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128組の勇者達  作者: AAA
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近衛兵と信徒と無駄遣い

 殿をヤク子に任せた俺達は馬車に乗って東へと急ぐ。緩やかにうねる街道に沿って馬車が右へ左へと曲がり、その度に隣にいる信徒の肩が当る。

 魔族からの襲撃はないか。伏兵はいないのか?

 緊張を解いて、疲れた目を指でもんでやる。ずっと遠くを見ていた所為で、細かな理輪郭がかすれて見え始めていた。

 俺も疲れてるな。荷台の空気が悪いのも原因か。

 荷台は静かだ。中で揺られる信徒の皆様や近衛兵の一部は敗残兵の様に暗い顔で頭を垂れている。

 近衛兵は混乱して半壊。信徒の方々は心身ともに限界。その上、まだ安全を確保できておらず、この先にも危険が待ち受けている事は確定している。

 これだけ悪条件が揃えば、暗い雰囲気になって当然だよな。

 俺も勇者試験後半の同士討ち、魔物襲撃、裏切り、不合格、魔族襲撃と言う、絶望コンボを経験していなかったら、同じ空気になっていただろう。

 後、グリンも荷台の背を預けているが、こっちは純粋な疲労だ。重装甲の魔族達の中で暴れ、殿で魔法を連発していたんだ、力も体力も残っていないに違いない。その証拠に、目のギラつきは全く衰えていなかった。

 残ってる食料や飲み物を分けたら少しましになるんだろうけど……

 脇に置いた木製バックを見て、頭振かぶりふる。バックの中には大人一人が二日食べられるだけの食料が入っているが、荷台にいる人数は両手の数以上いる。とても満足な量を分ける事は出来ない。

 グリンにだけは渡したいが、そんな事をしたら、自分も自分も、と群がる奴らが出てくるのは明白だ。

 ここで貴重な食料を分けるか? 

 荷台から首を外に出して、結論を呟く。


「それはなしだな」


「何がなしなんだい」


 俺の顔を正面から覗き込んだヒルデルカが言った。

 あー、しまった。荷台の中に聞かれないようにしただけじゃ、駄目だったんだな。

 うっかりしてた。


「いや、バックの中のものの使い方についてちょっとな」


「その辺りの判断は任せるよ。そう言う面倒くさい判断は、あたいの仕事じゃないからね」


「ああ、任せとけ」


 ヒルデルカが拳を握って差し出してくる。

 ヒルデルカのエールに拳で応える。紅色に輝く紅輝武甲こうきぶこうが鈴の様な音を鳴らした。

 ヒルデルカ達、勇者にはこれ以上の負担はかけられない。今だって馬の負担を軽くする為に、馬車の隣を走ってもらっているんだ。雑用は荷物持ちが引き受けなくてどうする。

 同じ人間なんだ。勇者だけに頼りきりは駄目だ。


「頼んだよ」


 ヒルデルカが馬の前へ向う。

 次第に小さくなる背中から視線を外し、街道の先に視線を向けた。止み始めた雨の中、黒い煙が立ち上っている。

 煙が次第に大きくなり、その濃淡が分かる距離まで近づいた。

 目的地が近づいている。多分、この右曲がりの先に煙の元がある筈だ。

 俺は雨と汗で塗れたスリングの取っ手を服で拭い、左手で握り締める。


「ちょっと、ごめん」


 信徒や近衛兵で埋め尽くされた荷台の隙間を通って、最前部に向う。最前部に来ると、御者台で手綱を握るリシェルの背中があった。巧みに馬を操り、荒れた道を進ませている。


「リシェル、隣行くぞ」


 馬車の操作で手一杯なんだろう、リシェルから返事はない。

 返事がないなら、大丈夫だろう。まずかったら、止めるはずだ。

 揺れる荷台の縁を握り、ゆっくりと御者台に移った。

 馬の跳ね上げる泥から顔を背け、左にいるリシェルを見る。リシェルは飛び跳ねる泥をはね避けようともせず、厳しい顔で街道を観察していた。石や窪みに馬や車輪が取られない様に、馬が疲労で潰れない様に、街道の状況を読んでいるんだろう。

 泥で顔を背けてる場合じゃないよな。

 俺も同じように街道の先に視線を戻し、右手を前に突き出す。

 力の放出。

 街道に入るまでずっと特訓していた技だ。まだ、狙いも威力も準備時間もどれも実戦レベルにはなっていない。さっき使えなかったのが、いい証拠だ。

 馬車に乗っている今なら、牽制位にはなるはずだ。

 この先に何もなければ、力の無駄遣いだが構わない。荷物持ちの力程度、出し惜しみする場面じゃない。

 準備時間は十分ある。狙いは甘くてもいい。威力を限界まで上げろ。

 手のひら、いや手の甲に彫られた紋章に力を集める。大きく息を吸い込むように、力を溜めて、溜めて、溜める。果汁を絞る様に要らないものは紋章に残し、力だけを手のひらに集める。

 塩を作るように煮詰めて、煮詰めて、煮詰めて、煮詰めて、力を濃くする。


「カール!?」


 リシェルが驚きの声を上げたが、答える余裕はない。

 俺の限界に近い力が手のひらに集まっているんだ。これを暴発させないだけで、精一杯なんだ。

 溜めた力はさっきコーズが見せた必殺技に比べたら大した事はない。それこそ、海と雨粒位の差がある。

 たぶん、このまま打ち出しても、魔族には通用しない。

 だから、訓練どおり方向性を定めてやる。ただ、力を撒き散らすんじゃない。木と同じだ。建物、棒、杭、盾、薪、その方向性を定めてやらなかったら価値は下がる。価値を上げろ。

 イメージだ。

 転倒

 殴打

 投石

 手のひらの力に次第に重みが生まれる。

 大岩

 鉄鉱

 重みで下がりそうになる腕を気合で持ち上げ続ける。

 高速

 爆音

 打撃

 力の半分、手のひら側が暴れ始める。

 暴走

 突撃

 暴れ始めた右手を左手で押さえつける。

 まだだ、まだ、先だ。もう少し、もう少しで見えてくる。

 見えた!

 土壁が崩れ、道を半分塞がれた街道が目に入る。黒い煙は土壁の上部から上がっている。

 多分、大規模な魔法で土壁を崩したんだろう。

 崩れた土壁の近くには白い鎧の一団とそれを取り囲む軽鎧の一団がいた。両者は争っており、剣と盾がぶつかり合う音がこっちにまで聞こえてくる。

 あの白い鎧は近衛兵! なら、それを囲んでいる奴らは敵、魔族だ。

 蹄の土を叩く音が聞こえたんだろう、魔族の何人かがこっちを向いた。


「一発牽制する! その間に突っ込んでくれ」


「待ちな! 聖女様の馬車がある!」


 ヒルデルカが制止を叫ぶ。

 マジか!

 暴れようとする力をどうにか押さえ込んで、近衛兵の奥に目を凝らす。前半分が土砂に埋まり、横倒しになった馬車があった。

 白地に赤と緑の太陽の紋章は聖女様の馬車だ。

 クソ、この為に退路を断ったのか!

 この街道はそれほど大きくない。馬車がすれ違おうとしたら、道幅いっぱい使わないとすれ違う事が出来ない。つまり、馬車が他の馬車を追い越す事も難しい。この緊急時、追い越しかかる手間を考えれば、そのまま一斉に逃げた方が賢い。

 多分、この馬車が俺達というかコーズの元へ引き返して時、相当な悶着があったはずだ。流石は恋する乙女。聖女様とコーズを天秤にかけてコーズを取りやがった。

 ヤク子の怖さは一端置いて、追越が難しい街道で後方との分断が成功したらどうなるか?

 聖女様の馬車が最後尾になる。

 後は前を潰せば、簡単に孤立させられる。


「最悪ね」


 リシェルの感想に、俺も頷く。


「ああ。だが逃げ道がある分、まだ救いはあるな」


「逆よ。逃げ道がある事が最悪なのよ。逃げ道があるから、どうにか逃げようとする。逃げればいいんだから、攻撃も防御も弱くなる。相手はそこを狙って皮膚を切り裂く様に、少しづつ力を削げばいいわ。そして、弱りきった所をガブリ、ね」


 リシェルの言う通り、近衛兵は崩れた土壁を背にしながら、少しづつ横に移動している。崩れた土壁の脇を抜けようとしているのだろう。

 それに対し、魔族は魔法で足止めをしながら、近衛兵一人を数人で囲んで戦っていた。襲われる近衛兵を助けようと別の近衛兵が前に出ると、魔族はすぐ後方へ下がり、別の近衛兵に狙いを定める。


「皆、突撃だ! 魔族を蹴散らして、聖女様を助けよう!」


 先頭でコーズを宝剣を掲げ、突撃する。他の勇者達がそれに続く。

 聖女様と言う事場に反応したのか、近衛兵が立ち上がった。さっきまでうな垂れていた奴も一人残らずだ。

 近衛兵が折れた剣を掲げ、声を張り上げる。


「我ら聖神の剣なり!」


「「「「我ら聖神の盾なり!」」」」


「聖神の至宝の防人さきもりなり!」


「「「「聖神の至宝の担い手なり!」」」」


「ならば、行くぞ! 神を汚す罪深き化け物に、神の慈悲を与えん!」


「「「「オォォォォオオオォォォォッ!」」」」


 荷台の上で雄たけびが弾けた。


「なにこれ? 何でいきなり元気になってるのよ」


「光神教の信徒だからなぁ。大義名分があれば、それだけで幸せなんだと思う」


 俺は御者台に座りなおす。既に手のひらに溜めた力は消えてしまっている。代わりに全身を襲う倦怠感が凄い。体を動かすと、血が固まってしまったように鈍い抵抗がある。

 これで魔法も力も品切れだ。

 力の入らない手でスリングを構える。狙いの先では、コーズを先頭に勇者達が魔族に突撃を仕掛けていた。

 さっきヤク子に任せた魔族とは違い、鎧は俺達と同じ軽鎧で盾も木製のものだ。防御力は大きく下がっていたが、その代わり恐ろしく敏捷だった。

 まるで鳥の様に宙を舞い、狼の様に素早く動く魔族に、勇者達は有効打を当てる事はできない。だが、魔族の陣形を崩す事は出来た。

 勇者達は近衛兵を囲んでいた魔族を光り輝く力で二つに分割する。援軍に力を得たのか。囲まれている近衛兵達も、これまでの逃げ腰から一転、攻勢に移る。

 戦場の流れが変わった。俺達が有利だ。これなら聖女様を助けられる。


「おい、お前達」


 突然、荷台から声をかけられた。振り返ると近衛兵の一人が、俺とリシェルの間に顔を突っ込んでいる。


「あいつらの近くまで行ったら、速度を落とせ。俺達が降る。お前達は聖女様を連れて逃げろ」


「いいの? 大切な聖女様を勇者の仲間に任せて?」


「構わん。聖女様の御安全が最優先だ」


「おっけー」


 リシェルは軽い調子で引き受け、手綱を軽く引く。馬達の歩調がゆるくなり、荷台にいた近衛兵達が飛び降りた。

 既に戦場は目の前だ。


「「「「アアアアアアアァァァァァァァアァァァァアアアアアアッ!!!」」」」

 

 剣戟と悲鳴の聞こえる戦場へ、近衛兵達が雄たけびを上げて突進する。

 二度目の援軍は、魔族達にとって予想外だったんだろう。明らかに動きが鈍くなり、迎撃の態勢が整わない。

 そこに近衛兵達が喰いついた。白の鎧が魔族達を埋め尽くす。


「今のうちに急ぐわよ」


「ああ」


 リシェルは崩れた土壁で塞がれていない方へ馬を進める。崩れた土壁の石や泥が散乱していて、ほんの少しでも進路を間違えば、荷台が動かなくなる。ゆっくり慎重に進むしかない。

 耳元で聞こえる金属音と雄たけびが、いつ流れ弾が俺達に向ってこないか、と恐怖心を煽る。

 くそ、早く抜けてくれ。

 聖女様はまだか?

 忙しなくスリングを動かし、すぐ隣で繰り広げられている戦闘と荷台の進行方向の間を何度も首を往復させる。

 まだか?

 まだか?

 両手で数えられない位、首を往復させた時、戦場から白い光が現われた。光を纏った一団が戦場を割き、こちらに駆け寄って来る。

 先頭にコーズ、その後ろには何人かの勇者、ヒルデルカもいる。他、近衛兵と近衛兵に抱きかかえられた女の子がいた。

 女の子は白いローブの要所を、赤と緑に染めたスカーフ、紐で縛り、白の頭巾を被っていた。ほっそりとした手足は短く、胴も小さく起伏が見られない。小さな女の子だ。

 あれが聖女様か。

 聖女様を抱きかかえた近衛兵は荷台に飛び乗り、叫ぶ。


「急げ、逃げるぞ! さっさと出せ!」


「分かってるわよ、そんなの!」


 先頭の馬が崩れた土壁を抜ける。リシェルが手綱で馬の尻を叩く。

 荷台が加速した。

 背後では乗り遅れた近衛兵達の姿が小さくなる。彼らは俺達に背を向け、魔族を迎え討とうとしている。

 最初から残る気だったのか。


「急ぐわよ。あいつらの目的は聖女だから、こっちが離れれば、何時までもあそこで戦おうとはしないはずよ」


 そう言ってリシェルが手綱を振るい、速度を上げる。

 荷台がにわかに騒がしくなる。聖女様の登場に、信徒達が気付いたようだ。


「助けて下さい」


「聖神は我々を見捨てたのでしょうか?」


「奇跡をお与え下さい!」


「奇跡を!」


 信徒達が聖女様に群がろうとする。さながら亡者のような容相だ。

 群がる信徒達から聖女様を守るように、近衛兵が立ちふさがった。先ほど、聖女様を抱きかかえていた近衛兵だ。他の近衛兵と違い、鎧が白一色ではなく、所々に赤と緑の線で美しい意匠が施されている。

 隊長格か?


「下がれっ! 馬鹿者共が! 貴様らの信仰はその程度かぁっ!」


 甲高い怒声が耳を打つ。

 さっきは気付かなかったが、もしかして女かぁ?

 よく見ると近衛兵の腰周りに丸みを帯びており、男のモノではない。

 ああ、そりゃいるか。幾ら近衛兵だからって、男だけじゃ、いつでも何処でも守れないからな。

 群がる信徒の相手は、あの近衛兵に任せて、俺は更に後方、荷台の後ろを見る。


「ひのふの……六人か」


 荷台の後方では、勇者達が背後を警戒しながら着いて来ている。コーズとヒルデルカ以外は顔しか知らない。


「結構残ってるわね。流石勇者かしら」


「ああ、だけど、それも更に数が減りそうだ」


 勇者達の後方、崩れた土壁を飛び越えて魔族達が追って来た。

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