第3話:勇者笑うしかない
少し照れたように笑う彼女。
四年ぶりとは言え見慣れた表情に安堵するが……昨日の相談とさっきの内容が頭の中で反響して離れない。
「……シスター様?」
「あ、いえ。大丈夫です続けてください」
動揺、困惑、僅かな恐怖。
……決してボロを出せない状況。
その感情を声に出さないようにして、何より俺がノクスであるということを絶対にバレないようにするために平静を装う。
彼女の性格を考えると、俺だと知った瞬間に起こる暴走が予想できないし。
「つかぬ事をお聞きしますが、勇者様のことはいつ頃から想っているのですか?」
「ずっとです。えぇ、それこそ出会ったからずぅっと」
即答。
それどろか、強調するようにもう一回。
そこに込められた感情は今までの彼女からは考えられないほどに重く、思わず体がビクつく。
「それにしても、流石はジョセフ様の信頼している方ですね。なんでか初めて会ったような気がしないですし、すらすら相談できます」
「それはありがたい、ですね。そう言っていただけると、任された甲斐があります」
本当にどうしよう。
俺が旅で鍛えたはずの激強メンタルが全く機能してない。
え、なんだ? 昨日レティスに合鍵を渡したけど――あれ悪手? いや、違うかも悪手どころか詰んだのか? 自分から何も知らずに色々捨てた?
なんども口から出そうになるツッコミ。
だけど任された仕事でそんな事出来ないので、俺は押し黙る。
「そうだ今日は早速ご飯を作りに行きたいんですが、何が良いでしょうか?」
「そのぉ、胃に優しい物がいいかと」
「えっと……何故でしょうか?」
現在進行形で胃が痛いから以外に何もないんだけど?
「あは、は……冗談です。好物でも作ってあげれば良いと思います」
「ふふ、シスター様も冗談を言うのですね」
懺悔室に座り、手を口元に当ててくすくす笑う幼馴染み。
旅で笑う時のいつもの癖。記憶にある彼女のままではいるが、さっきからの相談内容で心底乾いた笑いしか出ない。
「勇者様の好物は確かシチューで有名でしたよね、あのカスの本――いいえ、ノクス伝説に書いたありましたし」
俺が普段読書をしないと知っている幼馴染み。
だからこうやって話題を振って、俺が相談相手であることの可能性を切り離す。
「シスター様も読まれていたのですね。あれは勇者パーティーの皆様がインタビューを受けて書いた内容……らしくてですね、かなり史実に近いのですよ」
……この懺悔室に来るきっかけになったカスの本。
後で調べたら数冊出てるらしいが、一冊目で読む気をなくしたのでもう買う気はない。だけどあれだ――あの本の協力者、レティス達かよぉ。
「そう、なのですね。あぁいうのはあんまり読んだことなかったので、衝撃でした」
「……あれ、シスター様。疲れているのですか?」
完全なる善意での心配。
あぁ、本当にこういう所は変わらない。
昔だったら心配してくれた後で彼女が作る温かいシチューを飲んで癒やされたのに、今俺は今日の晩飯が怖いよ。
あれ、そういえば彼女のシチューを飲んだとき妙に夜中に火照ったから死ぬほど鍛えてけど……え? なに盛られてた?
「疲れているのならば、私は今日は帰りますね。シチューの材料を買わないといけないですしね。貴女に感謝を、そしてお疲れ様です」
「――えぇ労ってくれてありがとうございます」
もう何も言えねぇよ。
レティスの性格が変わってないからこそ、感じる重さにツッコむ気力はもうない。家に帰ってから俺を襲って来るだろう好物のシチュー。
流石に昨日の今日で飯を断るのは違和感をもたれるだろうし、せっかく作ってくれるレティスに悪いので覚悟を決めて食べる気ではあるが……。
「状態異常系の魔法って誰に任せてたっけ? あ、レティスだぁ」
一人になった懺悔室。
冷静になるためにも俺は、状態異常の解除方法を思い返したのだが……それは賢者であるレティスの担当だったのからマジで笑った。
仕事を始めて早二日、こんな精神状態になるとは思ってなかった。
「これ……この仕事やってけるかなぁ」
長年世話になって大事な恩人であるジョセフ爺が紹介してくれた仕事。
それを怖いからヤダっていって辞めるのは精神的に苦しいし、何より俺的にも初めてとは言えるバイトを辞めるのは忍びない。
だからこれからも仕事を続けるのだが……この時の俺は知らなかった。
これからこの懺悔室に来る者達は、一癖も二癖も――という言葉が生温い程には,
やべぇのばっかなことを。