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雨に勝つ、たった一つの方法

作者: 木村乃村
掲載日:2026/05/14

雨の日は嫌いだ。

放課後にただ時間を浪費している。

いつもより少し癖の強い前髪を整える。


彼女は教室の窓に額を押しつけていた。

グラウンドには大きな水溜まりが何ヶ所もある。

それは茶色く濁っていた。


窓から顔を離すと、そこだけ彼女の形に曇っていた。

「空が灰色で全然楽しくない…」

「部活は休みになるからラッキーだろ」

「えー、部活行きたいよ」

机に突っ伏したまま、小さく唸る。


締め切った教室に、湿気だけが溜まっていた。

乾ききらない制服の臭いと、少し酸っぱい汗の臭い。

誰かが撒いた制汗スプレーの匂いが鼻にまとわりつく。

 

「そうだ!傘買いに行こうよ」

「今から?」

「どうせ暇でしょ、付き合ってよ」

勢いよく立ち上がる。

椅子の脚が大きな音を立てた。

「傘ならちゃんとビニール傘持ってるよ」

彼女は不満そうに唇を尖らせる。

「ちがーうっ!」

「元気になれる傘を買うの!」

よく分からない。

押し切られるまま教室を出た。


─昇降口。

部活が無いせいか、人は疎らだった。

濡れた床に、二人の足音が大きく反響する。

蛍光灯の白さだけが、床にぼんやり滲んでいた。


彼女は自分のビニール傘を見下ろす。

露骨に嫌そうな顔をする。

「これテンション下がるんだよね」

「普通の傘じゃん」

「透明ってなんか負けた感じする」

「じゃあ、なんなら勝ちなんだよ」

意味が分からず笑ってしまった。


駅前の雑貨屋までは歩いて十分くらいだった。

途中、何台も車が水を跳ねる。

彼女はその度に小さく肩を震わせながら歩いた。


「ねえ、どんなのがいいと思う?」

「知らないよ」

「真面目に考えてよ」

「元気が出るって…イメージは?」

「楽しい気分になるってことだよ」

「いや、それ一緒だろ」

そう言いながら、すでに楽しそうだった。


店の奥には色んな傘が吊るされていた。

水玉。チェック。やけに細い持ち手。

天井から色がぶら下がっているみたいだった。


彼女は一本ずつ傘を開いていく。

「これどう?」

真っ赤な傘だった。

「牛の真似でもしようか?」

そう言って両手の人差し指で角を作る。

「馬鹿なの?」

笑いながら次の傘を手に取る。


しばらくして、彼女の動きが止まった。

一見地味な傘を眺めている。

「…あ」

 

─傘を開く。

 

内側に青空が広がっていた。

薄い雲まで描かれていた。


「これだ」

嬉しそうに見上げる。

傘の下だけ、急に晴れたみたいだった。


「これは、ずるいな」

「でしょ」

二人で何回も頷いた。


店を出る頃には、雨が少し弱くなっていた。

「使う?」

そう言う前に、彼女はその場で傘を開いた。


灰色の空の下に小さな青空が浮かぶ。

「入れてあげよか?」

「仕方ないから入ってやるよ」

少しだけ肩を寄せて傘に入る。


ビニール傘と違って、雨粒が落ちる音が柔らかかった。

「なんか変な感じ」

「なにが?」

「晴れてる」


外はまだ雨が降っていた。

アスファルトも濡れている。

お互いの遠い肩だけ、傘から少しはみ出している。


それでも、不思議と晴れている気がした。


「ねえ…」

「ん?」

「雨の日、ちょっとだけ好きになるかも」

彼女の声が、近いところで響く。

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