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128組の勇者達  作者: AAA
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魔族と山道で愚痴

 左右を土壁で囲まれた坂道を一歩、一歩確かめるように歩く。朝から降る雨の所為で、足元がぬかるんで仕様がない。馬のひづめや馬車で荒らされた地面はでこぼこしていて、油断していると足をとられそうになる。

 既に三度、馬車の車輪が地面のへこみにはまって、往生したんだ。気をつけないと足をくじく。

 俺は雨合羽代わりのフード付きマントの隙間から顔を出すと、左右を見渡した。

 道の両側は土壁になっている。土壁は急な斜面になっていて、崩れないように所々丸太で支えている。崖と言うほどではないが、坂ともいえない中途半端な傾斜だ。


「上を向いてると怪我するわよ」


 隣を歩くリシェルが背負ったバックの肩紐の位置を直しながら言った。


「ああ、だけど、ここにくると自然と顔が上を向くんだ」


「二百年前だっけ? この街道が出来たの?」


 頷く。


「人の手で作ったそうだ」


 背後からやってきたグリンが会話に加わる。


「商業王 ルードリッヒ二世の遺産だ。当時から工業都市として名高いソワールとの交易を安易にする為に作られた。山脈を二つに断つ長大な街道。この街道のお陰で、それまで命がけだったミュゲ山脈越えが随分と楽になった……らしい」


「詳しいじゃないか」


 俺は目を丸くする。

 魔族なのに人間の事を良く知ってる。俺達でも先輩の商人から言い聞かされる位で、知らない奴の方が多いのに。


「お前の特訓の間、聖女巡礼の護衛をずっとやってたからな。信徒の奴らともそれなりに話したりしている。その受け売りだ」


 グリンが背後についてくる馬車を顎で指す。その顔には若干の苛立ちが見えた。


「代価に肉や酒を取られたがな」


 リシェルも、なるほどね、と面白くなさそうな顔で言う。

 俺もきっと同じような顔をしているだろう。

 今、外を歩いているのは、俺達勇者の仲間としてきた紋章持ちだけだ。聖神信徒兵隊の皆さんは、幌を張って荷物が濡れないようにした馬車の隙間に座っておられます。

 人が何十人も乗れば、その分馬に負担がかかる。その負担を軽くする為にどうするか?

 答えは、重くなった分いらない荷物を捨てればいい、でした。そう言うわけで、一番最初にいらないものとされた俺達の荷物を担ぎながら、俺達は山道をえっちらおっちら歩いている。

 うん、ふざけんな。体力の消費は分散すべきじゃないのかよ。

 背負った荷物持ち用の木製バックの重さを思い出し、俺は理不尽さに頬が引きつる。

 流石にそろそろ、我慢やフォローも限界にきそうだ。

 でも、我慢だ。我慢。聖女様を守る為に、俺、頑張れ。


「フゥ」


 苛立ちを胸から大きく吐き出して、話題を変える。


「そういやリシェル荷物重くないか? なんなら代わりに持つぞ」


 リシェルの背負うバックは小さく、重量も俺の半分以下だ。それでも山道を男にあわせて歩くのは、小柄なリシェルにとってきつい事だろう。

 気の抜けた顔になったリシェルが小さく首を横に振る。そして、なんでもない事のようにとんでもない事を口走る。


「大丈夫よ。わたしやグリンは力による身体能力強化ができるからね」


「ブッ」


「ちょ、リシェル様っ!」


 俺が噴き出し、グリンが慌てた声を上げる。俺は慌てて辺りを見渡すが、幸い誰も聞いていなかった様だ。

 前後を歩く紋章持ち達はいぶかしげな顔でグリンと俺を見ている。

 助かった。聞かれてたら、洒落にならん。

 俺はリシェルに身を寄せて囁く。


「身体能力の強化なんて本当に使えるのか? 最上難易度の魔法と言うか、もう伝説レベルの魔法だぞ」


「え、人間側じゃそんな扱いなの?」


 俺が頷くと、リシェルはグリンを見上げる。

 グリンも頷いた。

 リシェルの頬を汗が一筋流れる。


「ごめ~ん。聞かなかった事にして? エヘ」


 両手を合わせたリシェルが舌を出す。


「いや、いや、いや、無理、無理、無理」


「それなら仕様がないわねぇ」


 リシェルが、ミスったぁ、と小声で呟き、グリンが諦めた様に盛大なため息を吐く。そして二人が意味深な沈黙を作りながら視線で会話を始めた。

 あ、これ、死人に口なし的な処理を検討していられるんでしょうか。このままだと、危険が命だ。


「安心しろよ。誰にも言えないからさ」


 俺は背中を伝う冷たい汗に後押しされて、精一杯の笑みを二人に向けた。

 頬が引きつっているのは愛嬌だ。

 発言の意味を値踏みするように、二人は俺の顔を穴が開くくらいジッと見つめている。


「こんな話、誰かにしたら出所を聞かれて芋づる式に俺がリシェル達に協力してた事がばれるからな。自分の命を大切にしたい俺としては、そんなヤバイ事は出来ないさ」


 俺の言葉にリシェルの表情が緩む。


「確かにそうね。とりあえず、その言葉、信じてあげる」


「そうだな。ここで何とかするわけにはいかない以上、信じてやる」


「ありがとう、二人とも」


 よし、これで当面の危機は去った。

 まぁ、それでも言う必要があったら、言うつもりだ。命は大切だが、使う時に躊躇う気はない。金と一緒だ。ただ、蓄えてるだけじゃ腐ってしまう。使う時は使わないとな。


「それにしても、リシェルは世間知らずだなぁ。こんな事、紋章持ちの常識じゃないか」


 リシェルが頬を染めて、罰悪そうな顔で言い訳する。


「仕方ないじゃない。わたし程の使い手となると、殆ど外に出してもらえないんだから。国外なんて今回が始めてよ。ぎりぎりまで温存させる為にね」


「ああ、なるほど。それで光神教の信徒の皆さんにあそこまで言えるわけだ」


 俺は手を打って納得する。

 リシェルがきょとん、とした顔で、こっちを見ている。


「知ってるけど、言いたいから言っただけよ。流石に光神教を知らずには来ないわよ」


 あの数々の暴言は確信犯だったわけですかぁ? 魔族だし、知らないのかな、とか思って心穏やかになろうとしていた俺の努力を返せ!

 俺が怒りに身を震わせていると、馬車から笛の音が三回鳴った。停止の合図だ。それも休憩ではなく、今日の移動終了を伝えるものだ。

 何があったんだ? まだ、昨日の半分位しか歩いてないぞ。

 俺とリシェルとグリンは、互いの顔を見合わせる。


「やあ、カール」


 背後から美形オブ美形ズが表れる。立っているだけで女を惚れさせる悪魔的勇者、コーズだ。妙にやつれた顔を喜色満面にしている。


「また、居心地が悪くなって逃げてきたの?」


 リシェルが呆れた様子で尋ねる。

 それもそのはず、このコーズ君、二日に一回は俺達の前に顔出している。

 それも仕方ないと言えば、仕方ない。

 聖神信徒兵隊と勇者の仲は微妙なのだ。と言うより、あまりよくない。ぶっちゃけ、悪い。

 女の勇者が聖女様に呼ばれて、いろいろ旅の話をしているらしいのだが、これが聖神信徒兵隊の皆さんには面白くない。聖女巡礼中の聖女様のお世話は聖神信徒兵隊の仕事である。その中には、長旅の退屈を慰める事も含まれている。それなのに呼ばれるのは女の勇者だけだそうだ。聖神信徒兵隊にしてみれば、お前達面白くない、と言われているようなものだ。愉快なはずがない。

 男の勇者は輪をかけて酷い。聖女様に会うどころか、近づこうとしたら刃を向けられ、それでも下がらなければ切りかかられるそうだ。こっちの理由は簡単だ。聖女様に悪い虫が付かないよう、一番危ないやからを排除しているわけだ。

 そう言うわけで、むこうの空気は恐ろしく悪いらしい。

 その上、コーズは恐ろしいまでの美形だ。第一級の害虫指定を受けており、その上、他の男の勇者からもハーレム勇者としてねたまれている。針のムシロじゃすまないはずだ。

 やつれているのはその所為だろう。

 可愛そうに。俺だったら、仕事でもそんな所に行きたくないし、一日中なんて拷問だ。

 俺がコーズに同情するが、当のコーズは心底嬉しそうにのたまう。


「逃げたんじゃないよ。戦力外通告が出てね。こっちに飛ばされたんだ」


 さいきょうのゆうしゃがせんりょくがい?

 想像の斜め上を行く回答に、俺は唖然となる。


「勇者を戦力外って、なにをやらかしたの? ありえないわよ」


 尋ねるリシェルも信じられない、と言った様子で、頭を押さえていた。


「やらかしたわけじゃないけど……この前から、近衛隊からの態度がきつくなったり、仲間からは白眼視されるし、一体何なんだよ」


 コーズが八つ当たり気味に、地面を蹴る。

 こいつが八つ当たりするなんて、よっぽど辛かったんだな。

 ヒルデルカの奴は大丈夫だろうか?

 俺は遠く後方、聖女様の近くを守っているはずのヒルデルカが心配になる。正確には、苛立ったヒルデルカが聖神信徒兵隊をぶん殴らないかどうか、非常に心配なのだ。

 ヒルデルカは常識はあるし、大丈夫だよな。多分、きっと、メイビー?


「そうなる直前に何か変わった事なかった?」


 俺がヒルデルカの(周囲の)無事を祈っている間に、リシェルが更に詳しい話を聞いていたようだ。

 とりあえず今は戦力外通告をうけたコーズの話に集中する事にする。


「ええと、ああ! 偶々聖女様の御付の信徒さんに会ってね。悩みがあるっていうから、話を聞いてあげたんだよ。ちょっと、世間ずれした子だけど、いい子だったよ」


「子? 年下だったのか?」


 グリンが尋ねた。


「ああ、十三歳だって」


 目の前が真っ暗になりそうになった。

 ここに馬鹿がいる。

 リシェルが顔を寄せて小声で聞いてくる。


「わたし、人間の宗教よく知らないけど、そんな子供を聖女の御付として巡礼に連れ出すの?」


「いいや、よほどの事がないとそれはない。小さい子じゃ足手まといになる。付け加えるなら、聖女様も今年、十三歳であらせられる」


 そう言う事だ。なんで気付かないかなぁ? この馬鹿。

 俺は能天気に笑うコーズを一瞥して、頭が痛くなってきた。


「つまり、聖女本人の可能性があるというか、特濃?」


「そこまでは分からないけど」


 とりあえず、断定はやめておいた。友達が聖女様を口説くなんて恐れ多い事をした、と信じたくないんだ。俺の健康の為にも、そうじゃない可能性は残さなくてはいけない。


「それと、それからかな、仲間がよく聖女様の話し相手に指名されるようになったよ」


 馬鹿が止めを刺してくれました。


「ああ、これは当たりかしらね」


「コーズが会ったのが本当に御付の方だとしても、その話を聞いた聖女様が、興味津々なのは間違いないな」


 俺とリシェルは頷くと、コーズ向けて言ってやる。


「「自業自得だ。馬鹿」」


「何だよそれはっ!」


 コーズが抗議の声を上げるが、グリンも頷いており、味方はいない。

 と言うか、味方できるか、馬鹿。聖神に喧嘩売られても、助けてやれるわけがないだろう。


「僕が何をした、て言うんだよ!」


 コーズが振り上げて抗議すると同時に、背後で轟音が鳴り響いた。

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