勇者と魔族と信徒の闘い
争う二つの集団は黒と白の色合いに分かれていた。
全身を黒い金属鎧で覆う集団が、光り輝く武器を持つ勇者達と対峙している。
黒の集団は両手にはそれぞれ分厚い金属楯と剣を持ち、一糸乱れぬ動きで一歩づつ前進していた。
化けモンだ。
想像を超えた姿に喉が鳴る。
何だあの分厚い鎧と楯は? 肉厚が小指の幅位あるぞ。
普通の鎧と楯の十倍以上の厚さだ。
なんであんなの着て動けるんだよ。あの楯だけでも大人が三、四人いて、ようやく持ち上げられそうな大きさだぞ。
「あの鎧と構え、正規上級兵ね。面倒なのが来たわ」
隣から舌打ちが聞こえた。
「正規上級兵? 魔族って事か?」
ええ、とリシェルが頷く。
「魔族の中でも軍で戦闘訓練を受けた兵士、その中のエリート達よ。全員、身体能力強化が出来るわ」
それであんなクソ重い鎧を身に着けられるのか。あれの鎧なら普通の剣が当っても、傷一つつかないだろう。
ヒルデルカは? 先に来たコーズは大丈夫なのか?
黒と対峙する勇者達の中から二人を見つけようとするが、武器から発せられる光が眩しすぎて見つからない。
代わりに勇者達に混じって、紋章持ちがいる事に気付いた。真っ白な鎖帷子に要所だけ白い皮鎧で身を守る紋章持ち。聖神信徒兵隊の護衛担当、近衛兵だ。手に持つ皮の盾と剣に彫られた太陽の紋章がその証拠だ。
近衛兵の後ろにある馬車が聖女様の神輿か。
勇者と近衛兵の後ろで守られた一際大きな馬車に、目を移す。白地に赤と緑の宝石で出来た太陽の紋章が映え、いたる所に金と銀の細工を施された装飾品のような馬車だ。
「リシェル様、このまま横から襲い隊列を崩します。その間に、勇者達の所へ」
「そうね。そのまま、混乱に乗じて逃がすしかないわね」
グリンの指示に、俺も頷いた。
勇者達と近衛兵に勝ち目はなさそうだった。勇者達と近衛兵が魔族に向って剣を振っているが、殆ど意味を成していない。
勇者達の武器は、あの分厚い盾で防がれ、受け流され、有効打と鳴らない。時折、魔法による崩しと、武器攻撃で盾を砕く時もあるが、後ろに控えた魔族が盾の壊された魔族を庇い、隊列が乱れない。
近衛兵の方は相手にもされていない。剣を幾ら振るおうとも、魔族たちは防ごうとしないのだ。それもそのはず、剣が盾や鎧に当っても傷をつけるどころか、逆に刃が潰されている。
唯一反応があるのは、魔法による攻撃だが、それも大したものじゃない。魔法が当った瞬間、少し煩わしそうに身をゆするだけ。
大人と子供の喧嘩だ。力の量に差がありすぎる。
「行くぞ」
グリンが気合と共に剣を抜く。その刀身に大量の力が集まっていく。ヒルデルカと戦った時の比じゃない。
驚いた俺に対して、リシェルがすまし顔言う。
「勇者相手に本気を出すわけないでしょ。本当ならヒルデルカ位のレベル、一人でも倒せるわよ」
「フン」
グリンが魔族達目掛けて剣を縦に振る。刀身から嵐のような強風が撒き散らされる。雨を螺旋に吸い込み、弾き飛ばしながら風は魔族達の側面を襲った。
魔族達がたたら踏み、隊列にわずかな乱れが生じる。
リシェルが俺の手を掴んで叫ぶ。
「行くわよ!」
俺が答える前に、腕が加速した。肘や肩が抜けてしまいそうな程の力で、リシェルが俺を引っ張っている。
ちょ、ま、飛んでる。俺、飛んでるぞ!
急速に流れる景色の中で黒の人影が正面に現れる。俺達に気付いた魔族が、道を塞ごうとしているんだ。
「邪魔っ!」
リシェルが力を打ち出す。三角形の力が魔族の胴を目掛けて、矢の様に飛ぶ。
魔族が力の軌道上に盾を掲げ、腰を深く落とす。
駄目だ、防がれる。
「カール、このまま脇を通り抜けるわよ」
無理だ。盾で力を受けた後、反撃の一閃で斬られる。
リシェルの体が更に加速し、俺の体も未体験の速さに突入した。
もう、停止も方向転換も出来ない。
力と魔族の盾が触れ合おうとしている。
力が防がれるのは規定路線だな。
反撃の一閃を防ぐしかない。
一発なら受けられるか。
腕一本は失う覚悟で、空いている手を剣の柄に添える。
「はい、お仕舞い」
リシェルの軽口と同時に、殆ど盾と重なり合った位置で力が真下に急降下した。
まるで滝に落ちる流木の様な急激な変化。
力は魔族の足元を崩す。
空ぶった盾に釣られ魔族の体が前にたたら踏み、崩れた足場でバランスを崩して地に膝を着いた。
その脇をリシェルが、続いて俺が通り抜ける。
倒れた姿勢から魔族がの剣を突き出すが、遅い。タイミング、剣速、どちらも遅すぎる。
これなら俺だって防げる。
剣を鞘から抜き、下から上に魔族の剣を払う。
俺の剣の先端が折れたが、その代わり、魔族の一撃は防げた。上々の出来だ。
よし、と緩んだ頬だったが、正面を見て強張る。
勇者達の一団がもう目の前、後、二、三歩の距離に着ていた。
「ぶつかる、ぶつかる!」
「避けなさい」
無茶言うなよ、この馬鹿女。
リシェルが体を真横にして、滑るように勇者達の間をすり抜ける。
俺も見よう見まねで避けていく。
「なっ?」
「きゃっ!」
「と、止まれっ!」
「何奴」
右手と右足を同時に出し、着地と同時に膝の力を抜いて倒れるように方向転換。さらには蹴り足と地面を滑らせる。
なんだこの気持ちの悪い動き方? 速いけど、体中が宙に浮いているみたいだ。
戸惑いの声を無視して突き進むリシェルの暴走は、紅の光の前でようやく終了となった。
「援軍に着てあげたわよ」
「頼んじゃいない……と言いとこだけど、まぁ、助かったよ」
リシェルが腰に手を当てて言うと、ヒルデルカが口角を吊り上げて笑う。両手では紅輝武甲が、一段と強く紅に輝いた。
「素直ね」
リシェルが剣を抜きながら、少しばかり意地悪そうに言う。
ヒルデルカは苦笑で返す。
「そりゃ、この状況で意地なんて張るつもりはないさね」
「相手は魔族だよな?」
分かりきっている事だが、一応、確認する。
「最初は山賊だったんだけどね。アタイ達が山賊どもを吹っ飛ばしてたら、あいつらがやって来たんだよ」
ヒルデルカが顎で指す方を見ると、また一歩、魔族達が近づいて来た。
黒の鎧、黒の盾、その化け物じみた肉厚の武装と、わずかな乱れも見えない隊列の威圧感に、思わず一歩下がりそうになる。
「多分、全員魔族だね。それも良く鍛えられた。最初に突っかかっていった近衛兵が一瞬で潰されたよ」
ヒルデルカと魔族達の間に倒れている赤い塊がそうなのだろう。
異様な死体だった。
切り傷はない。殴られた痕も見えない。
薄っぺらかった。
腕も胸も頭も足も、体中全ての厚さが薄くなっている。厚めの絨毯位だ。
一体どうやって?
「盾で潰したわけね」
リシェルが俺の前に立ち、魔族に向かい剣を構える。少し身体を斜めに、剣の切っ先を前方へ。ヒルデルカと戦った時と同じ構えだ。
「そう言う事。あいつらの馬鹿力あっての攻撃法さね」
「こりゃ、足でまといかな」
俺は背負った木製バックに手を入れながら、一歩下がった。
荷物持ちが戦えるレベルじゃない事は、潰された死体から十分読み取れる。今は俺に出来る事は、ヒルデルカやリシェル、他の勇者達の邪魔にならない様に下がってる事だ。
俺の出番はここを逃げてからだ。
「気にする事ないよ。こっちもどうしようもなくなってるから、ねっ!」
ヒルデルカが魔族に向って飛び出し、拳を打ち付ける。
硬い金属音が響き、紅の手甲と黒の盾が激突した。手甲がその名、紅輝武甲、その通りに光り輝く。
暗い雨の中に一瞬、夕日が生まれ、盾ごと魔族が吹き飛ばされた。
ヒルデルカの左右から魔族が挟み込もうとするが、ヒルデルカは大きく後ろに跳んで帰ってくる。
「幾ら殴り倒しても、すぐに隙間を埋めて来るんだよ。正直、ジリ貧だね」
「あいつらの狙いは聖女よ」
リシェルが叫ぶ。
「聖女を逃がせれば、こっちの勝ちって、五月蝿いっ!」
敵の魔族が打ち出した力の礫を、リシェルが力を通した剣で叩き落す。それも三発。
なんて剣速。化けモンだ。
今まで実感が湧かなかったが、魔王直属の特殊部隊、その肩書き通りの凄まじい剣の冴え。
しかし、それも迫り来る魔族達にはあまり効果がない。
魔族達は列を作り一歩、一歩確実に距離を詰めてきている。面の動きだ。
されに対し、俺達は一人々々が散発的に魔族へ攻撃を仕掛けている。点の動きだ。
今はまだ、体力があるからいいが、もっと疲れが見えてきたらまずい。動きが鈍くなった奴から潰されていく。
きっと、他の奴らもそれを実感しているだろう。だれか俺達を指揮できる奴がいれば話は違うんだが、それは無理だ。
ここにいる全員の特性を把握して、適切な判断が下せる奴なんているわけがない。
勇者達は元々紋章持ちだ。指揮の経験なんてあるわけがない。
近衛兵は指揮をしようにも、自分達の連携すら出来ていない様だ。未だに前線に出て行く馬鹿がいる事がいい証拠だ。
「くそ、このまま消耗戦狙いかよ」
「まずいわね。まさかここまで指揮系統がないなんて思わなかったわ」
俺が毒づくとリシェルが舌打で答えた。
「悪かったね。流石にこれは予想してなかったんだよ」
俺は背中の木製バックから幾つか袋を取り出し、腰紐にくくり付ける。いつもの癖で用意してた煙玉だ。
これを使えば、ここから逃げる事が出来るんだが、その為にはここにいる全員の協力が必要だ。少なくとも、聖女様を逃がす役と、殿役の二つは必須になる。そして、出来れば、一瞬の隙を作れる何かが欲しい。
これらの役を勇者達と近衛兵どちらも納得させながら割り振らなきゃならない。
あー、面倒くさい。そんな、全員を納得させる時間なんてないぞ! 指揮官がいれば、そいつの一声で済むのに、畜生。
「くぞ、何とかならないのかよ」
俺が再度毒づくと、その何とかが純白の光を伴ってやってきた。
「カール、見つけた!」
世の中の未亡人が頬を染めて振り返りそうな凛とした声で名を呼ばれた。
はい、ハーレム勇者の登場です。
純白の光で栗毛の髪を輝かせ、真っ白に照らされた白金の鎧を着込んだコーズが現われる。その手には、白く輝く宝剣が握られていた。剣の腹には古代語が彫られ、鍔と柄頭に宝石が埋め込まれている。純白の光はその宝石の中で燃えている小さな白炎の光だ。
「なん「煙玉をくれないか。聖女様を逃がす」