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128組の勇者達  作者: AAA
14/52

ヤク子と荷台とスライド

 何が起きたんだ?

 魔族と戦っているヒルデルカの元へ走りながらも、俺の視線は黒い煙から離れない。


「何だか、嫌な予感がする」


 背後でコーズが深刻そうに呟く。


「ああ」


「だろうよ」


「そうでしょうね」


 そんなの煙見たら馬鹿でも分かる、と言う奴はいない。こんな極限状態だ。分かってる事を分かっている、と知らせる事も大事なんだ。

 前方で何かが起きたのは間違いない。

 誰が何の為にやったんだ?

 魔族なら、聖女様の足止めだろう。

 人間なら、前方に出てきた伏兵を倒したのかもしれないし、その足止めかもしれない。

 ああ、考えてみたら、どっちでも一緒じゃないか。前に魔族が出てきてやべー、やべー。その状況に変化はないのか。

 どうりで俺達が逃げ出しているのに、後ろの魔族どもは焦っていないわけだ。やっぱり、罠か。こりゃ大変だな。

 俺が気合を入れなおしていると、前方で一際大きな打撃音が鳴り響く。

 ヒルデルカが魔族の胸に大穴を開けた音だ。

 紅の拳が魔族の分厚い鎧を突き破って背中から生えている。


「うぇ、何? あの馬鹿力。あり得ないんですけど」


「本人曰く、拳速と当て方さえ練習したら、誰にでも出来るらしいぞ」


 信じられないのは良く分かる。

 俺は同じ光景を見たことがある。

 その時、俺もリシェルと同じような顔で呆然としていただろう。


「マジで?」


「ああ、マジで」


 うへぇ、と呻くリシェルに、昔は皮の鎧が限界だった事は黙っておく。

 言ったらからかいの種になるのが目に見えている。リシェルはそう言う女だ。この聖女巡礼で嫌ってほど分かった。

 いらん火種は隠すに限る。

 俺は速度を上げて、一足先にヒルデルカに追いつく。手についた血を振り落としているヒルデルカの前に立ち、小さく頭を下げた。


「ありがとう、ヒルデルカ」


「気にする事ないよ。仲間なら、当然だろう」


 ヒルデルカが頬を吊り上げて、ニッと笑う。つられて俺も頬を吊り上げた。


「それにしても、どうしたもんかね? この混乱」


「それは……」


 ヒルデルカが辺りを見て、途方に暮れている。

 あたりではまだ信徒の混乱が続いていた。半狂乱で辺りをぐるぐると逃げているのはまだ良い方、大半がその場に座り込んで震えている。

 勇者や近衛兵達が何とか逃がそうと頑張っているが、一度起きた混乱がそう簡単に収まるはずもない。撤退は遅々として進んでいない。

 何か画期的な手を考えないとどうしようもない。全員背負って逃げるわけには行かないんだ。どうにかして信徒の足を東に動かさないと。

 悩む俺達に、追いついたリシェルが軽い口調で言う。


「見捨てるしかないんじゃない?」


「リシェルッ!」


 あっ! しまった。

 俺は怒鳴ってから、後悔で顔を歪める。

 非情な案に思わず咎めたが、他に方法がない。この場に残って全滅するまで戦うか、混乱している信徒を見捨てて逃げるか。被害の少ない方法を言っているに過ぎないんだ。

 それが分かっているからだろう、ヒルデルカやコーズが何も言わない。ただ苦しそうに顔を歪めるだけだ。


「怒鳴ってごめん、リシェル」


「いいよ。気にしなくて。割り切れなくて当然だし、どうやら、見捨てる必要もなさそうだしね」


 リシェルが東の先を指差す。小雨となった雨の中、街道の先に土ぼこりが見えた。耳を澄ませば、馬の蹄の音と車輪の転がる音が聞こえる。


「カーリー!」


 コーズが喜びの声を上げた。


「さっき言っていた援軍が来てくれたようだね」


「そう見たいね」


「ふぅ、何とか魔族より先に来そうだな」


 ヒルデルカ、リシェル、グリンの顔にも明るい光が差し込む。

 背後を振り返ると、魔族達はまだ遠くにいる。こちらに援軍が来た事は分かっているだろうに、その足取りは全く変わらない。

 援軍程度じゃ何も変わらない。そんな自信があるのか。

 俺が足取りを変えない魔族に不気味さを感じている間にも、蹄の音は大きくなり、馬のいななきまで聞こえてきた。

 六頭の馬が怒涛の勢いでやって来る。荷台は何度も宙を舞い、中にいる奴らが振り落とされないよう必死で縁に掴まっている。


「急げ、急ぎなさい! コーズが危ないのよ!」


 荷台に先端え手綱を握る女が叫んでいる。

 あのキャンキャンと五月蝿い声は、ヤク子か。また面倒なのが来たなぁ。

 こっちの憂鬱なんてどこ吹く風、六頭の馬は勢いを殺す事無く、俺達に突っ込んできた。

 あれ、おいおい、これぶつかるんじゃね?

 俺が顔を引きつらせて左右を見ると、皆、引きつった顔をしていた。

 ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待てよぉ。味方にひき殺されるなんてありかよぉぉぉぉぉぉ」


「叫ぶ暇があったら、速く逃げなさいよ!」


「こっちだよカール」


 右からリシェルに、左からヒルデルカに引っ張られる。


「ん、あんた、離しな」


「それはこっちの台詞」


 お前らぁ、喧嘩とか意地の張り合いは状況を見てやって頂けませんかねぇ?

 と言うかリシェルさんは、演技じゃないんですかぁぁぁあああああ?

 馬がその表情まで分かる距離で両足を突っ張らせてブレーキをかける。ガリガリと地面を削りながら止まろうとするが、止まれる訳がない。

 いや、馬は止まれるかもしれないけど、後ろの荷台が止まれない。勢いがついた荷台はそんなに簡単には止まれないのだ。

 あ、死んだ。

 死を覚悟した俺の目の前で、馬が体を左右に振って荷台を真横にスライドさせる。荷台がゆっくり回転しながら速度を落とし、俺の目の前で止まった。

 風圧で前髪が揺れる。

 後少し、俺が一歩前に出ていたら……うん、荷台に吹き飛ばされていた。

 俺はその場にへたり込んだ。膝が笑って、動けない。

 荷台の先端から人影が飛び降り、へたり込んだ俺の脇を通ってコーズに飛びついた。


「コーーーーーーーズ」


「カーリー!」


「援軍連れてきたよ。何処か怪我してない? ちゃんと四肢はついてる?」


 コーズに抱きつく女はヤク子、本名はカーリーだが、俺の魂がそう呼ぶ事を拒否している。特徴的な緑色の巨大ベレー帽を被って、幾つもの隠しポケットをつけたヒラヒラとした服が特徴的な女薬師勇者だ。

 件のコーズに惚れている女の一人で、俺に外堀うんぬんと抜かしたアマである。


「ありがとう、助かったけど……そろそろ離れてくれるかな? 皆、見てる」


 コーズが気まずそうに言うと、ヤク子はようやく俺達に気付いたのか飛びずさるようにコーズから身を離す。そして、咳払いを一つ。


「ゴホン、か、勘違いしないでよね。パーティーの薬師である私には、仲間の状態をチェックする義務があるの。べ、別にコーズの事がその……好き……とか、そう言うのとは関係ないんだから。いいわね! あんた達!」


 フーッと威嚇音を出しながら、ヤク子が俺達を睨みつける。

 ああ、はい、言い訳、言い訳。でも、好きかどうか明言していない辺り、女は怖いねぇ。


「カール、大丈夫かい」


「ごめんね。混乱しちゃって」


 ヒルデルカとリシェルが、俺に手を差し出して謝る。


「それはいいんだが、最後に見捨てて逃げるのは酷くないか?」


「「……」」


 そこ二人、目を逸らすな。

 俺が半目で二人を睨みつけていると、コーズとヤク子がやって来た。


「ようヤク子、その胸もっとマシな詰め物したら? いくら元が壁だからって、その貧乳はないんじゃないか?」


「あら駄荷物じゃない。あんた、鼻くそをポケットに詰める癖は治ったの?」


 ……

 …………

 ………………


「これは天然モノですー。悪質なデマ流さないでよ!」


「お前こそ、人に変な癖つけるのは止めろよ! ほら、女性陣が半歩下がったじゃないか!」


 俺とヤク子はにらみ合って、そのまま視線を外す。

 どういうわけか、俺とヤク子の相性は悪い。理由は分からないが、なんか気に入らないのだ。


「まぁ、いいわ。今は駄荷物に構ってる時間はないしね」


「だな。こっちもヤク子と遊んでやる時間はない」


「えーと、そろそろいいかい、二人さん」


 睨みあう俺達の間に、ヒルデルカが割ってはいる。


「こっちの準備は大体終わったさね」


 荷台には信徒や近衛兵達がのり、元々乗っていた紋章持ち達は各々の勇者と一緒に、魔族を食い止めようと俺達の後方に集まっていた。

 この馬車で足手まといを逃がすのか。確かにこれなら、信徒の皆様の体力のなさは関係なくなる。

 うん、ヤク子にしてはいい考えだな。


「あー、ごめんなさいね。とりあえず、コーズ達は先に行って。ここは私達が食い止めるから」


「でも! あいつらは「ストップ」


 コーズが異を唱えようとするが、ヤク子がそれを遮る。

 先ほどまでの緩んだ顔から一変、真剣な顔をしたヤク子が言った。


「さっきの爆発、何があったのか私も知らないけど、いいものではないわ。嫌な予感がするの」


「あんたも知らないのかい?」


 ヒルデルカが口を挟んだ。


「ええ、だから、とりあえず最強の勇者には聖女様を守って欲しいのよ。大丈夫、こっちは適当に時間を稼いだら逃げるから」


 ヤク子が安心させるように笑う。

 残ろうとしている面子は皆、勇者試験を受けた一騎当千のつわものだ。全滅するまで殴りあうなら無茶だろうが、時間稼ぎなら大丈夫だろう。逃げる時も上手く逃げると思いたい。


「……分かった。けど、無理だけはしないでくれよ」


「大丈夫、安心して。あんな奴らに、この玉のお肌を傷つけさせるわけないじゃない」


 ヤク子が服の袖を捲る。白いミルク色の肌が現れる。自分で言うだけあって、その肌には小さな傷一つなかった。


「行くよ! あんた達」


 ヒルデルカが荷台の横で叫ぶ。


「ああ、分かった」


 コーズは答えると、ヤク子を見て一言。


「無茶しないでくれ」


「しないわよ。それより」


 それまで笑顔だったヤク子の顔が般若に変わった。


「聖女様に変な事したら、切り落とすからね」


 非常にドスの効いたお言葉です。隣で聞いてて、股が縮み上がりそうになった。


「あ、ああ、勿論だよ。カーリーこそ、気をつけてね」


 顔を真っ青にしたコーズがソソクサとカーリーから距離を取る。

 俺もコーズの後を追って、荷台に向おうとして止まる。このまま逃げるんじゃ、芸がないよな。


「カール!、早く乗って」


 荷台の先端で手綱を持ったリシェルが叫ぶ。気付けば、既に勇者達とその紋章持ち達が、魔族と戦い始めていた。


「ちょっと待ってくれ」


 俺は急いで背負ったバックに手を入れる。目的の袋を取り出し、ヤク子に向って投げてやった。


「ヤク子!」


「へ、何これ?」


 ヤク子が胡散臭そうに袋を受け取る。


「塩だ! とりあえず手持ちの半分くれてやる、ありがたく思えよ」


「誰があんたなんかに、いーーーーっだ! この借りは絶対返すから、死ぬんじゃないわよ!」


 ヤク子の声を背に、俺は荷台に足をかけて飛び乗った。中は鮨詰め状態で、疲れきった信徒や近衛兵が肩を寄せ合って蹲っていた。

 こりゃ、ヤク子の援軍が後少し遅かったら、全滅してたな。

 体力も気力も限界そうだ。未だに元気なのは、コーズとヒルデルカとリシェル、それにグリン位か。


「乗ったわね。行くわよ」


 手綱を打つ音と共に、荷台が動き始める。背後を振り返れば、徐々に小さくなるヤク子達の姿が見えた。

 死ぬなよ。借りは返してもらうからな。

 未練を振り切る為に視線を正面に戻す。

 この先でもまだ、戦いは続いているんだ。

 俺は未だに立ち上る黒い煙を睨みつけた。

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