2.名前はナク
放課後、多くの帰る人や着替えて部活へといく人の中、
春也は小鳥を肩にのせてのんびり歩いている。
美術室のある一階に降りたところで、
春也は廊下の奥から女の子が車椅子を進めてくるのを見かけた。
見ると、上履きの紐の色は青。
二年生の学年色だ。
春也は女の子とすれ違う時、
ものすごく落ち込んだ、暗い顔をしていたことには気付かなかった。
女の子のほうも下を向いたままで、でかい春也の存在にも気付いてない様子で、
そのまま玄関へと車椅子をすすめた。
……しかし、小鳥だけはそれを春也の肩の上からずっと見つめてていた。
春也は美術室に着いた。
「よし、今日はおまえを描いてやろうな」
今日の部活ではこの小鳥を描くことにした春也。
道具を準備して、さっそく下書きをはじめた。
ところで、今は一年生の仮入部期間中なのだが、まだ美術部には一人も来ていない。
部員は春也ひとりなので、もし今年一人も入らなければ廃部になってしまうため、
本当は焦るべきところなのだろうが、
春也は勧誘せずにのんきに絵を描いている。
「なんとかなるだろ」と思っているのだ。
「カッコよく描いてやるからな〜」
……大丈夫なのだろうか。
下書きが終わる頃、春也はあることに気づいた。
「そういえば、なまえを決めてなかったな」
春也は絵を描くのを中断し、メモ用紙をもって考えはじめた。
「えっと…『エクセル』、『ブルターニュ』、『ネクサス』、『プレセア』、『リスペクト』、『エッフェル』、『ファイナル』………」
つぶやきながら名前をどんどん書き出していく春也。
というか、響きのいい英語を並べただけ。
センスはゼロだった。
「よし、こんなものかな。……どれがいい?」
紙を小鳥に見せる春也。
全力で首を振る小鳥。
「ん?全部ダメなのか?」
「うーん…」とまた考え直す春也。
小鳥は不安そうに見守っていた。
(数分後)
「そういえば…」
と、この鳥がめずらしいことに
一回も鳴いていないことに気づいた春也。
それはこの小鳥の一番の特徴とも言えるだろう。
「鳴かない…鳴くことがない…鳴くことなし…………それだ!」
ガタッ!と立ち上がり、
ビシッ!と小鳥を指差す。
「おまえの名前は、『ナクナシ』にけってい!」
「…ピィー!」
「……………」
こうして小鳥の名前は
『ナク』に決まった!
……名前が決まったところで春也はナクの絵を再開し、下校の時間まで描き続けた。
下校時間が迫ってきたので、
春也は片付けをし、消灯して美術室をあとにした。
画板の上には完成したナクの絵が残っている。
春也は毎年コンクールで賞をとるほどの腕前だ。
水彩でさっと描かれたものだったが、
その絵の出来栄えも素晴らしく、ナクの色鮮やかな毛色が綺麗に表現されている。
春也はまたナクを肩にのせて、うす暗くなり始めた山道を自転車で下っていった。