1、八咫烏
日本神話において八咫烏は、神武東征で彦火火出見(後の神武天皇)が熊野から大和へ進む際に、道案内をしたという伝説の鳥。
一般的にはサッカー日本代表のシンボルにもなっている三本足のカラスだ。
しかし、古事記・日本書紀は事実と言う考察が正しいとした時、「八咫烏」は「裏天皇」と呼ばれる集団に変わるのだ。
この考えは都市伝説の域を出ない。
正直、それで良い。
余計な事は知らない方が良いからだ。
普通に生活し、普通の幸せを手に入れるなら、余計な事は知らない方が良い。
俺は今日も満員電車の中で、リュックをお腹側に背負って、両手で1つの吊り革を握る。
痴漢に間違えられない為の自衛だ。
昨夜もなかなか怪しげな動画を見ていたせいもあり、ガッツリ夜更かしするわ、更におかしな夢を見るわで後悔の念を払拭出来ない。
「はぁ…ねっむ…。」
寝不足の体は、気を抜くと瞼と言う名のシャッターの締めるボタンを押してしまう。
俺は何の才能もない一般人。
こうやって毎日通勤して、仕事をして、家に帰る。
彼女いない歴1日。
そう、昨日振られたばかりだ。
「はぁ…。」
今度の「はぁ」はため息。
彼女の浮気に気付かなかった俺も俺だが、彼女も彼女だ。
くそっ、俺が何したってんだ?
「次は大手町、大手町…。」
アナウンスにハッとして、降りる準備をする。
電車は徐々に速度を落とし、「キィィィ」と言う音とともに止まった。
俺は人の波にのまれながら駅のホームに降りた時だった。
トントン、と肩を叩かれ後ろから女性の声がする。
「これ、落としましたよ。」
俺は後ろを振り向くと、綺麗な黒髪で細身の女性が、綺麗な細い指で挟んだ何やらメモの様な紙を俺に手渡した。
「あ…どうも…?」
こんな紙…俺持ってたっけ?と、思いつつ、とりあえず受け取ると、女性はその黒髪をなびかせながら俺を追い越していった。
2つ折りのその紙をポケットに押し込んで、とりあえず駅を出た。
駅から会社までの道のり。
朝からこの茹だる様な暑さ。
世界の終わりだの、天変地異だのが起こる年だと動画やSNSで噂されているが、そんなものはただの都市伝説だ。
阿呆臭いし胡散臭いが備えるべきではあると思いつつ、汗を拭うためにハンカチを取り出そうとポケットを探る。
─カサッ
指に紙の感触。
そう言えば、渡された紙切れは何だったんだろう?
俺は紙切れを取り出し、紙切れを開いた。
蘇我 八雲様
本日、お迎えに参ります。
あなたの会社には伝えてありますので、ご自分のデスクでお待ち頂きます様、お願い申し上げます。
調整部長 迦楼羅 咲夜
…?確かに俺は蘇我八雲だが…何のこっちゃ?
うちの会社に「調整部」なんて部署あったかな?
と、思いつつ出社した。
いつもの様にエレベーターに乗り4階で降りる。
自慢するつもりはないが、俺は大手会社の社員だ。
まぁ、会社は大手だが、役職もない一般社員であるのは言うまでもない。
「おはようございます。」
と、自分の部署のドアを開けて入ると、俺の顔を見たオジサン部長がそそくさと俺に近付き、小声で耳打ちして来た。
「社長がお呼びだ。すぐ社長室に行け。あ、叱責ではないから安心しろ、とのことだ。お前、何やったんだ?」
部長も詳しくは聞かされてないらしく、不安そうな顔をしている。
「心当たりはないんですがね…?」
俺は首を捻る。
社長から呼び出される程の結果を出した覚えも、ヘマをした覚えはない。
俺は荷物を自分の席に置き、そのまま最上階の社長室へ向かう。
エレベーターの前に立ち、「上」ボタンを押した瞬間、昨日見た夢をふと思い出した。
閻魔大王と「ゴウ」と呼ばれる子供が、何やら話をしている夢だった。
内容は詳しく覚えていないが「我、蘇る、八雲立つ出雲八重垣」と言う言葉だけは鮮明に覚えている。
─チン
と言う音とともに、エレベーターの扉が開くと、降りる人を先に行かせてからエレベーターに乗る。
しかし、社長の呼び出しとは何なんだろうか…と、頭を捻りながら考えていると、エレベーターは最上階で止まる。
エレベーターから降り「社長室」と書かれた部屋のドアの前に立ち、ネクタイの曲がりを直してスーツのシワも直した。
─コンコンコン
と、3回目ノックし
「蘇我八雲です。」
と、言うと、部屋の中から
「入りなさい。」
と、声がする。
恐る恐るドアを開けて中を見ると、立派な机に肘をつき、立派な椅子に座っている、いかにも社長と言う威厳のある初老の男性と、その手前に置いてある、いかにも高級そうなソファに座る女性がいた。
そして俺は目を見開いて、思わず口をついた。
「あなたは、駅のホームでメモを渡してきた…!」
と、言いかけると女性がにっこり笑いながら
「自然にアレを渡すには、ああするしかなくて。驚かせてごめんなさいね?」
と、言った。
先程はすれ違いざまだったから、長い黒髪しか印象になかったが、よく見るとシュッとした輪郭に黒い長い眉毛に少し目尻は下がっている。スラリと伸びた鼻筋に、薄い唇…まぁ要するに美人だ。
「驚いたよ。まさかうちの会社に「あちら側」の方が勤めていたとはな。」
社長は誇らしげな笑みをこぼした。
「あちら側」とは…一体何?
さっぱり意味が分からない!
黒髪の美人は
「いくら血族や因縁があったとしても、我々としては、導きがなけば迎えには来ませんからね。」
と、笑っている。
益々意味が分からない俺は
「あの…お呼びになった理由は…?」
と、社長に尋ねると、社長が言う。
「君はこれから政府管轄の組織、「八咫烏」に転職になる。」
終始ご機嫌な社長とは反対に、俺は訳がわからずに脳内がフリーズしていた。