えてあげるわ」


「後? 今じゃだめなのか?」


「ん、あれがいるでしょ」


 リシェルが顎で前を歩くヒルデルカを指す。

 ヒルデルカに聞かれるとまずい。つまり、魔族関係の話か? あんまり、信じられないが、後で説明があるなら保留にしよう。ここで魔族関係の話をして、誰かに聞かれたら事だ。


「絶対、後で聞かせろよ。誤魔化したら、全部喋るぞ」


「あら、わたしを脅すの?」


 俺が目に力を入れてリシェルを睨むと、リシェルは口の端を吊り上げて笑った。


「必要ならな」


 俺は低い声色で言った。

 これは本気だ。リシェルは怪しすぎる。ヒルデルカと言う聖女様護衛の任務につく勇者と親しい俺に声をかけたのに、まるで聖女様護衛を断りたそうな険悪な態度をとる。やってることが支離滅裂だ。

 本当に聖女様護衛が目的なのか疑わしい。

 そんな怪しい奴を、聖女様に近づけるわけにはいかない。最悪、リシェルから狙われる事になっても、俺はヒルデルカに全てを話すつもりだ。


「あら、あんなに情熱的な初夜を迎えたのに、酷い人」


「ブッ!」


 このアマ、なんて人聞きの悪い台詞を言うんだ!


「どうしたの? いきなり噴出すなんて、紳士じゃないわ」


 すまし顔で聞いてくるリシェル。

 こいつ、楽しんでやがる。


「どうしたのも、こうしたも、人聞きの悪い事を言うなよ」


「事実でしょう」


 確かに、今朝、初めてリシェルと会った夜は、情熱的な脅し文句だったな。聖女様誘拐とか、胸が怒りで熱くなる。

 そう思っていても、無邪気そうに微笑むリシェルを見ていると、何も言えなくなる。

 これだから女はずるい。演技だと分かっていても、こんな顔されたらどうしようもないだろう。

 俺は赤くなった頬を隠すために、早足でヒルデルカの隣りに向かった。

 外壁の南門が見えてきた。俺達は門で待ち構えている兵士に通行料を払い、外に出る。

 外壁の外は街道が真っ直ぐ南に伸びていて、街道の両端には木造の家と畑が広がっている。外の住民の住居だ。何かしらの理由で外壁内で生活できない人々が、行商人なんかを相手に商売している。

 念の為付け加えると、別に貧困街でもスラムでもない。単純に外壁の中に住める人間より、王都で生活したい人間が多いのだ。外の住民は外壁の中で住める権利からあぶれた者達でしかない。ちゃんと王都の兵士達が巡回し、ギルドの規則が浸透している。

 外壁の中に比べ、夜盗や動物、魔物の被害に遭う可能性は格段に高いが、それ以外は外壁の中とさして変わらない。

 その後、暫く歩いていると、木や背の高い草花がない草原が街道の左右に現れた。前方にはラフェの森の木々が微かに、遠く左手にはミュゲ山脈の山々が見えた。

 ヒルデルカが足を止める。


「この辺りで良いかね」


「ええ、構わないわ」


 ヒルデルカとリシェルが街道から外れた。俺とグリンもそれに付き従う。

 草原に入ると、草が風で擦れる音が強くなる。家の中で大雨を聞くような音が、何度も耳をくすぐる。

 街道から十分に距離を取った所で、ヒルデルカとリシェルが立ち止まった。振り返ると、街道を行き来する馬車や人が豆粒みたいな大きさになっていた。

 これだけ離れていたら、無関係の人が巻き込まれる事態はなさそうだ。ふぅ、肩の荷が一つ下りた。


「へぇ、凄い自信じゃない。わたし達、結構強いよ」


 低く押し殺されたリシェルの声が聞こえた。

 ちょっと後ろを見ている間に、また何かやったのか、この二人は。

 振り返ると、予想通り、ヒルデルカとリシェルが間合いを取って対峙していた。リシェルの顔が不愉快そうに歪んでいるのが分かった。

 ヒルデルカが何か余計な事を言ったのは間違いないだろう。

 まぁ、予想通りだし、まだ全然大丈夫だ。大丈夫。大丈夫なんだよ。

 俺が自分に言い聞かせていると、グリンがリシェルの隣りに立った。ぎらついた目でヒルデルカを見据えて言う。


「それは侮辱か、お前」


 あれー? ちょっと後ろを振り返っている間に、どうして状況が悪化しているの?


「別に侮辱じゃないよ。これ位で丁度良いのさ。さっ、あんた達二人一緒にかかってきなっ!」


 そう言うとヒルデルカは拳を打つ。

 ヒルデルカさーん、もうちょっと相手の事考えた発言してもらえませんかね? リシェルとグリンの空気が更に悪くなってるんですけど。


「ふぅん、なら、死んでも後悔しないでね」


「その過信がお前の死因だ」


 リシェルとグリンが腰から剣を抜く。抜き身の刃が眩しい。


「ハハッ、いい啖呵だね。あたいと闘えた事を、あの世で自慢しな」


 あ、どっちも殺る気満々だ。危なくなったら、身体を張って止めよう。王城に行けば僧侶がいるだろうし、腕一本二本は吹っ飛んでも、大丈夫だな。

 俺は腰に手を当てて自分の剣撫でながら、覚悟を決める。


「来い、紅輝武甲こうきぶこう


 ヒルデルカが空に呼びかけると、両手に紅に輝く手甲が現われた。ルビーの様に透き通ったそれは、分厚く、滑らかで、鱗を何枚も重ね合わせたような形をしている。ただその場にあるだけなのに、圧倒的な力を見せつけていた。

 気付くとヒルデルカから一歩後ずさっていた。あの手甲から感じる威圧感に、体が勝手に逃げようとしている。


「ヒルデルカ、ソレナンデスカ?」


 俺が気力を振り絞って尋ねると、ヒルデルカは笑顔で答えてくれる。


「これかい。これは紅輝武甲。勇者の紋章の力の一つでね。使い手にとって最もふさわしい武器を創造してくれるんだよ。金剛石より硬く、羽毛より軽い。その上、力の増幅、操作の補助までやってくれる優れものさ」


「あほーーーーーー、お前マジで殺す気かっ!」


 どう考えても、ただの紋章持ちに振り回す武器じゃねぇぞ、ゴラァァァ!

 どっちか死にそうになったら、割って入るつもりだったけど、無理じゃん。あんなのの前に身体を入れても、綺麗な風穴が開くだけだ。


「大丈夫だよ。手加減するし、その為の二対一だからね」


 ヒルデルカの言葉に合わせて、紅輝武甲の輝きが鈍くなる。さっきまでは夕日の様に赤かった輝きが、ロウソクの灯火ぐらいになる。受けていた威圧感も跡形もなく消えた。


「なるほど、それだけヤバイ武器があれば、過信するのも仕方ないわね。でも、武器の優劣だけが勝敗を決めるわけじゃない。その事を教えてあげるわ」


 リシェルが剣を構えた。少し身体を斜めに、剣の切っ先を前方、ヒルデルカに向けている。リシェルの隣で、グリンも同じように構える。


「今のあたいに一太刀入れられたら、合格だよ。さあ、来な」


 ヒルデルカも型を取る。足を大きく開いて、両手を身体の前におく、速さと守りを重視したいつもの型だ。

 空気が張り詰めてきた。


「ハァァァァァ」


 先に動いたのはリシェルだった。一足飛びでヒルデルカの前に躍り出ると、上から横から下から、縦横無尽に剣を振るう。後退など考えていないような猪突猛進。相手には一度たりとも攻撃させない。そんな気迫に満ちた攻撃だ。

 魔王直属の特殊部隊の一員と言うだけあって、その剣技は苛烈。一瞬の隙も見えない。一流と名乗って恥ずかしくない技量だ。

 しかし、一流と言う意味では、ヒルデルカも負けていない。と言うか、化け物みたいに強くなってる。何十、何百と言うリシェルの剣撃を少しずつ円を描くように後退しながら、両手だけで防いでいた。時には受け止め、時には受け流し、時には叩き落す。格闘の教科書のような戦い方だ。

 あれで、得意の足を温存しているとか、勇者の紋章の力はそんなに凄いのか。

 グリンは地味だけど上手い戦い方だな。リシェルの隙を埋めるように、攻めている。グリンの援護がなかったら、大振りなリシェルの攻撃は隙だらけになっただろう。

 とは言え、勝負は見えた。


「ほら、どうしたんだい? 切先が鈍ってきてるよ」


 ヒルデルカが頬を上気させて挑発した。顔には笑みが張り付いていて、まだ、余裕がありそうだ。


「ゼェハァ、ゼェハァ、うるさいっ」


 対してリシェルの方は苦しそうだ。銀色の髪を額に張り付かせた顔は歪み、肩で息している。嵐のような連続攻撃の代償だろう。もう、体力は底をついているように見える。

 まだ、気力でなんとかしているみたいだが、そんなのは長くは続かない。いずれ破綻するのが目に見える。


「キェェェェェ」


 リシェルが奇声を上げて切り上げる。ヒルデルカはそれを左手でいなす。

 大きく宙を切り裂く剣の勢いに任せて、リシェルはその場でクルリと反転して走り出した。

 一瞬、ヒルデルカの動きが止まる。

 遠くから見ている俺でも、更に攻めると思っていたのだ。ヒルデルカからすれば、いきなり戦闘と言う絵を全て消されたようなものだろう。

 その一瞬の隙にグリンが前に出た。既に剣は上段に構えられており、振り下ろされようとしている。


「ハッ」


 気合と共に剣が打ち下ろされる。

 完全な奇襲。

 ヒルデルカはそれを防いだ。両手を十字に構え、打ち下ろされた剣の重さを受け止めていた。

 そのまま、ヒルデルカとグリンが鍔迫り合いとなる。

 鍔迫り合い?

 まあ、お互いの武器を使って押し合いへし合いしてるんだから、それで良いや。


「あんた、やるねぇ」


 徐々にグリンの剣を押し返しながら、ヒルデルカが嗤う。

 さて、そろそろ、止めないと駄目か。流石に、あれはまずい。

 俺はグリンの後ろで剣を水平に構えたリシェルを見て唸る。弓を引くような構え、矢の代わりに番えられた剣が僅かに光り始めている。

 多分、武器強化系に力を使っている。属性付与や攻撃魔法の類じゃなさそうだ。

 ここまで力を使わなかったのは、この一撃の為か!

 構えは突き、それも引き戻す事を考えていない、決死の一撃。

 成功したらヒルデルカが大怪我する。

 失敗したらリシェルが大怪我する。

 流石に黙って見てられる範疇を超えてる。

 俺はヒルデルカに向かって走りながら、剣のベルトを外す。あの一撃に対して、剣だけじゃ止められない。鞘ごと楯にしなくちゃ駄目だ。


「そこまで、そこまでぇぇぇぇ!」


 俺の叫び声が合図になったのか、グリンが剣から手を離して仰向けに転がった。

 前のめりになるヒルデルカ。

 その隙を逃さずリシェルが突っ込んだ。

 矢の様な一撃。

 ヒルデルカが両手で盾を作る。紅輝武甲の色がルビーに変わる。

 間に合わない。

 俺の突き出す剣の先をリシェルの剣が通り過ぎた。

 リシェルの剣がヒルデルカの紅輝武甲に突き刺さり、停止する。剣を伝って真紅の液体が流れてきた。

 漸く、俺の剣が突き出され、リシェルの剣の腹を叩く。

 あ、折れた。


「あああぁぁぁぁぁ、折角新調した剣がぁぁぁぁぁっ!」


 リシェルの悲痛な叫びが当りに木霊する。

 すまん。不可抗力だ。もう、止められなかったんだ。


「あー、こりゃもう駄目だね。真ん中からへし折れてるよ」


 ヒルデルカ、そうでなくてもお前が紅輝武甲で受けた所為で、刃がボロボロだろう。俺一人の所為にするなよ。


「とりあえず、勝敗は保留か」


 グリンが自分の剣を鞘に戻す。

 グリンの言う通り、リシェルは涙目で折れた剣を摩って、ヒルデルカは苦笑しながらそれを見ている。もう、やり合うような空気じゃない。

 勇者ヒルデルカと魔族リシェル、その部下グリンの戦闘、被害は剣一本也。

 被害は最小に抑えられたな。無関係な人に被害が出なくて良かった。

 肩の力が抜けた俺はゆっくりとリシェルに近づいていく。

 さぁ、謝り倒すか。弁償出来る金額でありますように。

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