脱衣と聖女と濡れスケ
人の背丈位の崩れた土壁を飛び越えて、魔族が来る。
食い止めていた近衛兵や勇者達が慌てて追撃をかけようとするが間に合わない。
速度が違いすぎる。
近衛兵達は肉体強化が出来ないし、勇者達は疲労だろう。
「速い、このままじゃ追いつかれるぞ!」
「分かってるわ! けど、これが限界よ」
くそ、どうする。このままじゃ、追いつかれた所をやられる!
……されしかないか。最悪の手だが、他に方法が思いつかない。
「おい、リシェル」
気持ち悪い。胸糞悪い台詞を吐き出す。
「聖女様だけ連れて、勇者達と逃げたら何とかなるか」
荷台にいる奴ら全員を外に放り出す。もう、それ位しか手がない。
「却下。勇者達だけと逃げても、逃げられる保証少ないわ。疲労の度合いも考えれば、移動速度は相手が上よ」
「先に行けば、援軍があるかもしれない」
「ないわね。多分、あの場に残った近衛兵達が、最後の戦力よ。近衛兵が聖女様を守らないわけがないわ。紋章持ちにしても、戦力になる奴らは皆、この荷台で後方に置いて来たでしょ」
それに、とリシェルが声を一段と潜めて言う。
「壁は多い方がいいでしょ。いつ流れ弾が飛んでくるか分からないんだから。頼りにしてるわよ、壁一号。下手な言い訳で下車はさせないわ」
クソ、俺が真っ先に飛び降りるつもりだった事もお見通しかよ。だが、肉の壁が幾らあっても、荷台を潰されたらお仕舞いだ。
俺は更に言い募ろうとする。
「それでも「策を思いついた」
グリンが遮った。
「策?」
リシェルが聞き返す。
「俺の記憶が確かならば、この先に小さな小道があったはずだ。聖女と護衛数人がその小道に入り、奴らをやりすごす。馬車は囮としてこのまま進ませる」
確かにこの先には人が一人通れる小さな小道がある。中継村へ向う小道だ。ミュゲ山脈を越えるには慣れた商人でも数日かかる。その為、山の途中で補給をとれる中継村が街道沿いに幾つか設置されている。この先にも一つ、小さい中継村があったはずだ。
「聖女は小道からそのまま山に入って、ソワールを目指せばいい。追っ手さえいなければ、何とかなるだろう」
「良い案ね。どうせこのままじゃ、いつか追いつかれるわ。その案でいきましょう。コーズッ!」
リシェルが先頭を走る白光に向けて声を張り上げる。コーズが速度を落として、御者台と並走する。
「なんだい、リシェル?」
「作戦があるから、協力して」
リシェルが手短に作戦を伝えた。
「うん、分かった。こっちも手詰まりだったんだ。その作戦に賭けよう。僕から皆に話すよ」
「ええ、お願い。後、聖女様の護衛役は、あんたとヒルデルカ、わたし達三人でいいわね?」
「人選の理由は?」
コーズが尋ねる。俺達三人が入っている事が不思議なんだろう。
「元気な勇者二人とその仲間! しかもヒルデルカとわたしは女よ」
「分かった。それで説得してみせるよ」
「頼んだわよ」
コーズは頷くと後ろに下がっていった。荷台にいる聖女様から説得するつもりなんだろう。
「それじゃ、俺も準備しておく」
御者台から荷台に戻る。バックを置いたままなのだ。荷物持ちのバックは、剣士にとって剣、医者にとって薬、農民にとって種みたいなものだ。あれがないと俺がいる意味がなくなる。
バックの中を開けて入っているものの整理を始める。
スリング用の石は入らないな。香辛料も胡椒と塩以外は捨てよう。安物の香草だけもって着てよかった。後、貝と札も捨てるか。銅貨と銀貨があれば十分だ。火打石は、う~ん、念の為持っていくか。
悩みながらも、入らないものはどんどん荷台から捨てる。今回も逃亡しなくちゃいけないんだ。荷物は最小限にまとめて身を軽くしないとな。重いと移動速度の低下だけじゃない。足跡が残りやすくなる。
「その様な事認められるわけないだろう!」
「そこをお願いします。もう、手がないんです!」
ん、なんだか騒がしいな。
声の発生源に視線を放ると、コーズと隊長格の近衛兵が言い争っていた。どうやら、説得が難航しているみたいだ。
まぁ、大事な聖女様を危険人物第一位コーズといかにも荒っぽそうなヒルデルカ、どこの馬の骨とも分からない紋章持ち三人に任せようなんて、普通思わないよな。
頑張れ、コーズ。
下手に加勢して、話をこじれさせる余裕はない。俺はバックの整理を続けながらも、コーズと隊長格の近衛兵の話に意識を集中する。
「う、うむ、そこはその通りなのだが、だが、だが……やっぱり駄目だ。承服できん!」
「そこを何とか、時間がないんです。脱いでください」
は?
ヌイデクダサイ。
コーズが変態になった。それでも、顔がいいからそれなりに様になっているのが非常に腹立たしい。
「一回だけで良いんです。全部とは言いません。聖女様のローブを脱いでいただければいいんです」
「こんな所で聖女様の裸身をさらすなど、許されるわけがないだろう!」
「お願いします。これが最善、最高なんです」
コーズが真剣な顔で聖女様を裸にしたいとのたまっている。完全な変態で、最悪の不信者だ。
最強の戦力でなけりゃ、脳天からかちわりにするんだけどなぁ。
どうしよう?
「レティシア様もそれは分かっているでしょう?」
「……確かに、その通りなのだが……」
おおっと、隊長格の近衛兵、レティシア様が押されている。
なんでだよ!
ここは腰に下げた剣の出番だろ! 目の前にいる変態をどうにかしようぜ。
「時間がないんです。レティシア様も脱がなきゃいけないんですよ」
「ブゥゥゥウゥゥッ!」
コーズ君の斜め下な発言に、レティシア様吹いたぁ。
「な、な、何を言ってるんだ、お前は!」
「え、何かおかしな事言いました?」
顔を真っ赤にして動揺するレティシア様を、コーズがきょとんとした顔で見つめている。
あいつ、自分の言葉に何の疑問も持っていないのか!
自分の前では女は皆、服を脱ぐとか思ってんじゃないのか、あいつ?
「可笑しい事しかないだろう!」
レティシア様が怒鳴り散らす。
あ、バックの整理終了だな。いつでも荷台から飛び降りれるように、軽くなったバックを背負う。
奮発して道具そろえたのに、全部捨てる事になるとはなぁ。はぁ、赤字だ。
と、今はそれどころじゃない。コーズの加勢に加わらなくては。
あの一本気馬鹿が理由もなく、女に肌をさらせなんて言うわけがない。俺には理解できない理由があるはずだ。
……決して、レティシア様の裸が見たいわけじゃないぞ、うん。
俺が動くより早く、レティシア様とコーズの間に小さな人影が割って入った。聖女様だ。
「レティシア、もう止めなさい」
聖女様が口を開いた。拒否される事をまるで考えていない物言いだった。
「し、しかし」
「レティ、止めろと言ったの」
レティシア様は聖女様に一瞥されただけで黙る。
聖女様はコーズの方を振り向き、尋ねる。
「勇者コーズ、この場での着衣の変更は必要な事なのですね?」
「はい。恐れながら、聖女様とレティシア様の御召し物は少々目立ちます。このまま御二人が荷台から降りられますと、魔族もすぐに気付くでしょう。お二人の御召し物は、この荷台に残す事が上策かと」
やっぱり、コーズが変態になったわけではないのか。ホッとしたような、残念なような。
「分かりました。レティシア、脱ぎなさい」
「聖女様!」
レティシア様が悲鳴を上げるが、聖女様は取り合わない。
「そこのあなたとあなた、私とレティと同じ位の背ね。あなた達の服を貸しなさい」
聖女様は、信徒二人を指差し、命令する。
聖女様のお姿に、俺は薄ら寒いものを感じて、生唾を飲んだ。
御年十三歳とは思えない思い切りの良さと、物分りのよさ。何より、この場にいる全員を自分の物の様に扱う姿は、本当に人間なのか疑いたくなる。
俺達が凝視する中、聖女様は自身のローブに手をかけて……
ローブの下からひざ小僧が見えたあたりで顔を背けた。
聖女様の裸身を拝見するわけなんて許されない。
荷台に気まずい沈黙が流れる。衣擦れの音が妙に耳にこびりつく。
「出来ました」
聖女様の声に振り向くと、信徒用の白一色のローブを着た聖女様とレティシア様がいた。
信徒のローブをまとっても、聖女様は聖女様のままだった。身から滲み出る清らかな空気は、粗末なローブを極上のドレスに変えてしまっている。
先ほどまであれほど素晴らしく見えていた聖女様のローブが、着ている信徒には悪いが、みすぼらしい布切れにしか見えなかった。
レティシア様は、なんと言うか。スタイルいい美人が濡れ濡れの白ローブ着るとエロいね。
「どこを見ている?」
レティシア様の冷たい視線で、男性一同顔を逸らす。
「それでは、後ろで仲間が煙幕を張りますので、聖女様はこちらのヒルデルカに、レティシア様は僕に向って飛んで下さい」
それじゃ、こっちも飛び降りる準備だな。グリンは勿論、リシェルも手の空いた信徒に手綱を渡して、準備完了している。後は、俺だけだ。
バックから取り出した獣の皮を身に纏い、要所、要所をヒモで縛っていく。
荷台の速度を緩めるつもりはない。そんな事したら、魔族に気付かれる。
この速度で土の上に飛び降りるんだ。普通は地面を転がって擦り剥かないよう、丈夫な皮で身を守る必要がある。
普通じゃないリシェルとグリンは、そのまま飛び降りて問題ないそうだ。これが力の格差だな。
畜生。
「行くぞ、カール」
あまりの格差に身を震わせている俺の腕を、グリンが引っ張る。
そうだ、こんな事してる場合じゃない。
「ああ」
俺が頷くと同時に、背後で爆音が鳴り響く。勇者達の魔法だ。魔族の足止めと土煙で視界を防ぐ為に、消耗は激しいが派手な爆発系を使ったみたいだ。
土煙が辺りを覆う。
「今だ!」
誰かの掛け声に背を押されて、俺は荷台から飛び降りた。