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128組の勇者達  作者: AAA
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山賊と悪路ですれ違い

 背後から鳴り響いた轟音に、俺は慌てて後ろを振り返る。目を凝らして見るが、雨の所為で何も見えなかった。

 あの低めのかすれた音は、遠くで何かが崩れ落ちたんだと思うが、一体どこだ?

 ここはミュゲ山脈街道の丁度真ん中あたり。確か、周囲に川や崖はなかったはずだ。そうなると……まずい!

 顔を強張らせた俺が隣を向くと、事態を理解しているのだろう、険しい顔をしたリシェルが土壁の上を満遍なく見渡している。


「今の音、土砂崩れだと思うんだが、それらしいものは見えるか?」


「見えないわ」


 やっぱり、そうか。

 俺は破裂しそうなほど激しく脈打つ胸を押さえる。そして、リシェルの手を取って、コーズとグリンに体を密着させた。


「やばい、誰かが街道の土壁を崩した」


「根拠は?」


 一瞬の間もなくグリンが問う。他の二人も真剣な顔を俺に見せている。

 疑問を挟まない、て事は、グリンは、いや、三人ともその可能性を考えていたんだな。


「この辺りに川も崖もない。だから、鉄砲水も崖崩れも考えられない。ミュゲ山脈の山頂で土砂崩れがあったんなら、この雨の中で音が聞こえるはずはない。そうなると、残るは街道の土壁か偶々見えなていないだけの二つになる」


 そこで一端言葉を区切る。

 三人の顔を見渡すが、戸惑った様子はなかった。全員、そこまでは考えていたんだろう。

 そこから先は考えられなくて当然だ。商人でもなければ、知らない情報だからだ。


「一昨年、商人達に多額の税がかけられた。理由はミュゲ山脈街道の整備だ。その原因となったのが、街道の真ん中辺りで起きた土砂崩れ。丁度この辺りだ」


 俺が言い終えると同時に、リシェルがマントを脱いだ。グリンもそれにならう。

 コーズは既に進行方向と逆、聖女様のいる方へ走り出していた。馬に乗っているかの様な速さで小さくなる。


「つまり、最近整備された街道がこの程度の雨で簡単に崩れるわけがない。これは誰かが仕組んだ事って言いたいわけね」


「そう言う事」


 俺達三人もコーズを追って走り出す。


「お前達、勝手に持ち場を離れるとは何事だ! 持ち場を守れっ!」


「待て、待たんか!」


 背中に叱責を浴びせられるが、無視する。

 俺達の目的は聖女様の誘拐阻止なんだ。その危機が迫っている可能性が高い今、止まる事なんて出来るわけがない。

 それに未だに馬車から降りない信徒の皆様のお言葉を聞ける程、このカール、人間出来ていないのでございますの事よ。

 いけないと分かっていても、頬が緩むのが止められない。

 いつの間にか前を走っているリシェルとグリンも似た様な顔をしてるだろう。小さくなっていく背中からでも生き生きとした様子が感じられた。


「と言うか、あいつら速すぎ。馬かよ!」


 どんどん小さくなる二つの銀髪。

 俺は太ももに活を与えて、速度を上げるが追いつかない。それどころか、更に引き離されていく。

 あれが身体能力強化の力か。普通の人間なら倒れてる速さで走り続けてやがる。

 背中に背負った荷物が重く感じられるが、これを放り出すわけにはいかない。荷物持ちが荷物を放棄するなんて、騎士が剣を、商人が貨幣を、職人が槌を捨てるようなものだ。


「くそ」


 もっと速く、と俺は両手に力を込めて走る。

 握り締めた両手が、ほのかに熱を帯び、額から流れる水に塩気が含まれてきた。

 足元がぬかるむ。先に進めば進むほど、俺達の足跡や馬車のわだちで道が荒れ、走りづらくなってきた。

 俺は速度を落とさずに、前に進む。


「お!?」


 一度は見失いかけた銀色の髪が微かに姿を現した。向うの速さが落ちている。さっきまでは馬の早駆け位速かったが、今では軽く流している位の速さだ。

 こういう悪路なら、俺の方が速いわけか。


「ハァハァ、追いついた」


「へ、カール? 嘘! なんで着いて来れるの」


 俺が隣りに並ぶと、リシェルが目を丸くする。

 このアマ、最初から置いてくつもりだったのかよ。


「あ、悪路のお陰だな。ハァハァ。そっちの速さが落ちたからだ」


 くそ、それでも俺には速すぎるのか。頭がくらくらする。


「カール、無理についてこなくていいわよ。後で来てくれれば、十分よ」


「それだけ息を乱していては戦えないだろう。息を整えてから来い」


 リシェルとグリンが交互に忠告する。


「大丈夫だ。これ位なら、まだ序盤。ハァハァ。リシェルの特訓だと、ハァハァ、これ位からが本番だ」


 俺は大丈夫だ、と二人に笑いかける。

 確かに速く走りすぎて体中が熱いが、雨のお陰で火照る頬や手から熱が飛んで行き、走りやすい。

 まだ大丈夫だ。


「なら、いいけど。絶対、わたし達から離れないでね。相手は本気みたいだから」


 リシェルが街道の脇を指差す。

 なんだ、あれ?

 リシェル達に追いつく事に集中していて気付かなかったが、街道の横では皮の鎧を着た見慣れない男達が武器を放り投げ降参している。


「待ってくれ。俺たちゃ、騙されたんだ」


「知らなかったんだ。聖女様を襲うなんて、恐れ多い事、出来るわけがねぇだろう」


「頼む助けてくれぇ! 聖神様の慈悲と寛容を俺達にも、頼む」


 どいつもこいつも顔を真っ青にして、慈悲を乞うている。恐らく、傭兵崩れの山賊か何かだろう。

 俺達と同じ勇者についてきた紋章持ちや、聖神信徒兵隊の皆さんが山賊達を順次縄で縛っていた。

 あれ、もしかして、今回の土砂崩れは山賊が原因? 魔族は無関係なのか?

 頬が引きつった。

 恐る恐るリシェルに伺ってみる。


「あのーリシェルさん。これ全部、山賊の仕業だったりする?」


「それはないわ。土砂崩れを起す位用意周到に準備する相手が、商隊と聖女巡礼を間違えるなんて考えづらいもの」


 あーよっかた。信徒の制止を振り切ってここまで来たんだ。今更、なんもありませーん、では戻れない。

 俺はほっと胸を撫で降ろす。


「多分、過激派の奴らが、紋章持ち達の足止め用に連れてきたんでしょ。適当に上手い事言ってね」


 なるほど。確かに幾ら降参したからと言って、山賊をそのまま放置するわけには行かない。動けないようにして、見張り位は立てるはずだ。その分、こちらは人手を割かなくちゃいけない。


「用意周到だな」


「ええ」


 突然、街道の先から白い光が天に伸びた。光は一直線に空を割り、閃光の様に輝く。

 あれは……


「スペシャルコーズスラッシュ」


「プウゥゥゥゥゥ」


 技名を呟くと同時に、リシェルが噴き出した。


「なにそのダサい名前」


「仕方ないだろう、そう言う技名なんだから。グリンも口元押さえて、肩震わせてるな。失礼だろう」


 名付け親の俺に、と心の中で付け足す。

 あれはコーズの必殺技なんだが、コーズは特に技名をつけずに使っていた。そこで俺が冗談で、スペシャルコーズスラッシュ、と言う技名を提案したところ、あの馬鹿心底喜んじゃったんだよ。その嬉しそうな顔を見ると、あれは冗談です、とも言えずに今日に至る。

 お陰であの技名をコーズが叫ぶたびに、俺は身悶える事となった。

 酷い拷問もあったもんだ。


「あれはコーズの必殺技なんだ。どうやら向うは強敵がいるみたいだな」


「つまり必殺技の、ププ、スペシャルコーズスラッシュ、ぷぷぷぷぷ、を最強の勇者が使わなきゃいけない状況、てわけね」


「ああ、そうだ…………と言うか、笑うなよ。可愛そうだろう」


「リシェル様、カール、冗談はそこまでだ。剣戟の音がする。敵が近い」


 グリンの言葉に耳をすませると、雨の音に混じって、微かな悲鳴や怒号、金属の打ち鳴らされる音が聞こえてきた。

 気付けば、周囲にある馬車も意匠を凝らしたものに変わっている。

 人の気配がないのは、この辺りにいる奴らは皆、聖女様の護衛に行っているんだろう。

 次第に音が大きくなる。

 戦場まで近い。

 ゴーレムの一撃が脳裏によぎる。全身がバラバラにされた様な痛みと、その後に続いた冷たさ。

 ゴクリ、と唾を飲もうとするが、口の中が乾いていてまってく喉を潤さない。微かに両手が震えている。

 ビビるな。やるしかないんだ。

 奥歯をかみ締め、震える歯の根を強引にあわせる。

 既に目の前では、剣をぶつけ合う二つの集団が見えていた。

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