雨に勝つ、たった一つの方法
雨の日は嫌いだ。
放課後にただ時間を浪費している。
いつもより少し癖の強い前髪を整える。
彼女は教室の窓に額を押しつけていた。
グラウンドには大きな水溜まりが何ヶ所もある。
それは茶色く濁っていた。
窓から顔を離すと、そこだけ彼女の形に曇っていた。
「空が灰色で全然楽しくない…」
「部活は休みになるからラッキーだろ」
「えー、部活行きたいよ」
机に突っ伏したまま、小さく唸る。
締め切った教室に、湿気だけが溜まっていた。
乾ききらない制服の臭いと、少し酸っぱい汗の臭い。
誰かが撒いた制汗スプレーの匂いが鼻にまとわりつく。
「そうだ!傘買いに行こうよ」
「今から?」
「どうせ暇でしょ、付き合ってよ」
勢いよく立ち上がる。
椅子の脚が大きな音を立てた。
「傘ならちゃんとビニール傘持ってるよ」
彼女は不満そうに唇を尖らせる。
「ちがーうっ!」
「元気になれる傘を買うの!」
よく分からない。
押し切られるまま教室を出た。
─昇降口。
部活が無いせいか、人は疎らだった。
濡れた床に、二人の足音が大きく反響する。
蛍光灯の白さだけが、床にぼんやり滲んでいた。
彼女は自分のビニール傘を見下ろす。
露骨に嫌そうな顔をする。
「これテンション下がるんだよね」
「普通の傘じゃん」
「透明ってなんか負けた感じする」
「じゃあ、なんなら勝ちなんだよ」
意味が分からず笑ってしまった。
駅前の雑貨屋までは歩いて十分くらいだった。
途中、何台も車が水を跳ねる。
彼女はその度に小さく肩を震わせながら歩いた。
「ねえ、どんなのがいいと思う?」
「知らないよ」
「真面目に考えてよ」
「元気が出るって…イメージは?」
「楽しい気分になるってことだよ」
「いや、それ一緒だろ」
そう言いながら、すでに楽しそうだった。
店の奥には色んな傘が吊るされていた。
水玉。チェック。やけに細い持ち手。
天井から色がぶら下がっているみたいだった。
彼女は一本ずつ傘を開いていく。
「これどう?」
真っ赤な傘だった。
「牛の真似でもしようか?」
そう言って両手の人差し指で角を作る。
「馬鹿なの?」
笑いながら次の傘を手に取る。
しばらくして、彼女の動きが止まった。
一見地味な傘を眺めている。
「…あ」
─傘を開く。
内側に青空が広がっていた。
薄い雲まで描かれていた。
「これだ」
嬉しそうに見上げる。
傘の下だけ、急に晴れたみたいだった。
「これは、ずるいな」
「でしょ」
二人で何回も頷いた。
店を出る頃には、雨が少し弱くなっていた。
「使う?」
そう言う前に、彼女はその場で傘を開いた。
灰色の空の下に小さな青空が浮かぶ。
「入れてあげよか?」
「仕方ないから入ってやるよ」
少しだけ肩を寄せて傘に入る。
ビニール傘と違って、雨粒が落ちる音が柔らかかった。
「なんか変な感じ」
「なにが?」
「晴れてる」
外はまだ雨が降っていた。
アスファルトも濡れている。
お互いの遠い肩だけ、傘から少しはみ出している。
それでも、不思議と晴れている気がした。
「ねえ…」
「ん?」
「雨の日、ちょっとだけ好きになるかも」
彼女の声が、近いところで響く。




