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128組の勇者達  作者: AAA
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聖女と勇者と荷物持ち

 日が沈み始めた。森の中が薄暗くなっていく。ようやく長い一日に区切りがつきそうだ。


「どうやら、逃げ切れたようね」


 リシェルがフッと笑みを零した。それにつられて、俺達の空気も緩む。


「今日の所は、だね。あんな偽装、もうばれてるさね。相手も今頃は聖女様が荷台にいない事には気付いてるだろうね」


 ヒルデルカが緩んだ空気を引き締めた。


「そうだね。あんまりのんびりはしてられないよ」


「このまま夜通し歩くか?」


 コーズが同意し、グリンがコーズに背負われた聖女様とレティシア様を一瞥した。

 恐らく、この二人の体力がもっとも少ない。俺も含めた男共は言うに及ばず、女も勇者のヒルデルカと魔族のリシェルが比較対象だ。どうしたって、体力に差が出てくる。


「私は構いません。勇者コーズの判断に任せます」


「私もまだ大丈夫だ。この程度、近衛兵の訓練でもある。二、三日なら寝ずに歩き続けてやろうか」


 そう言うが、聖女様とレティシア様の顔には疲労の色が色濃く出ている。

 さて、どうするか?

 コーズ、グリン、リシェル、ヒルデルカが俺の顔を見ている。全員、判断を俺に託している。

 荷台を降りてから、ここまで休まずに走ってきた。誰も彼も疲れている様だが、移動距離は大した事がない。俺一人なら、この三倍、聖女様とレティシア様がいないだけでも二倍は歩を進められたはずだ。

 魔族が本格的に山狩りをやるなら、安全とは言えない距離だろう。

 とは言え、山の気温は下がり易い。もう、少し肌寒くなっている。雨に濡れた所為だろう。

 寒さは体力を消耗させる。

 それに、食料や水も心もとない。早めの補給が必要だ。


「よし、今日はこの辺りで休もう。ヒルデルカとグリンは俺に着いて来てくれ、食料を探す」


「あいよ」


「分かった」


「それでコーズとリシェルは……」


 俺は背負いバックからV字に曲がった鉄板を取り出す。


「これで地面に穴を掘ってくれ。大体コーズの胴回り位の大きさで、肘が入るぐらいの深さだ」


 手にした鉄板で地面に丸を描く。更にそこから一歩歩いた位置に、小さな丸を描いた。


「それとその穴に横穴を作って、この小さな丸までのトンネルも頼む。この鉄板を使えば簡単だろう」


「それ、何の為?」


 リシェルが鉄板と穴を交互に見ながら、首をかしげる。その隣ではコーズも頷いていた。


「焚き火の為だよ。服を乾かさなきゃならないだろう」


「ん~~、面倒くさいけど分かったわ」


「穴が出来る頃には帰ってこれると思う。頼んだ、コーズ」


「ああ、任せてくれよ」


 コーズが鉄板を笑顔で受け取った。

 うん、何でこう無自覚に人が惚れてしまいそうな笑顔が出来るのか? 俺が男色家だったら、襲ってるぞ。


「ちょっと待て! 何で貴様が仕切っている?」


 レティシア様が胡散臭そうな顔で俺を睨みつけいた。

 だって、なあ?

 聖女様とレティシア様以外の全員が顔を見合わせた。全員、顔には同じことが書かれている。


「勇者コーズ! 聖女様は貴様の判断を聞かれているのだ! 何故、こんな怪しげな男の言葉に従う!」


 ひでぇ。濡れたエロイ姿を見ない為に、ずっと前を歩いていた良識人に向って、なんて言い草だ。

 次から遠慮なく胸とか腰とか尻とか胸とか胸とか胸とか、じっくり見てやるぜ!


「……貴様、何故睨まれていて顔を緩める」


「いえ、何でもございません」


 おっと、いけない、いけない。顔に出ていたようだ。女性陣からの視線が痛い、痛い。


「ゴホン、レティシア様」


 コーズが咳払い一つして、言った。


「彼、カールは荷物持ちです。この場は彼の判断に従う事が良策です」


「はい?」


「ですから、彼、カールは荷物持ちなんですよ」


「すまない、勇者コーズ。どうやら耳が悪くなったようだ。もう一度言ってくれないか?」


「か・れ・は・荷・物・持・ち・で・す」


 コーズが一言一言かみ締めるように言ったが、レティシア様は納得いかない様子で首を捻るだけだ。

 らちが明かないな。

 そう思っていると、聖女様が命令を下す。


「勇者コーズ、説明しなさい。勇者である貴方が、何故、荷物持ちの命令を聞くのですか?」


 コーズは聖女様を背から降ろし、こうべを垂れた。まるで王の前で忠誠を誓う騎士のようだ。


「はい、ご説明させて頂きます。

 荷物持ちは、紋章持ちが各地を巡る際、必要となる職です。私も含めまして、紋章持ちは武芸しか知らぬ無骨物。

 長期の旅になりますと、飲食物の保存、現地住民との交渉、移動行程等、様々な面で不備が生じます。荷物持ちは、そんな私達の不備を補ってくれる職です。

 旅の間、より良い食事を提供し、途中の村では快適な寝床を確保し、安全な行程を決める。旅のエキスパートです。

 此度の様な緊急の移動であれば、彼の判断に従うことが最も安全な選択と判断し、ソワールまでの移動経路、行程の決定権を彼に託しております」


「分かりました」


 聖女様は頷くと、ゆっくりとした動作で俺方を見た。赤い瞳が俺を射抜く。心の奥まで真っ直ぐに突き刺さりそうな鋭さに、身体が強張る。


「荷物持ち、貴方の名は?」


「え、あ、か、カール・マッケントニーです」


「では、荷物持ちカール。ハンナ・ノンノム=アルミスの名において、この旅の指揮権を貴方に移譲します。第七聖域巡礼を滞りなく完遂できるよう、励みなさい」


「は、はい!」


 気付けば、直立不動の体勢で答えていた。


「行って参ります、ヒルデルカ、グリン」


 二人を促して、茂みの中に入って行く。

 そして十分に距離を取ったところで、俺は全身から力を抜いた。


「あー、緊張した。コーズは良く臆せずに話せるよなぁ」


「アレはアレで普通じゃないからねぇ」


 ヒルデルカが俺の肩を叩いて労ってくれる。

 小さな優しさが心にしみる。


「しかし、良かったじゃないかい。聖女様、直々の命なんて、早々受けられるもんじゃないよ」


「ああ、こりゃ子供が出来たら自慢できるな」


 うん、末代まで語り継げるだろうな。


「子供かい? か、カール、その、なんだい? そう言うあてはあるのかい?」


「あて? 何の?」


「だ、だからねぇ。その、なんていうか…………あ、相手の、子供を作る相手のあてはあるのかい?」


「ないない」


 顔を真っ赤にしたヒルデルカに、俺は手を振って否定する。


「生まれてこの方そんなあては」


 ――好きだよ


 頭の奥が疼いた。何かが脳裏に浮かび上がろうとする。

 何だ。これは?

 その何かを見出そうと眉間に力を入れた時、突如、頭が前後に揺さぶられた。

 何処か必死の形相をしたヒルデルカが肩を掴んで振っているのだ。


「な、なんでそこで口ごもる! や、やっぱり、リシェルかい? リシェルなのかい!?」


 前後に頭をシェイクされたお陰で、浮かび上がっていたものは闇の中に溶けていった。


「いや、ないない。物心ついた時から思い出しても、そんな嬉し恥かし素敵思い出はありませんでした。あ、自分で言ってて凄いへこむわ、これ」


「なんだい、びっくりさせないでおくれよ。あー、よかった、よかった」


 胸を撫で下ろすヒルデルカ。

 畜生、俺がもてないのがそんなに嬉しいのかよ。


「そろそろ、いいか? さっさと作業を指示しろ」


 グリンが待ちくたびれたように言う。

 フォローはなしか。冷たい奴だ。


「ああ、分かった」


 いつまでも漫才しているわけにはいかない。動けば動くほど人の痕跡が残り、魔族達に見つかるかもしれない。

 わざわざ中継村を回避してまで、足取りを隠しているんだ。そのリスクを無駄には出来ない。

 まずは、水と薪と食べ物が必要だ。


「とりあえず、ここから少し西に行けば、中継村まで続く川がある。そこで水を確保しよう。

 後、その間に乾いた枝があれば、拾って薪にする。

 食べ物は…………皆、虫食べられるよな?」


 森の中で一番簡単に手に入る食べ物は虫だ。この時期、樹の根を掘れば、幼虫がワサワサいる。焼いて食べると、結構、乙な味がするので、金のない時はお世話になった。

 ヒルデルカとコーズは、前に食べた事があるから大丈夫だろう。

 聖女様とレティシア様には、最悪、背負いバックの中にある保存食をお出ししよう。

 問題は、グリンとリシェルだ。人間なら無理に食わせても毒じゃないが、魔族だと分からない。魔族にしか効かない毒なんてあれば、最悪だ。


「大丈夫だ。食べられる。そう言う訓練もあったからな」


 ふぅ。

 無駄な労力を使わずに済みそうでほっとした。


「まぁ、好き好んで食べたいとは思わないが」


「そうだね。嬉々として食べたいものではないねぇ」


 え? そうなのか? 俺は結構好き好んで食べてたんだけど。

 味はまぁまぁだし、簡単に調理できるし、無料ただだし、無料ただだし。


「どうしたんだい、カール? 固まって」


「方針は決まったんだ、早く動け」


 愕然とする俺に、ヒルデルカとグリンが眉をひそめた。


「あ、ああ、そうだな。それじゃ、行こうか」


 ぎこちない笑みで誤魔化した俺は、二人に背を向けて歩き出した。

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