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128組の勇者達  作者: AAA
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プロローグ

 俺は人生で最も衝撃的な満足感に襲われた。

 呼吸が、いや、もしかしらたら、心臓さえも止まった時の中で、必死に目を凝らす。かすれた視界の端で、その人を捕らえた。

 その人は傷だらけで、力尽きたように座り込んでいたが、生きていた。

 それだけで十分だった。その人が、俺ごと吹き飛ばされていては、命がけで庇った価値がなくなってしまう。

 呆然とした顔をしているその人に、俺は笑いかけようとするが、顔が思うように動かない。とても動きが緩慢なのだ。

 そこで気付く。時間間隔が妙に緩慢なのだ。衝撃を受けてから、俺の感覚では十秒以上、経過している。幾ら上位の魔族が使役するゴーレムの一撃を受けたからと言って、そんな長い時間吹っ飛ぶはずがない。

 なら、これは奇跡だろう。死ぬ直前に、聖神が俺に祈る時間を与えてくれたのだ。きっとそうに違いない。

 申し訳ありません。

 私はこの時間、あなたの為に、いえ、誰の為にも祈りません。

 勇者試験授賞式、勇者候補が集まったこの場に魔族が襲撃しているんだ。最期の奇跡を彼らの援護に使わなくてどうする。

 俺は右拳に刻まれた紋章に残る力の属性を水に変え、周囲に降らせる。ただの水だが、何十分の戦い続けたあいつらの疲労を少しは和らげてくれる筈だ。

 その代わり、俺の右手の皮が、乾いた音と共に破裂した。

 まるで痛みを感じない。ああ、もう痛みを感じるだけの命も無いのか。

 背中が何かに当り、全身が跳ねる。衝撃が背骨を通して襲ってきた。

 石畳が視界いっぱいに広がる。

 奇跡が終わったんだ。

 俺は自分が石畳の上に倒れている事に気付き、そして時間がいつも通り流れている事が分かった。

 胸が痛い。

 呼吸する度に、痛みが強まる。

 息が苦しい。

 幾ら息を吸っても、苦しくなるだけで楽にならない。

 俺は死にかけている。

 目の前は新月の夜のように真っ暗で、星の瞬き程度の光も無い。

 最期の奇跡すら聖神の為に祈らなかった俺はきっと、その罪による責め苦を受けるだろう。終末の天秤が傾くその日まで、延々と繰り返される責め苦、それでも俺は満足だ。

 迫り来る死の恐怖を感じながらも、俺は必死に納得しようとする。

 光が見えた。

 真っ暗になった視界に、黄土色に輝く光が見えた。

 暖かい。あれが聖神の光なんだろうか。あそこには聖神の愛と慈悲が溢れているんだろう。

 光を求めるようと、俺は手を伸ばそうとする。

 全身に痛みが走った。まるで体の中から針で突き刺されるような痛みが、波のように寄せては引いていく。痛みが強くなる度に、声にならない悲鳴が口からあふれ出た。

 無理だ。身体を動かすなんて、死んでしまう。

 俺は光を見ていることしかできない。黄土色の光は近づく事も、離れる事も無く、たたずんでいる。

 そして、俺が見えている前で、光は誰かに獲られてしまった。

 真っ暗な海の中に落ち込むように、闇と寒さが全身を襲う。

 寒い。骨が凍りになってしまったようだ。体中が燃え上がってしまいそうな位熱いのに、寒さで震えが止まらない。

 俺は死ぬんだ。真っ暗な中、寒さと一緒にたった一人で死ぬんだ。

 嫌だ。そんなの嫌だ。

 死にたくない。まだ生きたい。

 何で俺が死ななくちゃいけないんだ。俺じゃなくても良いじゃないか。どうして、俺なんだ。

 勇者になれなかった。紋章は半端で本来の半分も機能しない。剣も魔法も使えない。それの何が悪いんだ。全部俺の所為じゃないだろう。

 生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。



 生きたい



 俺は欲した。生きる事だけを欲した。それでも足りなかった。右の紋章は完全に機能を止めて、ただの刺青になった。

 それでも生を諦められない俺は、必死になって体中を生かそうとする。



 好きだよ



 女の子の声が聞こえた。忘れさせられていた何かの門が開く。

 そして、左手が燃え上がる。解けた鉛を左手から流し込まれるように、熱は俺の神経を痛みで埋め尽くしながら、広がっていく。

 痛い。

 死ぬような苦しみを受けながらも、俺は死ねなかった。例え、死ぬような痛みだとしても、死ぬよりはましだった。

 死がどれほど寒くて暗くて寂しいか知った今では、全身が焼かれるような痛みと、砕かれるような痛みと、刺されるような痛みを受けた程度で、生を諦める気にはならない。


 生きたい。

 俺は強く、生を欲した。

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