第2話:勇者偶然賢者と再会する
昨日の激重懺悔……いや相談? を乗り越えた俺は、魔法通販で買い溜めていた食材を使い今日の分の朝食を作っていた。
とりあえずパンとソーセージを二人分焼いて、食卓に並べてダインが起きるのを待つ……いつも通りならあと五分もせずに顔を洗って降りてくるだろう。
「ん……おはよ、ノクス」
「あぁ、おはようダイン。朝食出来てるぞ」
「いつもありがとね」
「そりゃあこのぐらいはな」
今までもニートだった俺、完全体無職でいたくなかったから冒険していたときから得意ではあった料理を頑張って、毎日作るようにはしていた。
つまり俗に言う専業主婦? みたいな立ち位置で過ごしていたので、何もしてなかったわけではない……まぁ、家からは殆ど出てなかったけど。
「……とりあえず、今日の懺悔はないんだっけ?」
懺悔室が開くのは週五回。
そんなに懺悔しにくる人がいるとは思えないが、それほどまでにこの王都で人気のものらしいとはジョセフ爺には聞いている。
バイト始めて早々休みがあるというのは違和感あるが、ないものは仕方ないので今日一日は無難に過ごそう。
「あ、洗剤切れてる」
だけどふと気付いたのは、そんな事。
今日は天気が良いしシーツでも洗おうと思ったのにそれは幸先が悪い。
「買いに行けば? 外出る練習」
「あぁーありだな。じゃあ行ってくるわ」
軽く私服に着替えて認識阻害のフードを被り、俺は家から出ることにした。
四年前に平和になったこの世界。未だ俺の顔は覚えられている様だし、居心地の悪いことに王都の中心には五割増しで美化された石像まで建っている。
あんなカスの嘘が並んだ本まで出てる現状で、おいそれと外出するわけにいかないからの措置なのだが、あってよかったと心底思った。
だって……。
「食らえ勇者ノクス必殺――ファイナル☆ギガントメテオ!」
「ぐわぁーやられたー」
洗剤を買いに行く道中で子供達がそんなことを言っていたから。
何を捏造されたか知らないが、元の原型が残ってない技名。
丁寧にダインを模しただろう玩具の剣を持ち、打ち合って勇者ごっこやらをやる子供達。微笑ましいとは思うも、あんまり見るものではないので足早にそこから去って用事を済ませる。
「…………で、後を付けてるお前は何者だ?」
さっきから気になっていたその存在。
最初は気のせいだと思っていたが、流石に家を出てからずっと追われていたら嫌にでも警戒する。
一応、路地裏に誘い込み声をかけるが。
「…………」
相手は無言どころか姿を現さない。
敵意は感じないが、こんな真っ昼間から人を堂々と付けてくる奴を放ってはおけないし。距離は……あまり離れておらず、逃げる気配もない。
それを考えると俺が勇者だとは知らないのか、それとも知った上でこの行動か悩むが……俺が王都に住んでいるというのは極秘事項ではあるので――。
「え、えっと……勇者様、レティスです」
警戒を続ける中で別種だが同じ効果が刻まれたフードを被った女性が姿を現した。薄い水色の髪をした銀眼の女性……四年ぶりに再会する彼女の容姿は一切変わっておらず、懐かしさを覚えるが。
「はぁ、なんで付けてた?」
「えっと、勇者様と久々に話したいなーって思いまして――でも、街中だとなかなか話しかけるタイミング見つからなくて、ですね」
「確かに堂々とお前に話しかけられたら不味いけどさ、それならチャイム鳴らせよ」
「…………あ、盲点でした」
それに気付いたのか、手をぽんと叩いて納得するレティス。
相変わらず抜けているというか、変なところで天然な所は変わってないようだ。
「まったく、そんなんで大賢者務められるのか?」
「そこは大丈夫、私は仕事は完璧なんですよ?」
「知ってるよ、冗談だ」
頬を膨らませてそう言う彼女に悪い悪いと謝罪して、俺は積もる話もあるだろうからと家へと彼女を案内した。
「で……本題は? 流石にただ話しに来たわけじゃないだろ?」
客間に案内してお茶を入れ、お茶菓子を出しながらも単刀直入にそう切り出す。
すると彼女は、一度お茶を飲んだ後でこう続けた。
「さすが勇者様お見通しですね。えっと、仲間の皆様が勇者様のことを心配しておりまして、近況を確認しに来たんです」
「そっか、なら大丈夫だって伝えてくれ……あんまり連絡してないけどさ、ダインと一緒になんとか暮らしてるから」
「それならそう皆様に伝えておきますね……あれ、ダイン様は?」
「この時間は昼寝してるよ。それで、お前は最近どうなんだ?」
せっかくだしと彼女に聞く。
手紙で大体の近況は送られてくるが、こうして言葉を交わすのは本当に久しぶりだからだ。
「私は変わりませんよ? 賢者として各地を放浪して人々の手助けをしています」
「そっか、相変わらずのレティスで安心だ」
「そういう勇者様は、少し老けましたか?」
「いや二十二歳なったばかりだぞ俺、成長したって言ってくれ」
「ふふ、確かにそうですね」
久しぶりの仲間との時間。
穏やかに過ごせるも、一個……というか無視できないかなりの違和感。
久しぶりに彼女の声を聞くはずなのに、どうしてか最近聞いた覚えがあるのだ。
なんでだろうなーとか思いつつ、昨日の爆弾が頭に過ったが性に無知な彼女があんなことを言うわけないので、やっぱりあれは相談者の妄言で……偶然タイミングが重なっただけなのだろう。
「そうだ王都に来たってことは、暫くいるのか?」
「そうですね、暫くは滞在する予定です」
「そっか、ならさ暇なとき遊びに来てくれよ」
「え、いいのですか?」
「いいって。せっかく王都に来てくれたわけだし、名所とか案内するぞ?」
レティスは、生まれた頃から一緒に過ごした兄妹同然の幼馴染みだ。会えなかったのは正直寂しいし、こうやって再会したのなら暫く遊ぶぐらいは良いだろう。
「ふふ、本当に勇者様は変わりませんね。そうだ、せっかくならご飯でも作りに来ましょうか?」
「……いやそれはいいや、飯は自分で作れるし」
「むー……そこは甘えてくださいよ。私だって腕上げたのですよ?」
「それは楽しみだが、悪いって……」
「私がやりたいので……ダメ、ですか?」
そう言われると断るのに罪悪感が。
……確かにレティスの料理が美味いことは覚えているし、久しぶりに食べたくはある。それにちょっと揺れるこの瞳に俺は相変わらず弱いので。
「はぁ、分かったよ。ならこれ、合鍵だ」
「…………いいんですか!?」
「そんなに驚くのか? 子供の頃とか勝手に家に来てただろお前」
「それはそうなのですが……いえ、ありがとうございます」
「おう、じゃあたまに飯作りに来てくれよ。あ、でも昼は結構用事あるから朝か夜がありがたい」
「はい、毎日でも私は作りに行きます」
「大袈裟だって、とりあえず今日は俺の飯でも食ってくか?」
「あ、食べたいです勇者様!」
……そんな風に久しぶりに会った幼馴染みと食事をして過ごした俺は、会えて良かったなとか思いながらも、翌日の懺悔室のバイトへと向かい今日も一人だという相談者を待った。
「ようこそ懺悔室へ、ここで聴いたことは決して口外しないので気軽に相談内容を話してください」
二回目だがこれからも沢山言う事になるだろうその言葉。
ちゃんとそう言ってみれば、相談者は少し興奮気味の声で喋り始めた。
「ありがとうございますシスター様! 貴女様のアドバイス通りに、押してみたんですが思った以上にガードが緩くなってて、合鍵まで貰いました!」
「……それは、よかった――ですね?」
待って、え?
なにその既視感、タイムリーすぎないか?
は、ストーカー? レティスとのやり取り全部見られてた?
いや、それはないだろ。俺の家は曲がりなりにも勇者の家。最高峰のセキュリティだし、そんな事が起こるわけない。
「それにですね、私の料理が楽しみって言ってくれて……これも全部シスター様のおかげです!」
……いや、待てそれはない。
流石に彼女が懺悔室に相談しに来る事なんてない。
だって、あれだぞ? 純真無垢でちょっと抜けてる彼女が、レティスがあんな爆弾ぶっちゃけるわけが……だけど、一度の疑惑を確かめずにいられないのが人の性。
緊急用の相手の顔を一方的に見える魔道具を使ってしまい、そこで見れたのが。
「……えぇ」
「あれ、どうしましたシスター様?」
そこにいたのは紛うことなき俺の幼馴染み……レティス・グリム本人だった。