毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です
気がついたら、そこは見知らぬ部屋だった。
広すぎる天井、重厚なシャンデリア、フカフカすぎるベッド。
──間違いなく、社畜OL・葉月のワンルームではない。
「……は?」
昨日まで私は、ブラック企業で心をすり減らしていたはずだ。
終電を逃してタクシー代も出ず、結局会社の椅子で仮眠をとって。
起きたらここ──って、え、え?
「お目覚めかな」
その声は、すぐ隣から聞こえた。
そっと視線を向けると、そこにはとんでもないイケメンが座っていた。
銀髪をゆるく束ねた長身の男。
夜空のような深い群青の瞳に、すっと通った鼻筋。
異世界恋愛ゲームの立ち絵より整っている顔に、言葉を失う。
いやいやいや。
見惚れてる場合じゃない。
「え……誰、ですか?」
「私はカイザール。この国の魔導師だ。そして君は──私の“運命の番”」
「いやいやいやいやいや!?」
え、今なんつったこの人。
運命の──なに? つがい? つがいって、あの鳥とか動物のペアの……
ていうか初対面だよね!? 私、名前すら名乗ってないよね!?
「君が眠っている間に、何度もプロポーズした。だが……返事がないのは寂しいな」
──ちょっと待って。
この人、さらっと恐ろしいこと言ってない!?
「……何度もって、え? え?」
思わず口がぱくぱくしてしまう。
混乱しすぎて、まともに思考が回らない。
「君が転移してきたのは昨日。目覚めるまでの間に、私は一〇一回プロポーズした」
「数っ……!? 桁おかしくない!?」
昭和のドラマかな!? “僕は死にませーん”的なやつ!?
……って、あれ? 平成だっけ? まあいいか。
「だが、返事がもらえなかった。だから、今日から毎日、君が返事をくれるまで──私は君に想いを伝え続ける」
その言葉とともに、カイザールは片膝をついた。
そして、左手に持っていた花束のようなものを差し出してくる。
「……え、これ、花?」
「《満月の花》だ」
白い花びらが淡く金色にきらめく、不思議な花。
まるで月光を閉じ込めたようで、思わず見入ってしまう。
「……きれい……」
「君の髪と、よく似ていると思って」
「……いやいや、どこが!? 地味な焦げ茶ですけど!?」
この人、目が悪いんじゃないだろうか。それとも、私の常識が通じないだけ?
結婚以前に、まずこの世界のルールもマナーも何も知らないのに──
いや待って。そもそもここはどこなのよ。
「私……帰ります!!」
私はベッドを蹴るようにして立ち上がり、扉に向かってダッシュした。
がちゃがちゃ──!
「えっ、開かない!? 嘘でしょ、閉じ込められてる!?」
思わずドアノブを両手で回すが、ガチリと鍵がかかっていてびくともしない。
ていうか外から鍵とか、監禁じゃん……!
「無理をしないで。君の身体はまだ異世界転移の影響で完全じゃない」
「異世界!? 異世界って言ったよこの人!! 夢なら醒めてー!!」
「落ち着いて。今は無茶をしない方がいい」
「“部屋から出る”のが無茶っておかしいでしょ!?」
「異世界転移直後の身体は脆い。外の魔素に触れれば、命を落とす危険すらある」
「……だからって、閉じ込めなくても!」
「君を守るためだ。外は今の君には過酷だろう。……私は君を失いたくない」
「っ……!?」
言葉が喉に詰まる。怖いのに、少しだけ胸が熱くなるのが悔しい。
……これだからイケメンは!
扉がダメなら、次は窓だ。
窓枠に駆け寄り、外を見る。
広い中庭、遠くに見える城壁、そして衛兵らしき人影──
「助けてー!! 私、閉じ込められてますー!!」
身を乗り出して叫ぶが、誰一人として反応がない。
えっ、魔法的な結界とか!? 防音結界!? 便利すぎるだろこの世界!
そのとき、背後からすっと気配が近づいた。
「……君」
「ひいっ!?」
目を見開いて振り返ると、すぐそこにカイザールが立っていた。
「そんなにここを出たいなら、試してみるかい?」
彼は微笑みながら、指先をふわりと振る。
次の瞬間、床が淡く光った。
「空間転移魔法を作動させてあげるから、好きな場所を思い浮かべるといい。だが……」
視界が白く染まり、身体がふわりと浮いた。
何だか知らないけど、好きな場所に転移できるらしい。
やった、これで帰れる!
私は目をぎゅっとつぶって、会社の椅子を思い浮かべた。
こんなとき、思い浮かぶのが会社の椅子って……自分の社畜ぶりが恐ろしい。
──そして次に、私が目を開けた場所は。
「……え、なんで!? またここ!? しかも……あなたの隣!?」
「ようこそ。……運命は、逃れられない」
彼の微笑と言葉に、私は思わず一歩、身を引いた。
「っ……!? ちょ、ちょっと待って。まさかこのまま強引に──」
恐怖で声が裏返る。
しかし、カイザールはきっぱり首を振った。
「しない。私は君の承諾を得るまでは、決して手は出さない」
「……え?」
「君を傷つけるような真似はしないから、安心してほしい。毎日想いは伝えるが、君が心から頷くその日まで、私は待つ」
そしてにっこりと微笑む。
「──だから、結婚してくれ」
「いや、タイミング!!」
その日から、私の逃げられない監禁生活──もとい、“求婚生活”が始まった。
朝、目を覚ますと──隣にカイザールがいる。
というか、ベッドの端でずっと本を読んでいたとか、嘘でしょこの人。寝てよ。
「おはよう、葉月。君の寝顔を見るのが日課になってしまったよ」
「やめて。あと寝顔見てるとか普通に通報案件」
「今日のプロポーズをしてもいいかな?」
「寝起きにするな!」
朝食は、ありえないレベルの豪華さだった。
焼きたてのパンに、黄金色のオムレツ、香り高いスープ。
食べきれないほどの皿が並び、給仕の人たちが丁寧にお辞儀をしてくる。
「な、なんで私こんな丁重にもてなされてるの……」
「番を持つ者は稀だ。その相手は国にとっても守るべき存在になる」
「いやいやいや、ただの社畜OLですけど!?」
「社畜が何かは知らないが、私にとっては唯一の人。だから結婚してくれ」
「今!? スープ飲んでる最中に!?」
昼になると、カイザールが服を持ってきた。
「君に似合いそうな服を選んでみた。よければ着てほしい」
出されたのは、ふわふわのワンピース、繊細なレースのブラウス、柔らかい色味のカーディガン。
なんかちょっと……乙女趣味じゃないだろうか。
「……あの、これ、もしかして全部オーダーメイド?」
「もちろんだ。寸法は、君が寝ている間に計った」
「……いや、それはそれで怖いんですけど!!」
おまけに着替えも一瞬だった。服の布がふわりと舞ったかと思えば、次の瞬間には身にまとっている。
「……待って。これ、魔法で自動着替えってやつですか!? 魔法少女デビュー!?」
「君が着飾った姿を早く見たかったから。……そして結婚してほしい」
「服の試着の流れでプロポーズ!?」
暇そうにしていると、本棚ごと部屋に“現れる”。
「ちょ、今の見た!? 本棚がワープしたよね!?」
「転移は何にでも使える。だが、番は必ず相手の隣にしか転移できない」
「え、なにそれ反則じゃない!? ていうか私だけ不自由すぎない!?」
「それは君が私と繋がっている証だ。……だから結婚してくれ」
「説明からのプロポーズ早すぎ!!」
ふと窓辺に立ったときだった。
差し込む光が髪に当たり、視界の端に金色のきらめきが走る。
「……やっぱり」
「ひっ……! な、なにがですか!?」
「君の髪だ。光を受けると……《満月の花》と同じ色になる」
「なっ……!? いやいやいや! だから、ただの焦げ茶ですけど!? 光のいたずらですってば!」
「いいや、私にはそう見える。……つまり結婚しよう」
「ロマンチックだけど、話の飛躍がすごい!!」
部屋の中は広すぎて、歩くだけで軽い運動になるレベル。
鍵は外してもらえたけど、廊下を出ようとすると、ふわっと空間が歪む。すぐ戻される。
ドアも、窓も、廊下も、すべて逃げられないように設計された快適な“箱庭”。
たしかに優しい。たしかに甘やかされてる。
でも。
「自由がない……!」
ベッドに突っ伏して、ひとりでため息をついた。
ブラック企業で心が擦り切れていた頃と、状況は違うはずなのに──なんだか同じ匂いがした。
閉じ込められて、自由がなくて、逃げたいのに逃げられなくて。
「……葉月。君はきっと、ずっと無理をしてきたんだろう」
ふいにカイザールの声が落ちてきて、思わず顔を上げる。
そこには、真剣にこちらを見つめる群青色の瞳があった。
「時々、表情に出る。誰にも頼らずに、全部ひとりで背負ってきた人の顔だ」
「……」
胸の奥がずきりと痛んだ。勝手に決めつけないでほしいのに、妙に図星を刺されたみたいで。ちょっとだけ涙が出そうになる。
その背中を、カイザールがそっと撫でた。
「だからこそ、もう一人にさせたくない。……私と、結婚してくれ」
「……タイミングがバッチリすぎる。逆に怖い」
怖いはずなのに──その言葉が胸の奥にじんわりしみこんで、ちょっと泣いた。
……ダメだ。ここで揺れたら、絶対に危ない。
私は決意した。今度こそ、本気で逃げてやると。
毎日三食豪華ご飯。着替えは一瞬で魔法で用意され、暇そうにしていると本棚ごと部屋に転移してくる。
快適すぎて、心が折れそうになる。
でも──
これは優しさじゃない。檻だ。
私には、帰る世界がある。定時で上がれる世界に行きたい。行ったことないけど。
「……カイザールさん。お散歩とか……外に出たいな、って」
「そうだね。もうそろそろ、君の身体も回復してきただろうし」
あっさり許可が出た。
彼は私の肩に薄いケープをかけ、手袋までつけてくれる。
……距離近っ。しかも、やたら丁寧で優しい。
こういうの、恋愛ゲームの攻略イベントでしか見ないやつでは!?
「この辺りは森もあるが、危険な魔物が出ることもある。離れすぎないように」
「はーい」
めっちゃ離れるつもりだけど、それは口にしない。
外の空気は気持ちよかった。
でもそれより、大地を歩けることが嬉しい。
(今なら……行ける! 毎日終電に駆け込んだ、この俊足を信じろ!!)
私はタイミングを見計らって、全力で走り出した。
「……葉月?」
「ありがとう、今までのおもてなしはすごかった! でも私、自由を選びます!!」
地図は、昨晩カイザールの本棚からこっそり盗み見てきた。
方位磁針も拝借済み。靴もちゃんと動きやすいものに履き替えている。
私は本気だ。本気の社畜の逃走は、誰にも止められない!!
──と、思ったのに。
「……はぁ、はぁ、森……抜けた……!」
視界の先に、開けた場所が見える。
あそこまで行けば──そう思った瞬間。
空間が、歪んだ。
「え──」
視界が白く弾け、身体がふわりと浮く。
気づけば私は、森の端ではなく。
「……おかえり、葉月」
すぐ隣に、カイザールが立っていた。
「な、なんで!? 転移陣なんてなかったのに……!」
「君には“番”の術式が刻まれている。私から一定以上離れれば──必ず、私の隣に転移する」
「っ……!?」
「だから、逃げることはできない。……運命は、そうできているんだ」
私は──あまりのショックに、気を失った。
翌朝、私はいつも通りカイザールの隣で目を覚ました。
……もちろん、ベッドは別。というか、彼はまた椅子で本を読んでいた。いつ寝てるんだこの人。
「おはよう、葉月」
「……逃げた意味、なかったね」
「でも、君は“行動”した。私の番は、勇敢な人だと分かって嬉しいよ」
「褒められても……全然嬉しくない……」
そうだ。嬉しくない。嬉しくないはずだ。
でも──
その日も変わらず、豪華な朝食が並び、優しい声が注がれる。
私は、もはや何も言う気力がなく、もぐもぐとパンをかじり、ずずず、とスープをすすった。
……美味しい。
くやしいけど、普通に美味しい。
食後、カイザールが静かに立ち上がる。
「では──食後のプロポーズをさせてほしい」
「デザートみたいに言わないでくれる?」
もはやツッコミも惰性だ。
彼はひざをつき、小さな箱を開けた。
中には、淡い青の石がはまった指輪。光が差し込むたびに、虹色に揺れる。
「君に出会ってから、私はずっと、君だけを見てきた。……君の心が追いつくまで、何度でも言う」
群青の瞳が、まっすぐ私を見つめていた。
「……葉月。私と、結婚してくれ」
私は黙って、椅子の背にもたれた。
そして──ゆっくりと、目をそらす。
「……考えとく」
カイザールが微笑む。
「なら、またすぐにでもプロポーズしよう」
「プロポーズってそんな頻度でするものじゃないからね!?」
変わらない日々が、今日も始まる。
逃げられない。でも、今はまだ──落ちてもいない。
これは、そんな“逃げ切り”エンド。
最後までお読みいただきありがとうございます!
初めての溺愛系コメディでしたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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普段は長編小説を火・金に定期更新しています(ページ欄外から飛べます)。
そちらもあわせてお楽しみいただけますと幸いです!